第8話
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台所に立つなんだか懐かしいと感じてしまう。まだ一日も経っていないのに、ここでの出来事はとても濃い物だった。1週間がぎゅっと一日に詰め込まれているようだった。
グツグツと沸騰する音が心地いい。
道具はこの世界でも同じであった。ペーパーフィルターもあり、ドリッパーもサーバーもドリップポットも。
引かれた豆をフィルターにいれ、お湯をそっと乗せるように注ぎ、粉全体に均一にお湯を含ませて数十秒放置する。
するとアリーが不思議な顔をしながら義明に訪ねた。
「いくらなんでもお湯すくなくない? 一人分もないと思うんだけど……」
「ああ、これは蒸らしてるんだよ」
「蒸らす?」
「うん。蒸らすことで、ほらコーヒーが膨らんでプツプツの泡がでてるだろ? コーヒーにはガスが含まれていて、蒸らすことでガスが放出されるんだよ。ガスを出すことで、コーヒーとお湯がなじみやすくなって、お湯の道ができるんだ。
コーヒーのおいしい成分を十分に出すための大切な工程なんだよ」
知らなかったと驚くアリー。
淹れ方の説明をするのもすごく久しぶりだった。あれはどっちが美味しく淹れられるかという勝負をしたときであった。勝敗は義明の圧勝。何が違うのか悔しそうにたずねてくる妹に、蒸らすことで味がよくなるんだよと、自慢気に説明したときのことを思い出し、義明はおかしくなった。
ニヤついている義明を見て、アリーは不思議そうに眉を寄せる。それに気づいた義明は慌ててニヤついている口を閉じ、再度集中する。
そろそろ頃合いだ。義明はお湯をゆっくりと円を書くように注ぐ。
「魔法薬をかき混ぜてるみたいね」
この入れ方がおかしいのか、アリーはくすくすと笑う。どうやらパフォーマンスをしていると思われているようだ。
だが、義明は気にせず注ぎ続ける。ここが重要なポイントなのだ。手元を疎かにしてはならない。義明は視線をコーヒー一点だけじっと見つめている。
あまりにも真剣な表情であったのでアリーは笑ったことに対して嫌悪感をいだいたのだろう、口を閉じた。すると、コーヒーの香りが漂いはじめた。
アリーはいつもより香りが強いことに気がつく。アリ―はいっぱいに鼻から息を吸い、香りを身体のなかに入れ込んだ。
「この香りだ……」
以前飲んだ、プロに入れてもらったというコーヒーを飲んだときに感じた香りだった。
「よし……できた。
さ、飲んでみてよ」
「……うん!」
アリーは台所に入り、すぐさまコーヒーを口につける。
するとアリーの目は大きく見開いた状態となった。その反応を見た義明に、笑みが溢れる。
「へへ、どう?」
義明は腕を組み、自慢げに尋ねた。
「……すごい……こんなに違うの?
義明、あなたすごいわ! 前に飲んだときよりも美味しいわ!」
それからうっとりしながら、ゆっくり味わいながら義明が淹れたコーヒーを飲んだ。飲み終わったときに「もう普通のは飲めない……どうしよ」と口をこぼした。
「よかったらまた淹れるよ。
こんなことぐらいしかできなから……せめてね」
「え、いいの!
それはすごく嬉しい! コーヒーってこんなに美味しいものなのね……」
「豆がいいからだよ。こんなに美味しいの、俺の世界にはないと思う」
「いや、これはあなたが上手いからよ。淹れる人間が上手くないとこんなに美味しくできないわ」
「……」
「ん? どうしたの?」
「いや、ばあちゃんにも同じこと言われたなぁって……つい最近」
「あら、フレンダ様も? ふふ、そうなのね」
アリ―は嬉しそうに口元を緩ませる。アリ―にとって、祖母は英雄。その英雄と同じ考えであることに嬉しくなってしまった。
「ねぇ、ヨシアキ。フレンダ様って普段どんなことしてらっしゃるの?」
「え、どんなこと? どんなこと……」
コーヒーを飲んで、バイクかっ飛ばして、酒飲んで……という状況がカメラのシャッターを切るようにパシャパシャと、義明の脳内に映し出された。
「お祖母様に聞いても、コーヒーを飲んで、箒かっ飛ばして、酒のんで、魔法ぶっ放して……ということしか話てくれないの。
……そんなことないと思うんだけど……ほら、きっと思い出すから話したくなかったんだと思うの。
当時は、フレンダ様は亡くなっていることになっていたから……。
でも私知りたいの! 数々の伝説を作り出した偉大な魔女の一人であるフレンダ様の普段の姿を……きっと日夜研究とかされていたのでしょうね」
「……コーヒー飲んで、バイクっていう乗り物かっ飛ばして、酒のんでたかな。
あ、魔法は一回も使ってないよ。もしかすると見えないところで使っていたかもしれないけど……」
「……もう! なんでヨシアキもそんなこというの! バイクって乗り物はよくわからないけど、さっき私が言ったこととほとんど一緒じゃない!
意地悪しないで教えてよぉ」
ムーっと目を細めて義明を睨みつける。睨みつけるといっても、恐怖を感じるとかそういったものがない。むしろ可愛らしい。
かわいいともっといじめたくなる。よく祖母そんなことを言って、義明や妹をよくからかったりしていた。今ならその気持がよくわかるかもしれない。
だが、今回は意地悪しているわけではなく、本当にそうなのだから、仕方がない。
「いや、だって……ほんとにそうだったんだよ」
「んー、まあいいわ。
いま研究している魔法が完成すれば、あなたの世界に言って直接フレンダ様にお会いして確かめるから」
アリーがふてくされながら、コーヒーをすする。
本気で怒っているわけではないことはわかるが、悪いことしたという罪悪感が出てしまう。
「あ、そうそう。 気になっていたんだけど……いま研究している魔法ってどんなものなの?」
するとアリーのムスッとしていた目が和らいでいく。
「気になる?」
アリーが「ふふーん」とイタズラっぽく笑う。
先程までの不機嫌そうな表情と打って変わって、なんだか嬉しそうだった。
「そりゃ……俺がこの世界に来た原因でもあるからね……」
「教えて上げてもいいけど……ヨシアキ、さっき意地悪したからなぁ」
アリーは自分の髪の先端をいじりながら言った。
「だから、さっきは嘘でも意地悪じゃなく、本当にそんな感じなんだって! 大体嘘ついてどうするんだよ!」
「んー……まぁそうなんだけど……。
でも信じられないのよねぇ。フレンダ様の偉大な功績を見ると、とてもそんな方には見えないのよ。だって精霊王を使役したのよ? 清らかで心優しい方でないとそんなの無理だわ。私以外の人もきっと同じことを言うはずよ」
「……そう言われてもなぁ」
「まぁ、でも今回の研究にはヨシアキの協力は必要不可欠。
どうせなら研究所で話して上げる。詳しい資料とかは全部研究所においてあるの」
「へぇ、研究所ってここから近いの?」
「歩いて30分程度かしら?
あ、今日はもういかないわよ? 流石に今日はいろんなことがありすぎて私も疲れたわ。
明日案内してあげる」
コーヒーを飲み終わった後、アリーは義明を客室に案内した。部屋の前につくと部屋に入る前に、「どんな部屋がいい?」と義明に訪ねた。義明はなぜいまさらそんなことを聞くのだろうかと思ったが、義明は「その部屋で快適に生活できるくらい?」と冗談で答えた。
ソレを聞いたアリーは、「なるほど、なるほど」とノックを10回、コンコンコンコンココンコンとリズムカルに叩いた。
義明はアリーが何をしているのか、(アリーもふざけているのか)、わからなかったが、とりあえずもしこの部屋に誰かいたら、「そんなに叩くなよ!」と怒りながらでてくることだろう。
リズミカルなノックが終わると、アリーは「こんなもんかな……」と言ったとき、ガチャとドアを開けた。
中に入り、「どう? こんな感じ?」とアリーは言った。
案内された部屋に入り、義明は驚いた。白い壁、高い天井、天井にぶら下がっているシャンデリア。ダブルベッド並の大きさのベッド。見るからにふかふかなクッションにソファー。
客室というより、それはもうホテルの一室だった。それもただのホテルの一部屋じゃない、いわゆるスイート・ルームだ。いや、スイート・ルームで止まったことなんて無いから、どんなものなのかわからない。
スイート・ルームはとにかく豪華……という漠然としたことしかわからなかった。だが、この部屋は義明にとって、間違いなくスイート・ルームだった。
義明の目にはこの部屋が金色に輝いて眩しく写り、しばらく口が開いたままだった。
「あら? 違ったかしら……あ! わかった!」
するとアリーは義明を連れて再び、部屋の外へでる。そして先程と同じようにノックを10回、リズミカルに行った。
そして部屋にはいると今度は、部屋全体の装飾が金色に輝く、それはまるで王室のような部屋へと変わっていた。
「どう? 今度はさっきより豪華なんじゃないかしら。隣国の王様の部屋を真似てみたんだけど、どう?」
「えっと……なにが起こったの?」
「え? ああ、そっか。
3年前に私が開発した部屋を自由に帰ることができる魔法よ。自分が一度訪れた部屋なら自由に変えることができるの。
といっても、なかなか高度な上に、魔力を相当食うから、私かお祖母様くらいしか使える魔女はいないのよね。
それで、どう?」
「……さっきの部屋でお願いします」
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