第23話

23


「餌にする? オレのプログラミングを?」

「はい! きっとヨシアキ様のプログラミングはさぞかし栄養があるのでしょう! アリ―所長の家で熱弁なされたあのときは、まさしく天才! って思ってしまいました。

 ……私思うんです。異世界にいたこの子がこちらの世界に戻ってこれたのって、きっとヨシアキ様のプログラミングを食べたからだと思うんです。

 それって、ヨシアキ様のプログラミングにとてつもない力が宿っているってことですよね!」

 アベルトは興奮し、いちいち話す度に大げさに腕を振るったり、一回転したり、その姿は演劇で主役を演じる女優だ。

 そう。彼女は自分に陶酔していた。自分を中心に世界が回っているかのような表情だ。


 ”ガンガンガン”


 突如、檻の中のでかいバッタ……八の災厄<蝗>が暴れだした。なんの前触れもなく暴れだしたため、義明は肩をグッと上がる。

「……またですかぁ」

 アベルトはため息混じりの声で、かったるそうに<蝗>をみた。

「ヨシアキ様、驚かせてごめんなさい。すぐに黙らせるんで……」

 そういってアベルトは檻に近づき、暴れる<蝗>を持っていた杖で突き刺した。

「ガンガン……ガンガンっ! うるさいっんだよ! このっキモ虫!」

 グチャ、グチャっと<蝗>に突きさつ音が義明の耳に届く。地面には緑色の液体が飛び散り、義明の足元まで飛んでくる。

 何度も突き刺し、<蝗>は先程と同じようにじっとするようになった。

「まったく……やっと静かになった」

 アベルトは突き刺した杖を枝切れのように投げ捨て、義明の方を振り返る。

「あははは、大丈夫ですよ。あれでも世界を滅ぼしかけた化物ですよ? あれぐらいじゃ死にません。だから安心してくださいね」

 何を安心するというのだ。義明の目には<蝗>よりもアベルトの方が、よっぽど危ない化物に見えた。

 さっきのアベルトの行動で義明は完全にビビってしまい、声が出せない。

 アベルトってこんなにやばいヤツだったのか。アリ―が一番信用できる人物って言ってたのに。いくら化物でも、あんな滅多刺しにしなくてもいい。魔女なんだから魔法で鎮静かさせろよ。

「えーっとどこまで、話しましたっけ?

 ……。とにかく、ヨシアキ様はプログラミングを書いてくださいね」

 アベルトは笑いながら語りかけるが、顔に数滴ついた緑色の血のせいで恐怖を感じる。笑いかけている本人は和ませようとしているが、まったくの逆効果だ。

 ——どうすればいい。どうすれば逃げられる。いや、自力で逃げるなんて無理だ。仮に逃げたとしても、きっと魔法でなんかやられる。魔法が使えない自分がどうにかなる相手じゃない。助けを待つしか……。

「ヨシアキさま?」

 ——せめて、時間を稼がないと。

「道具……そう、道具がなきゃかけない」

 ヨシアキが言うと、アベルトはキョトンとした顔をした。

「道具? 紙とペンならたくさんありますよ? 上質のいい羊皮紙もありますし」

「プログラミングっていうのは、コンピューターってヤツで書かないといけないんだ。紙で書いたって、なんの効果も発動しない、ただの紙切れだ」

「紙きれ……」

 アベルトは目がだんだんと見開き、表情も落ちていく。明らかに予想外にぶち当たったような顔をしている。顎に手をあて、部屋をウロウロしながらブツブツと何か言い始める。

(悩め、悩め……アベルトは明らかにアクシデントに弱いタイプだ……これで時間が稼げれば……)

「……決めました」

「え?」

「仕方ないので、ヨシアキ様を殺してその血と肉を<蝗>に与えたいと思います」

「はぁ!」

 予想外の一言に義明は声を上げる。

「仕方ない……そう仕方ないのです。ホントはこんなことをしたくないのです……フレンダ様のお孫様であられる、ヨシアキ様を殺すなんて……」

「そうだろ! アリえないだろ! どうしてそうなるんだ! さっき生贄にしないって言ってただろ!」

「予定というのは、変わるものですよ」

 義明は声上げて、アベルトに抗議をするが聞いている様子はなく、先程投げ捨てた杖の方へ歩きだす。

「よし」

 杖を拾い上げ、何かを決意したように一言呟いた。

 そして義明の方に向かって歩きだす。

「お、おい。アベルト……マジかよ……」

 この世界にきて二度目となる死の恐怖で、義明は目から涙、鼻から鼻水が流れ出す。

「動かないでくださいね」

「っうううううう!」

 義明はうねる。なんとかこの拘束具を外せないかといじるが、びくともしない。外せないのならと、動ける範囲内で義明はアベルトから距離をとる。

「だから、動かないでください。ヨシアキ様」

 アベルトは杖の先端を義明の方に向ける。

「グラビティ・バインド」

「うべっ!」

 すると、義明は何かにつまずいたように前から倒れる。

(え……たて……ない…)

 すぐに立とうとするも、まるで何かに押し付けられたかのように立ち上がることができない。

「大丈夫です。痛くしませんから」

 アベルトは勢いよく杖を義明に突き刺した。






“ガキーン!”




「なっ!」

 だが、杖は義明に突き刺さる直前に、何かに阻まれる。アベルトの杖を突きさした逆方向へ跳ね返され、後ろへよろめく。

「……プロテクト魔法」

「さすがにやりすぎじゃないかしら、アベルト」

 聞き覚えのある声が、室内に広がる。アベルトは声のする方へ向き、声の人物をするどく睨みつける。

「……ヨシアキ様が転移してしまったときもそうですが、随分お早いんですね。

 これでも簡単には見つからないように仕掛けを色々していたのですが……さすがはアリ―所長」

「なんとなくわかるのよ……ヨシアキのいるところがね。それがなかったら1日たっても見つけられなかったわ」

「それはすごく嬉しい褒め言葉です、アリ―所長」

「……ヨシアキから離れなさい、アベルト」

「……」

 お互い最大限警戒しながらゆっくりと移動する。杖を突き出し、いつでも攻撃を出来る体勢をしながら。

「ヨシアキ……立てる?」

 アリ―は義明に声をかけるが、依然としてアベルトの方を向いている。

 警戒はまだ解いてはいない。

「あ、アリ―……」

 先程もあの押し付けられている感じはない。

 義明も緊迫した空気を感じとり、今すぐにアリ―にしがみつきたい気持ちを抑える。

「アリ―……ここにはあの」

「ええ、わかってるわ……とんでもないものを隠し持ってくれたわ」

「アリ―所長もわかりますか? この子の強大さが」

「……まるで魔龍でも相対しているじゃないかって思うほどの禍々しさだわ」

「これでもまだ完全体じゃないんですよ?」

「……そうでしょうね」

「ふふ、それもわかっちゃいます?」

 アベルトは自慢する我がのように<蝗>が入っている檻をなでる。

「ほんとは……この子を完全体にするはずだったのですが……今日のところは断念します。ここは一旦退いて、別の方法を考えます」

 アベルトの下が青い魔法陣が展開される。

「転移魔法! くそっ」

 とっさに杖を振り、攻撃魔法を唱えるが魔法陣を越えようとしたところではじけ飛ぶ。

「それじゃ、アリ―所長。またどこかで……」

 勝ち誇った顔をするアベルト。だが、青く光っている魔法陣は徐々に光を失い始める。

 当然、アベルトはその場から消えることなかった。

 一瞬何が起きたか理解できないアベルトだったが、転移魔法が発動していないことに焦りと不安の顔となった。

「な……なんで発動しないの!」

 焦るアベルトは魔法陣を確認する。自分に間違いなどない。転移魔法など自分にとって見れば初歩中の初歩。それを書き間違えるなどある分けがない。だが、魔法陣にはところどころ空白があり、不完全な状態であった。

 すると自分の横から“むしゃむしゃ”と音が聞こえる。その方をみると<蝗>が盛んに口を動かしていた。

「ま、まさか……魔法陣を食べっ」

「ウィンドショット!」

「きゃっ!」

 アベルトはアリ―が放った魔法で吹き飛び壁に激突し、そのまま気を失ってしまった。

「ふぅ……なんとか……なったみたいね」

 アリーは掲げていた杖をおろし、そして義明の方をむき、そっと優しく抱きしめた。


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