第22話

22

 

 私はずっと、ずっとあの方に憧れていました。

 実際にお会いしたことはありませんが、あの方の数々の武勇伝を聞いて、私はあの方のように強く、誰からも愛され、尊敬される、そんな魔女になりたいと。

 一度でいいからお会いしたかった。お会いして、あの方の弟子になり、あの方に褒めてほしかった。

 でも、あの方はもういない。この世界を救ったあとにいなくなってしまった。


 悲しい。もっと早く生まれていれば……先の災厄との戦いに参加していればと、自分が生まれた時代を恨まずにはいられない。

 でも、仕方ない。仕方ないんです。だから、私はあの方に追いつこうと、すごく頑張りました。あの方の血縁以外の魔女で、私があの方の魔法を扱えるようになりました。だれもが私を天才だといってくれました。


 でも、でも、でもでもでもでもでも! 

 きっと私はまだあの方の足ともにも及ばない! 

 だって私はあの方の本当の実力を知らないのだもの!

 まだ、シークレットコードも、私は解析できていない! 

 あの方を超えたい! 超えてあの方の名前を襲名したい! 



 でも……どうすれば……。



 そこで、天才な私は思いつきました。

 あの方と相打ちになった八の災厄<蝗>を復活させて、私が倒せばいいのだと。


 八の災厄<蝗>。

 あの方を追い詰めた化物。

 あの方をこの世界から追い出した憎き化物。


 あの方でさえ、相打ちとなった相手です。

 倒せたら、それはもうあの方を超えたと言っても過言ではないのです。


 でも……あの化物を復活させることは、なんどやっても無理でした。

 出来るのは姿が似たただの虫。ぴょんぴょん跳ねる虫。

 ただの虫なんです。天才の私でも、災厄を生み出すことはできませんでした。


 もう、諦めたその時でした……。





「……うーん」

 いつの間にか寝てしまったのか。瞼をこすりながら義明は目をさます。

 視界がぼやけ、頭がぼーっとする。深夜作業中に居眠りしたあとのような感じに近い。

 首の右筋が痛い。変な寝方したみたいだ。

「あ、気が付きましたか? ヨシアキ様」

 あっけらかんとした声が義明の耳に届く。聞き覚えのある声だ。

「んー……アベルト?」

「はい、アベルトですよ」

 大きなあくびをして目のそこから潤いがでてくる。アベルトの顔が潤いでゆらゆらと揺れる。それでいて何処か薄暗い。

「まだ意識がはっきりしてない感じですかね?」

「んー……まぁ……」

「ふふ、まぁ私はそれのほうがやりやすいからいいんですけどね」

「ふぇ?」

 アベルトはそう言って義明に背をむけ、なにやらカチャカチャと準備をしている。

 アベルトの鼻歌が微かに耳に届き、まるで料理の準備でもしているかのようだ。

 義明は意識をはっきりしないまま、再びあくびをして、頭をポリポリ掻く。

 そこで、自分の腕が妙に重いことと、腕を動かすとジャラジャラと重い金属音が聞こえてきた。

「……なんこれ」

 手首を見て、頭がじわじわと冷めて行く。手首には手錠がかけられていた。その手錠は義明がよく知る手錠ではない。手首にはめられている腕輪も、その腕輪から伸びている鎖も、どれも大きかった。

 義明は驚き、声がでない。いや、状況が把握できず呆然としてしまっている。

「あ、それですか? 逃げられたらまずいなって思ってちょっと拘束させていただきました。

 安心してください。獣人を拘束する手錠なので、ただの人間のヨシアキ様では絶対外せないので」

 無邪気に笑うアベルトをみて、義明の背中に嫌な汗が流れる。

 何を安心すればいいのか、アルベルトはこんなわけの分からない子だっただろうか。

「……あの、これ……どういう状況?」

 自分の気を紛らわすために、なんとか声をだす。

 どういう状況? わかりきっている。きっとこれはドッキリとかそんな類のものではないことも、わかっている。

「私がヨシアキ様を拘束している状態ですよ」

「なんで?」

「ヨシアキ様は重要な協力者ですから」

「協力……者?」

「はい! この子のための協力者です!」

 そういって指をさした先に、大型犬が2匹入りそうな檻があった。

 その中に入っているものを見て、義明は絶句する。

 そこにいたのは、檻に隙間ができないほど大きいバッタが入っていた。ただのバッタではない。あのバッタには見覚えがあった。大きささえ違うがあれは間違いなく、義明の部屋にいたバッタだった。

「すごいでしょー。どんどんご飯を上げるとどんどん大きくなるんですよ! 

 あ、ご飯は魔導書とかコードなんですよ!

 とくにこれを食べさせたら一回りも大きくなって……さすがはフレンダ様のシークレットコードですよね〜栄養満点! この子もすくすく育ちました!」

 アベルトの手には赤い石が握られていた。

 それを器用にペン回しのように滑らかにいじっている。

「おい……」

「あ、怒っちゃいました? ごめんなさい。でもこれってとても大事なものなんです。

 確かに、フレンダ様の大事なものだということはわかってます。この世界の宝であることは重々承知しているんです。

 でもでもでもでも! この子と戦えることとくらべたら、全然! お釣りがくるくらいですよね! それでは私がこの子を倒して、フレンダ様を超えるんです! そのことに比べたら、石の1つや2つ、どうだっていいですよね!」

「な、なぁ……そのバッタはさ……確認なんだけど、八の災厄っていうやつじゃないよね?」

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑顔でアベルトは義明を見る。その笑顔が答えと言ってもいい。

 バッタを……八の災厄<蝗>をみる。

 義明の部屋にいたときと同じように、カゴの中で静かにしている。静かに、じっと、まるで餌を欲しているかのように、義明のことをじっとみている。

「この子、さっきからヨシアキ様のことじっと見てますよね。ヨシアキ様のことを、餌だとおもってるんですかね?」

「はは……何言って……」

 協力者にすると言っていたが、まさかそういうことなのか。

 だが、アリ―やアベルトの話だと、こいつの主食はコードだ。肉とかではないはず。

 そう、肉ではない……そう思いたい。なんせやつが雑食のバッタの姿をしているのだ。肉を食わない保証がどこにある。

 脇汗が肌を伝って流れていくのがわかる。すごく、すごく緊張していた。

 ——おれはバッタに食われるのか?

「あ、ヨシアキ様、もしかしてこの子に食われるって思ってません? もしくは、この子の完全体になるための生け贄とか?」

「え……」

「あぁ! やっぱりそんなこと思ってたんですね!

 そんなことするわけないじゃないですか! ヨシアキ様は大事なフレンダ様のお孫様なんですよ? 私のあこがれであるフレンダ様のお孫様に、そんなことするわけないじゃいですか!

 まったく失礼しちゃうます!」

 両頬をブクっと膨らませて呆れたような表情をするアベルト。

 それを聞いて義明はホッとする。さきほどまで、自分があの化物にむしゃむしゃと食われている姿を想像したもんだから、もう少しアベルトの言葉が遅ければ気を失っていたことだろう。

「それに言いましたよね? ヨシアキ様は協力者ですって!

 ヨシアキ様にはやってほしいことがあるんです! 死なせるわけにはいきません」

「その、協力なんだけど……な……何をするの? おれ、まだ魔法のこととか、よくわからないんだけど……」

「大丈夫です! 魔法の知識とかそんなものはいらないんです! 

 むしろ、これはそんな知識はいらないのです……。

 ねぇ……ヨシアキ様。

 ヨシアキ様が元の世界で作っていたというプログラミングを、この子の餌として作ってくださいな。

 確か……『Witch』でしたっけ?」


 アベルトは嬉しそうに微笑んだ。


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