第10話

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 家を出るとき、またあの汗だくになるルートを通らなければならないのかと、義明は心の中で愚痴を吐いた。

 義明は人一倍汗っかき。真夏だろうと、真冬だろうと、ちょっと歩いただけで、汗をかき、コメカミから顎にかけて、ツゥーっと汗が滴ることがよくあるのだ。代謝がいいと聞こえはいいが、汗をかく当事者は、気持ち悪いったらありゃしない。

 そんな義明の心情を察したのか、アリーがニコっと笑っていった。

「大丈夫よ。あれは最初だけ」

「最初だけ?」

「そうよ。あれは結界なの。

 初めてこの家に入るには設定した道の通り、そこで特定の行動を取らないと家に入ることができないの。

 一度入れば私が許可したってことで、自由にこの家に入ることができるわ」

 なぜそんな面倒なことを……。再びそれ察したのか、アリーは苦笑いをしながら言った。

「んー、ほら、私、なんか人気あるじゃない? 自分で言うのもなんだけど……。まぁその人気で。いいこともあれば、悪いこともあって……」

 いい意味でも悪い意味でも。おそらく後者はアリーに対して良からないことを考える輩のことだろう。アリーは女性、それもとびっきりの美女だ。過剰なファンがいてもおかしくはない。

「もし、間違ったルートで行くとどうなるの?」

「廃墟の屋敷で行き止まり。それと一年間、たとえ正しいルートを通っても私の家には辿りつけないわ。あと、三回間違えると、呪いがかかるわ」

「の、呪い……」

「といっても、そんな大げさなことじゃないわ。一ヶ月間トイレとお友達になったりとか、一ヶ月間身体からキツイ加齢臭がするとか、一ヶ月間なぜか出費がかさみ資産が千分の一なったりとかね」

「……ゲームのダンジョンみたい」

 義明は自身が好きなゲームのことを思い出した。

「ゲーム? あら、ヨシアキの世界にこんな遊びがあるの? 変わってるわね」

「いや、遊びは遊びでも、アリーが想像しているような遊びじゃないよ。

 テレビゲームっていうんだけど……たぶんアリーはわからないかな」

 アリーの家にはテレビはない。テレビもなければ、冷蔵庫も、電子レンジも、掃除機も、そして義明がよく使うパソコンもない。いわゆる一般家庭にある家電が存在しなかった。

 異世界だから当然といえば当然なのかもしれないが、いざ無いってなると違和感がでる。普段よく目にし、使うものがないとここまでソワソワするものなのかと、不思議に感じた。

「テレビ……ゲーム? ゲームはわかるけど……テレビって何?」

「映像を移す、箱のような板のような機械かな」

「映像を移す……キカイ……? クリスタのようなものかしら」

「ん? 機械って知らない?」

「ええ、聞いたことないわ……どういうものなの?」

 異世界だ。当然といえば当然か。

「うーん、電気で動く道具って言ったらいいのかなぁ」

「デンキ?」

「え、電気もわからない? えっと、あ、雷系の魔法ってないかな?」

「ええ、もちろんあるわよ。……え! まさか電気って雷のこと?」

「んー、まぁそんな感じかな」

「へぇー!」

 アリーは目を大きくあけて、驚いた。

「ヨシアキの世界は面白いわ……まさか雷……それと同じものを使って道具を動かすなんて……。

 そのデンキっというのは雷から取り出すのかしら。雷がよく発生する場所があるのね」

「いや、電気は作ってるんだよ。雷は強すぎて使えないんだ」

 再びアリーが驚いく。先程の驚きとは違い、目が限界まで開かれた状態だった。

「え、ちょ、ちょっとまって! ヨシアキの世界には魔力が無いのよね? どうやってその電気を作っているの!」

「えっと……いや、俺も専門家とかじゃないから詳しくわからないけど、太陽光とか風力とか水力とか火力とかで、電気をつくってるよ。科学の力ってやつだな」

「太陽の光ですって……」

 信じられないという顔をするアリー。そして顎に手を当ててだんまりになってしまった。

 頭の中では魔力もなしに、電気を作ることができるのか考えていた。そしてすぐに答えがでた。答えはノーだ。

 映像を写すものは、この世界にも存在する。だがそれは魔力によって動いている。彼女の世界では魔力や魔法によって世の中が成り立っている。あらゆる理論に魔力が関連しており、それがなくなるとこの世のすべての理論が崩壊する。火を起こすのも、風を作るのも、雷をつくるのも、すべて魔力が必要不可欠だ。

 それなのに、義明の世界では魔力を使わず、魔法を使わずあらゆるものを生み出しているらしい。

 信じられなかった。だが、義明が嘘を言っているようには見えない。

 実はアリ―は魔力もない、魔法もない義明の世界を、発展が遅れている世界だというイメージがあった。だが、さきほどの話でその認識を改なければならない。自分たちがもし魔力なし魔法なしの世界になったら生き残れるのか。ほぼ不可能だ。そもそも魔力がなかったら十の災厄に軽く百回は世界を滅ぼされていることだろう。

 義明の世界はこの世界よりも技術が凄まじいものなのかもしれない。義明が先程言った『科学の力』。一体どんなものなのだろうか。アリ―は身体の内側から熱い好奇心が、沸々とマグマのようにじんわりと身体中を駆け巡っていく。

「ヨシアキの世界……ぜひ行ってみたいわ!」

「え、そ、そう?」

「ええ! そのために次元魔法を完成させてヨシアキの世界にいくわ!

 こうしちゃいられない。すぐに研究所に行かないと!」

「え、ちょ、ちょまってアリ―!」



 フルロラル魔法開発研究所。

 魔法大国『スペルディア』が誇る世界最高の魔法研究所。

 名前の通りに魔法を研究開発ができる施設だが、それだけではなく、学校のように魔法を学び、優秀な魔女、魔道士を世に送り出す学びの場所でもある。

 小さいこどもから、お年寄りまで、幅広い年齢、幅広い種族が魔法を学びにこの研究所を訪れる。この施設人口は5000人を超える超マンモス校であり、毎年春と秋に入所試験が行われていおり、倍率は二百から五百倍となる。

 施設名のフルロラルは、世界征服を実行しようとした最初の魔王と闘った魔女の名前。また、あらゆる魔法理論の根幹を構築した魔女でもある。

 根っからの魔法第一主義者、つまり魔力を持たないもの、魔法を使えないものを完全に下に見ており、それは共に旅した仲間たちも例外ではなく、よく仲間の戦士(後に勇者となる)とよく歪みあっていた。

 そんな魔女が作った研究所であったため、当初この研究所は魔力を持たないものはもちろん、魔力があっても魔法を扱えないもの、魔法が扱えても中級以上の魔法を扱えないものは、敷地内すら入れない場所であった。

 だが、その分、魔法に関する研究にはうってつけの場所である、設備はこれでもかというくらい、充実している。他国の研究機関が指を加えて羨ましがり、誰もがこの研究所に入所したがった。

 現在のように試験に合格すれば誰でも入所できるようになったのは、『十の災厄』が現れてからであった。

 『十の災厄』に対抗できるより優秀な魔女、優秀な魔道士が不足する事態がおきる。『十の災厄』が滅んだあと、このような自体を再び起こすわけには行かないとアリ―の祖母、アマンダがあらゆる反対を押し切り、古い制度を廃止し、現在のような体制となったのだった。

 アリ―は猛スピードで箒を飛ばし、家を出て3分で研究所に到着した。義明はすこし長いジェットコースターを味わうこととなり、箒を降りたときに少しふらつき、転けそうになる。なんとか踏みとどまり義明は、目の前に広がる研究所を見る。

「で、でかい……ひ、広い!」

「ふふ、すごいでしょ。広さはグルグランデ200匹分くらいかしら。我が国、いえ、世界で一番の魔法研究所よ。広さも大きさも、歴史も、設備も、実績もね」

 胸をはって誇らしげに、アリ―は言う。アリ―の豊満な胸に義明は目をそらしてしまう。別のことを考えよう。

 そう、グルグランデとはなんだろうか。『匹』という単位を使ったから、おそらく生物なのだろう。でかい生物というと、象やキリン、クジラを想像するが、この異世界で日本の知識で補えることはできないだろう。グルグランデがどのくらいの大きさなのかわからないため、パッとイメージができないが、この研究所がものすごく広いということは火を見るよりあきらかだった。

「私の研究部門は施設の奥のほうにあるわ」

 グルグランデのことを考えていると、アリ―は5m以上ある鉄格子の門の取っ手の部分に触れながら話す。すると、その手が触れている部分が光だすと、門がゴゴゴゴっと音を立てながら開いていく。この光景はこの世界に来て2度めだった。

 ゆっくりと開いていく門を眺めていると、不意に腕が引っ張られる。アリ―は流行る気持ちが抑えきれなかったのか、門が開ききる前に門を通った。


「あ、アリ―所長、おはようございます!」

「アリ―さ……じゃなかった、アリ―所長。おはようございます!」

「アリ―所長! 3時の会議忘れないでくださいよ!」

「アリ―所長、今日もお綺麗ですね!」

 広く、そして長い道を早足で進んでいくと、道行く道で声がかかる。この場所でも同じようにアリ―は人気だった。

 一つ違うのが、誰もがアリ―のことを『様』呼びではなく、『所長』と呼ぶ。所長、つまりこの研究所で一番えらい人の称号。義明はまさか、アリ―がこの施設の所長だとは思わなかった。

「アリ―所長! その手を繋いでいる男はなんですか!」

 どこからか怒りと焦りが混ざった声が義明の耳に入る。

「え、あ、ホントだ! 誰だ! あの男は!」

「まさか……アリ―所長の彼氏!」

「ばっかやろう! そんなわけあるか! きっと実験台のムルピーだよ!」

「実験台のムルピーか!」

「なんだ実験台のムルピーかぁ」

「そうだ、そうに違いない! アリ―所長は我らの女神だ! 彼氏など作らん! というか俺様がムルピーになりたい!」

「何いってんの! その役目はあたしよ!」

 おそらくアリ―の耳に届いていることだろう。だが、そんなことはお構いなしに先へ、先へ進んでいく。アリ―は

 義明はムルピーというはわからないが、おそらくモルモットと同じ意味だろう。

 自らモルモットになりたがるなんてどうかしていると思いつつ、そして、そのモルモットと認識されている自分が、このさき何か良からぬことされるのではと、少し不安になる義明であった。

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