第11話

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「それで……そちらの方が、あの有名なフレンダ様のお孫さんだと?」

「そうよ! 異世界からやってきたフレンダ様のお孫さん! 私の親戚でもあるわね!」

「……ほんとですかぁ?」

 品定めをするように、分厚い眼鏡越しでじっとりと眺める。

 この女性の名はベアルト。アリ―の4つ下の魔女で、この研究所の職員。

 流れるようにアリ―の研究室に入り、何やら準備していたところに、現れたこの女性。アリ―と同じ三角のとんがり帽子をかぶり、黒のローブをまとっている。服装からしてアリ―と同じ魔女なのだろう。

 部屋に入り、義明を見つけるや手に持っていた大量の書類を落とし、床にばらまいた。

 それからアリ―に質問攻め。

 なぜここにいるのか、どんな関係だ、こいつは何者だ……。

 アリ―がなんとか落ち着かせようと必死になるが、それでもなかなか暴走が止まらず、痺れをきらしたアリーは、彼女の腹に一撃を御見舞させ、ようやく止まったのだった。


「にわかに信じ難いですね……。フレンダ様のお孫さんというのもそうですが、その異世界っていうのも信じられないです。ましてや魔力も魔法ない世界なんて……どうやって生きていくんですか」

「ヨシアキの世界では代わりに『科学の力』という不思議な力……いえ、技術と言ったほうがいいのかしら、それが生きるための力らしいわ」

「はぁ……カガク……ですか」

 難しい顔をしながらベアルトは首をかしげる。

「まぁ、どっちにしろ、調査とか必要そうですので、今は考えないようにしときます」

 半ば諦めた顔をし、深い溜息を吐いた。

「とにかく、この研究が完成すれば、きっと答えがあるはずよ!

 ところで、ベアルトは何か用事があってここに来たのではないの?」

「あ、そうでした! 所長! 講義の時間とっくに過ぎてますよ!」

「あれ! ……講義って今日だっけ?」

「そうですよ! みんな所長の講義を楽しみにしてるんですから、早く向かってください!」

「ん〜……でもヨシアキがいるし……一人にしておくには……」

「彼はワタシが対応しておきますので、所長は早くいってください! 

 さぁ、さぁ、さぁ!」

「わ、わかったから、押さないでベアルト」

 アリ―の背中をグイグイ押し、講義に向かわせようとするベアルト。

 今度はアリ―が諦めたような顔をし、義明の方をみる。

「よ、ヨシアキ、そういうことだから、すこし待ってて。60分から80分程度で戻ってくるから……それじゃね」

 


 アリ―が部屋から出ていき、ベアルトと二人っきりとなった義明は、居心地の悪さを感じていた。

 一分の沈黙が妙に長く、何か話さなければならないのか。そんなプレッシャーを感じる。

「……ヨシアキ……さんでしたよね?」

 ねっとりした感じで義明の名が呼ばれる。

 心の準備ができていなかった義明の肩がビクッと上がる。

「え、は、はい」

「さきほど、アリ―様……アリ―所長が言っていたことは本当なのでしょうか? あなたが異世界から来た人間で、それでいてあの英雄フレンダ様のお孫さん……ということも……」

 言葉に棘を感じる。分厚い眼鏡の中の眼光がするどい。

「……異世界から来たっていうのは、正直、俺もあまり信じられないんだけど……でも、たしかに俺の世界には魔法なんかないのは確かで……。

 あと、俺の婆ちゃんも、フレンダって名前で……」

「あなたのお祖母様のフルネームは?」

「えっと、古谷フレンダっていうけど……あ、でも結婚する前はフレンダ・シュットガルトだったはず」

「シュットガルト……」

「こ、ここの世界のフレンダと俺の婆ちゃんのフレンダが同一人物っていうのは、俺もまだ実感わかないっていうか……でも、アマンダさんも言ってたし、貰った写真も婆ちゃんそっくりだったから……えっと……その……あの……」

 じーっと義明を見つめられ、言葉だんだんとか細くなる。まるで悪い子供が言い訳しているような気分だった。

「……」

 ベアルトは無言のまま、義明のところまでゆっくり歩いてくる。

 そして、義明の目の前で一枚の紙を差し出した。

「わ、わたし、フレンダ様の大ファンなんです! 是非お孫様であるヨシアキ様のサインをください!」


 


 アリ―が講義に向かう途中、道行く先で「あの男はだれだ」と問いかけられた。いちいち止まって説明している時間はない。アリーの講義を楽しみにしている、研究生が待っている。それなのに、もう二十分も遅れてしまっている。普段ならこんなことありえないのだが、ヨシアキのことで少し我を忘れてしまっていたようだ。

 ヨシアキと出会ってから、妙にヨシアキのことが気になってしかたがない。

 異世界の人間だからとか、自分の親戚だからとか、おそらくそういうものではないのだろう。なぜ気になるのかは、今のアリーにはわからなかった。

 もやもやするなか、アリ―の歩くスピードがどんどん早くなっていく。魔法を使えば一瞬でつくのだが、施設内での魔法使用は固く禁じられている。

 確かにヨシアキのことは一人にしていくのは心配だった。アリ―とは仲良くなってきたとは言え、まだこの世界のことは知らないことだらけ。心細くなることだろう。

「でも、ベアルトがいるから大丈夫か……」

 ふと、あの場にいた魔女ベアルトが脳裏に浮かぶ。

 ベアルトは信頼できる魔女の一人で、3年前にアリ―の研究チームに見事合格した秀才。人柄もよく、心優しき魔女だ。

 そして、英雄フレンダの大ファンでもあり、フレンダが残した数々の功績に憧れを抱いている。

 だが、ベアルトはただそこら辺にいるミーハーなファンとは違う。

 フレンダが開発した魔法は内部まですべて理解し、今までフレンダの妹アマンダや天才のアリ―以外誰も使えなかったが、彼女は身内以外で使用できる唯一の魔女だ。

 だから、きっと孫であるヨシアキのことを悪くしようとは思わないはず。それよりも、サインとかもらってテンションがハイになっていることだろう。

 彼女がいれば、きっとヨシアキを的確にフォローしてくれる。アリ―の気持ちがだんだんと軽くなっていった。

「みんな、おまたせ! 遅れてごめんなさいね」

 ガラッと講義室の扉を開ける。

「ちょっと、どうしても手が外せないことがあって、それで……」

「ヨシアキのことについてか?」

「そう! そうなのよ! よく知って……え?」

 聞き覚えのある声に、だが、この場にいるのはおかしい人物の声が聞こえ戸惑う。

「遅れて現れるとはいいご身分だな、アリ―」

「お、お、おばあちゃん!」

 声の方に目をやると、そこにはこの国のトップが両肘をつき、顔をニヤつかせていた。



 


「まさかフレンダ様のお孫様にお会いできる日がくるなんて……それだけでもすっごく嬉しいのに、まさかフレンダ様がご存命だなんて……わたし……ここに入って本当に良かった……。

 お孫様がここにこれたってことは、いつかフレンダ様にお会いできる日がくるということですよね!」

「え、ええ。そうかもしれませんね」

 あれからベアルトは興奮が続いていた。今は、義明を研究所内の案内しているのだが、さっきからベアルとのスキップが止まらない。

「お孫様のヨシアキ様は、フレンダ様と目の辺りが似ていらっしゃいますね」

「え、うん。そうかな……というか、そのお孫様っていうのなんか嫌なんだけど……」

「なんと! ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません、ヨシアキ様!」

「……できたらその様っていうのもやめてほしいんだけど……」

「それはだめです。世界の大英雄フレンダ様のお孫様を様付けでお呼びしないで、どうするんですか! 天罰がくだってしまいます!」

 ああ、この子も好きなことになると熱中してめんどくさくなる子だ。

 これ以上何をいっても無駄だろう。

 義明はあきらめ、施設の周辺を眺める。すると、気になるものを見つける。

「あの……ベアルトさん」

「はい! なんでございましょうか!」

「あの光の柱みたいなのは何ですか?」

「ん? ああ、あれはですね」

 ベアルトは足をとめ、光の柱のところまで歩く。

「これは転移光陣です。

 その光に入って呪文を唱えるか、側にある石柱の魔術コードを起動させると、指定されている場所へ転移できます」

「転移? 移動できるってこと?」

「はい! 転移先に光陣があれば、どん遠いとこれでも一瞬で移動できます。

 これはフレンダ様が組み立てた光魔法の理論を元に、アリ―所長が完成させたものなんです」

「え、これ婆ちゃんが関わっているの?」

「人体を光の同化させるなんて、そんな発想だれも思いつきませんよ!

 ホント、フレンダ様ってすごいですよねぇ。発想力が違いますよ!」

 功績を残しているとは言っていたが、いざ自分の祖母が残したものをみると、本当に自分の祖母が魔女だったとうことを実感してくる。

「へぇ、これを婆ちゃんが」

 義明は光の中に身体を入れる。光がでている場所には電球のようなものはなく、代わりに魔法陣が書かれていた。

「えっと光の中に入って、石柱の文字を起動させる……って言っても読めな……あれ、これって……」

「ああ、だめですよ。光にはいっちゃ。といっても、ヨシアキ様は魔力がない上に、魔術コードも読めないですから起動することはないで……」

「あれ、なんかめっちゃ光ってるけど、これってな……」

「……え、うそ」

 義明はこの場から姿を消した。

 


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