第20話
19話
あれから騎士団のような人たちが研究所内取り仕切り、研究所は閉鎖となった。長い歴史を誇るフルロラル魔法開発研究所の初めての大事件であり、街中大騒ぎであった。だが、そこに不安や
街中いろんな噂が流れていた。
その噂のスケールの大きさはピンきりで、一番大きいスケールは世界最高峰の魔法を妬む他国のテロ活動。一番小さいスケールは学生がヘマをやらかす、であった。
意外にも、後者が多い。
英雄のアマンダがいるこのスペルディアで、喧嘩を売るなど馬鹿などいない。もし喧嘩を売ったのなら、千倍、いや百億倍の逆襲を受けるというのが、みなの認識であった。
だから、騒いでいるが街には緊張感がなく、普段とは違う体験できたことによる、ワクワク感に浸っているのだった。
「以上が今回の事件の報告です」
義明とアリ―は今回の事件の報告のため、スペルディアの代表であるアマンダのところに来ていた。
アリ―の表情はずっと硬いまま、報告書を読み上げていた。
今回の事件はただごとではない。あの十の災厄の一体である、八の災厄<蝗>が関係しているかもしれないのだ。
「お祖母様……いえ、アマンダ様。
すぐに対策を取りましょう。
不甲斐ないですが、今回は私一人ではどうすればいいのか……」
「アリ―……お前の報告はよくわかった。
確かに……今回はお前が対処できる問題ではない。私自ら動かなければならないな……」
「お祖母様……」
祖母の頼もしい言葉に、硬かったアリ―の表情が微かに和らぐ。
「これが本当にあの<蝗>の仕業だったのならな……」
瞬間、アリーの和らいだ表情が再び固くなる。
「……どういうことですか」
「どうもなにも……まだ確たる証拠を掴んでいないではないか。これではヤツの仕業とは断言できない。
どうせ、学生が変な実験してヘマしちゃったんだろ。よくあることだ。
まぁ今回は国宝級の代物までお陀仏になってしまったんだ……やってしまった生徒は退学……更にドでかい賠償金をなるだろうがな……」
「お祖母様!」
想像とは全く違う態度と答えに、アリ―は声を上げた。
「何をそんなこと悠長なことを言っているんですか! こんなこと、学生の失敗で片付けて良い訳がありません!
ヨシアキが言っていた異世界での異変! 学生が見たという魔法防壁を食い破ったという虫の出現! そして今回の事件はこれは明らかにっ」
「だからそれは、学生がやらかしたヘマだろう」
「現実を見てください! これは高い確率であの八の災厄<蝗>の仕業で間違いないです! 私は穴が開いてしまうほど、十の災厄に関わる書類を読みました!
すぐに各国にこの事を伝え、すぐさま緊急対策を模索しなければ!」
話せば話すほど、アリーの声の大きさと勢いがましていく。それに比例するかのように、対するアマンダは冷静、それで聞く耳持たずな態度であった。
それを一歩引いてみてる義明はアリ―の冷静でいられない行動に驚いていた。
十の災厄が一体、八の災厄<蝗>。
その正体はでかいバッタであると、義明はアリーからきいた。
世界を滅ぼす。その存在がバッタと聞き、義明もアマンダや街の人達と同じくそこまで緊張感がなかった。
——あのバッタが世界を滅ぼす?
確かに、義明の世界ではバッタが大量発生し、作物を食い荒らす蝗害がある。義明がこの世界に来る前、世界中で異常な量のバッタが、それも異形な姿をしたものが確認されている。それは日本も例外ではなかった。
好奇心の塊である義明の妹、朱菜がとんでもない化物みたいなバッタを捕まえてきたのだ。
(そういえば……あのバッタどうなったんだろ……)
よく食べるのに、あまり動かない燃費の悪いバッタだった。
あの食欲だ。餌をやらなかったら2、3日で死んでしまうかもしれない。
(戻ったら朱菜にどやされるな……)
きっと冷たく、切れるような視線を送ってくるのだろう。しばらく口を聞いてもらえないかもしれない。
異世界に行ってた、ごめん……ではとても通じるとは思えない。きっと異世界に連れていけ、と無茶なこと言ってくるはずだ。
そんな呑気なことを考えているときであった。
“ドンっ!”
突然の大きな音に義明は目を見開く。心臓が跳ね上がり、さきほどまで呑気な考えから、現実へ強制的に戻される。
アリーも義明と同様に驚いてすくみ上がっていた。
「何も知らない小娘が……。
アレの存在が世界にどれだけの影響力をもっているか……お前は何もわかっていない。
どれだけ世界に傷を負い、どれだけの命を犠牲にしたのか……ただ報告書を読んでわかった気になっているだけの小娘が、この私にでかい口を叩いてんじゃないよ」
この場の空気が一変する。重く、そしてすべてを圧倒する声と視線が二人に突き刺さる。それは息をするのも忘れてしまうほどであった。背中に嫌な汗が流れ、足が小刻みに震えだす。
自分が言われているわけではないのに。
まるで金縛りにでもあったかのようだ。
「そ……そう思うなら……なぜ動こうとしないんですか」
先程までの勢いがない、かすれるような声でアリーは訪ねた。
離れている義明でさえ、圧倒され膝が震えている状態なのに、一番近くに、且つその矛先を向けられているにもかかわらずよく口が開けるのものだと義明は驚いた。
「アリ―……お前はわかっていない。世界を破滅に追い込んだ化物が、実は行きてました……なんて世界に報告してみろ。各国に王……とくに魔王がだまっちゃいない」
さきほどまでの圧倒する声と視線はない。間違いを犯した子供を優しくしつけるような声でアマンダはしゃべりだした。
「それなら、なおさら報告しなければ……魔王さまは率先して平和に尽力を注いでいらっしゃいます」
「……それはあの化物と実際に戦い、その危険性と強さを十分に理解しているからだ。そしてこう思っている。
あれとまともに戦ってはならない……とな」
「ど、どういうことですか。魔王さまもお祖母様と同じく十の災厄を一体倒していらっしゃってます」
「アリ―……私達が余裕であの化物を倒したと思っているのか?
私も含め今英雄と呼ばれている者たちは、誰一人、あの化物を苦戦し、死ぬ一歩手前まで追い詰められた。結果はなんとか倒すことができたが、その代償に多くを失った。
次……もしあの化物が現れたら勝てる自信がない。ならどうするか……。
あのアホのことだ、もし<蝗>がこのスペルディアに現れたと耳に入ってみろ。あいつはこの国を跡形もなく消滅させるぞ。なんの宣言もなくな」
「そ、そんな……いくらなんでも……」
「もし!
別の国で十の災厄が現れたと私の耳に入ったら……私は最強の魔法を使ってその国を滅ぼす。なんの躊躇なくな」
アマンダは懐からたばこを取り出し、口に咥え、指を鳴らして火をつける。
肺いっぱいに煙を吸い、煙と共にすべてを吐き出すかのように息を吐いた。
「それに……<蝗>は姉さんが滅ぼした……あの姉さんが仕留め損ないことなど……」
独り言のようにアマンダはつぶやく。それはまるで自分自身に言い聞かせているようであった。まだ多く残っているタバコを灰皿に押し付けた。
奥歯を噛み締め、歯ぎしりの音が義明の耳にも届いた。
「アリ―!」
「は、はい!」
「お前がそこまで言うのなら、<蝗>の証拠をもってこい! 本体だ! 本体を捕まえてこい!
そして私の目の前にもってこい!
もし、もし本当にあの化物だったのなら……私が必ず跡形もなく滅ぼす。
今度こそ絶対にな……」
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