第21話
21
小学生のころ、“血吸いバッタ”というバッタがクラス中の話題になった。血を吸うとかなんとも恐ろしい名前だが、実際は赤い牙をもっているだけのただのバッタだ。
“血吸いバッタ”という名前がついたのは、ある生徒が噛まれ、出血したことが始まりでクラス中、1学年に広まった。
この話題にたくさんの噂がついた。
噂というのは尾鰭がつくのがお約束。
一度噛まれたら高熱がでるだとか、“血吸いバッタ”は人の血を吸うと巨大化するとか、どんな虫も食べちゃうとか、毒があるとか、血を大量に吸うと進化するとか。
子供の自由な想像力で“血吸いバッタ”というただのバッタはとんでもない化物へと昇華していった。
だから、子供のころの義明はこのバッタに出くわしたら
「こ、これが……八の災厄<蝗>……なの?」
「いやオレに聞かれても……」
虫網の中で暴れまわるバッタをみてアリ―は動揺していた。
あまりにも想像していたものとかけ離れすぎて、拍子抜けていた。
「オレにはただのバッタにしか見えないなぁ」
地球で大量発生した異形なバッタと似ているが、それと比べると小さいかった。オンブバッタくらいの大きさだ。
踏みつければ簡単倒せて、世界を救えそうだ。
「これ……ただのバッタだよね?」
「わ、わたしはそのバッタというものを見たことないから、分からないけど……ええ、私もただの虫にしか見えないわ」
「……もうちょっと探してみようか。ついでに設置した罠も回収しにいこう」
捕まえたバッタを用意したカゴに入れ、改めて観察する。
バッタは興奮しているのか、めちゃくちゃに跳ね回っている。
「怒ってるのかしら……」
アリ―は虫かごの中を覗き込みながら言った。
「いや、パッタってこういうもんだから気にしなくていいよ。
さ、行こうか」
………………………………
……………………
………………
……………
…………
「罠10箇所で14匹。
道中で捕まえたのは8匹……と」
「ヨシアキってすごいのね……まさかこんなに捕まえるなんて……」
机の上に置かれている罠と虫かごを見てアリ―は感心する。
未だ興奮が収まらないのか、バッタたちが無茶苦茶に跳ね回っている。こんなに多く捕まえたことがなかったので、流石にこの数でむちゃくちゃに跳ね回れると気持ちが悪い。アリ―も若干引いている。
どれもこれも最初に捕まえた小さいサイズと対して差はなく、手のひらサイズのでかいバッタは見かけることはなかった。
「どう、アリ―。
このなかに変わったヤツはいる?」
「え、う、うん。
ちょっとまってね」
アリ―は小さく「これは仕事よ……大事な仕事よ……やらないと行けない。出ないとお祖母様に……よしっ!」と言って一個ずつ罠を手に取り、中身を確認する。
確認しているときのアリ―の表情はまるで不潔の物を見るかのような感じであった。
「んー……まぁ多少魔力は感じなくもないけど……でもこれは他の虫にも言えることだし……とくに変わったところはないわね」
すべて確認し終わり、顎に手をあて考え込む。
「やっぱそうだよね。オレも普通のバッタにしか見えないもん。
どうする? アマンダさんに報告する?」
「そうね……報告はするわ。お祖母様実際に<蝗>と戦っているもの。
私達より正確に見れるはずよ。
……それにしてもこんなにいたのね。一体どこから現れたのかしら」
「ん〜こいつらの大きさから、昨日今日で大量発生したとは考えにくい。幼虫はもっと小さいし。きっと最初からいたんだと思うよ?」
「え? でも私見たことないわよ?」
「そりゃ〜探そうと思わなかったからでしょ。こいつらがいたのって、茂みとかだったでしょ?」
「確かに……研究所内で茂みとか入ったことないわ。たとえ見つけとしても、無視するでしょうね。とくに魔力も感じない虫だもの」
「虫だけにね」
自然にダジャレを口にしてしまった。普段なら“つまんねぇ”とか“さみ〜”とか“ハイハイ”と妹に突っ込まれるが、まぁでもここは異世界だから通じないだろう。
「あら、ヨシアキ。あなたグパンジュの掛け合いを知ってるのね。やるわね」
「あ、通じるんだ。しかもダジャレを言う国があるんだね、この世界」
しかもなんか感心された。
“コンコンコン”
「——アリ―所長? いるんですか? 失礼します」
不意にドアからノック音と共にアベルトが部屋に入ってきた。
「アベルト、どうしてここに? あなた、自宅待機だったはずよね?」
「あははは、実はどうしても持ち帰りたい私物があったので、アマンダ様に特別に許可をもらいまして……そしたら所長の部屋から声が聞こえたので」
「よくお祖母様が許可したわね……」
「すごくお願いしました。えへへへ。アマンダ様はお優しいです。私のおばあちゃんの形見を取りに行きたいって言ったら快く許可してくださいました。
あ、ヨシアキ様! こんにちは!」
「こ、こんにちは。なんか、テンション高いね。アベルト」
「えへへへ、ずっと取りに行きたくてウズウズしてたんです。今日やっと持ち帰れて嬉しくて」
アベルトが嬉しそうにその形見らしき袋を二人みせる。
中が気になるが、大事な形見だ。詮索はよそう。アリーも同じことを想ったのか、これ以上追求はしなかった。
「それにしても、すごい数ですね。
よくこんなに捕まえられましたね」
「ええ、すべてヨシアキのおかげよ。
私じゃこんなに捕まえられないわ」
「へぇ! さすが、ヨシアキ様!」
マジマジとカゴ内で無茶苦茶に跳ね回るバッタを見つめる。
どうやら彼女はこのうごめくバッタをあまり気持ち悪く想っていないようだった。
「私はこれから、お祖母様……アマンダ様に報告しにいくわ。ヨシアキ、あなたは先に私の家に帰ってて」
「え、でも」
「お祖母様の殺気……若干トラウマになってるでしょ?」
「うっ……まぁ……」
視線だけで相手を殺せそうなほどの眼力は、思い出すだけでぞっとする。
「フフ。
アベルト、そういうわけだから、ヨシアキを家まで送り届けてくれるかしら」
「はい、お安い御用ですよ」
アリ―は研究所を出ると、箒に乗ってアマンダのいる施設へと向かっていった。飛び立つアリ―を見ながら、飛ぶって便利だなぁっと思いながら見えなくなるまで、見つめていた。
「さて、ヨシアキ様。行きましょうか」
アベルトはヨシアキの手をとる。不意に手を握られ、ドキッとする。
「あ、あははは。ああ、ありがとう。でももう道は把握してるから、その……別に手を繋がなくても……」
「駄目です、駄目です。何があるかわかりませんからね!
あのフレンダ様のお孫様に何かあっては、私、死んでも死にきれません。
さ、行きましょう!」
一方、アリーはアマンダのところで捕まえた虫たちを披露していた。今ではすっかり落ち着いてじっとしている。
その虫を見たアマンダは、その姿に驚愕したものの、じっくり観察いていくとその表情は落ち着いたものとなっていった。
「……こいつは。確かに<蝗>と似ているが……。
んー……ただの虫にしか感じんな。あいつの禍々しい邪気は背筋から大量の嫌な汁がでるほどだからな。こいつには一切そんな気配はしない」
「お祖母様もそうですか……ということは」
「ああ、ひとまず<蝗>の可能性は少なくなったということだな。
まぁ、油断はできんが……」
アマンダは深く椅子に座り、背もたれに身体を預けた。緊張がすこしとけたようで、預けると同時に長く息を吐いた。
アリ―もアマンダの言葉を聞き、肩の重荷が取れ始めていた。
「それはそうと、お祖母様は優しいですね」
「ん? なんのことだ?」
アマンダは口にタバコを加え火つける。
「だって、私達以外は全員研究所内を立ち入り禁止にしたじゃないですか。
それなのに、アベルトに入出許可を与えるなんて。まぁ、祖母の形見って言われたら許可したくなる気持ちもわかりますが……アベルト、すごくうれしそうでしたよ」
「ちょっとまて……何の話だ。アベルトに許可?
私は与えていないぞ。というか、与えるわけがないだろう。<蝗>がいるかもしれないところ……」
「え、でもアベルトは許可をいただいたと……」
アマンダはつけたばかりのタバコを灰皿に押し付け、椅子から立ち上がる。
その表情には焦りの顔が滲ませていた。
アリーの顔もみるみるうちに青ざめていく。
「……アベルトはいまどこに」
「ヨシアキと一緒に私の家に……」
「……アリ―! アベルトのところに行くぞ!」
「はい!」
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