第7話

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 アリーの家を目指し、活気のある街から離れ、どんどん人気ない狭い通りを、身体を横に向けたり、屈んだり、またいだりと、障害物を避けながら進んでいく。

 「ちゃんと私の通ったあとについてきて」とアリーの家に向かう前に言われた義明は、言うとおりにアリ―のあとを付いてった。言われたときは、何故わざわざそんなことを言うのだろうと、不思議であった。

 その意味が分かったのは、細い道に細長い板が通路を遮っているところに差し掛かったときだった。遮ってると言っても跨げば通れるほどであった。アリ―はそれを跨がず、屈んで細長い板の下を潜って通った。

 義明はそれに対してなにも考えずに、細い板をまたごうとした時だった。

「ちょっと! だめよまたいじゃ!」と義明を静止させる。

「ちゃんと私の通ったあとについてきてって言ったでしょ?」

「通ってるけど……」

「私はまたいで通ってないわ。潜って通ったからヨシアキもちゃんと潜って通って」

「え! なんで!」

「いいから、言われたとおりにして」

 ちゃんと通ったあとについてきてっというのはそういうことか。

 なぜそんなことをするのか、ヨシアキはわけがわからなかったが、とりあえずアリーの言うとおり潜って通った。

 その後も数回、アリ―に同じような注意を受けることとなる。

 注意を受けるたびに、何故と問うが、アリーは「言われたとおりにして」と返すばかりであった。

 細くて狭い道をどれくらい歩いただろうか。義明の服にはホコリや蜘蛛の巣がどんどんくっついて汚れていく。

「……アリ―……あとどれくらい?」

「あとすこしよ」

 これが何度目だろうか。最初にこのやり取りをしてから三十分以上は経っていた。

 義明の額には汗が垂れ、その汗で前髪がおでこにくっつく。普段なら疎ましく髪をかきあげるのだが、今はそんなこと気にできないほど、義明の身体は疲れていた。

 アリーは疲れていないのだろうか。後ろからだと顔色を伺えないが、おそらく疲れていないのだろう。とてもスムーズに進んでいる。

 両膝と両手をついてでないと通れないような、トンネルをぬけると、ようや広いところにでた。

「お疲れ様。ついたわよ」

 やっとついた……。義明はフゥーっと息を吐く。

 頬に垂れている汗をTシャツの襟元で引っ張って拭い、息を整える。

「義明すごい汗ね。疲れちゃった?」

「うん……つかれた」

 運動(といっても歩いただけだが)して疲れるなんて久々であった。

 腰に手をあて、少し荒れている呼吸を落ち着かせながら、あたりを見渡した。

「……ん?」

 あたりを見渡しても家はなかった。いや、正確にはあるにはあるのだが、その家は人が棲むにはとても困難なボロ家があるだけだった。

 ボロ家というより、廃墟だ。絶対に出るやつだ。

 さきほどとは違う汗が義明の背中から流れる。

「さ、入りましょ」

 そういってアリーは廃墟の方を歩く。

「え、ちょっと! え! ホントにアレがアリ―の家なの!」

「え? そうよ?」

「んー、マジか……」

「どしたの、ヨシアキ。顔色悪いわよ? 疲れちゃった?

 早く入って休みましょ」

「え、ちょ! まっ!」

 アリーは義明の手を掴み強引に廃墟の敷地内に入っていく。

「ごめん! おれ、ホントこういうの無理なんだよ! 見るのも嫌なんだよ! ほんとやめて! まじで、ってアリ―力強い!」

 ずるずる引きずられる義明。

 敷地内に入った瞬間、

「……」

「……ヨシアキ、なんで目をつむってるのよ?」 

「へ?」

 義明の目に入ったのは、さきほどの廃墟はなかった。あるのはきれいな家であった。

「あれ? あの廃墟はどこに……」

「ああ、あれは結界よ」

「え、結界? ちょ、アリ―まってよ」

「ようこそ我が家へ」



 カランコロンと音を鳴らしながらドアを開ける。義明は「おじゃましますー」と緊張しながら中に入り、部屋のなかをキョロキョロと見渡す。木の床、木の壁、木のテーブル、木の椅子……そして観葉植物が家のあちこちおいてあり、いいアクセントになっていた。

「適当に座って。

 いまお茶だすから。

 あ、紅茶? ジュース? 一応、コーヒー……もあるけど、どれがいい?」

「えっと、コーヒーで」

「あ、うん……コーヒーね、うん」

 アリーはグッと親指を立てて了解の合図をだす。なんだか歯切れが悪かったが、義明はとくにきにすることなく。テーブルの席につき、改めて部屋の見渡した。

 魔女の家だからもっと薬品やら実験道具やら骸骨やら魔導書らしき本が沢山あると思っていたが、そう言ったものはこの家から見られらない。テープルの真ん中においてあるハーブのような植物を指で突っつく。もしかすると動く植物とかではないかと、期待とちょっとした恐怖をいだきながら突っついたが、特に反応することない、義明の世界にも存在するただの植物であった。

「んー、どしたの? やっぱり義明の世界と違う?」

 台所でお湯を沸かしているアリーがキョロキョロしている義明を見かねて声をかける。

「いや、そんなことなくて……もっといろいろ魔導書とか変なものとか、あるのかと思ってたから……」

「あー、そういうのは全部二階の書斎においてあるのよ。

 これでも私、魔女のなかではきれい好きなのよ」

「へぇー」

 魔女はどうやら義明の予想通り、部屋をものでいっぱいにする人種らしい。そういえば、祖母フレンダも自室はいろんなものがたくさんあり、まるで倉庫のようであったことを思い出す。どうやら祖母は散らかす魔女だったのだろう。

 ピューッと水蒸気が吹き出す音が聞こえる。この世界でもヤカンでお湯を沸かすのか。豆はどんな物をつかってるんだろ。自分の世界と一緒なのか。どんな道具でコーヒーを入れるのだろうか。火はガス? もしかしたら魔法で火を炊いているのかもしれない。

 次第にコーヒーの香りが義明の鼻を刺激する。

「んー、こんなもんかな?」

 アリーが独り言を言ったのが聞こえる。

「おまたせ。

 砂糖、ミルクはお好みで」

「ありがとう」

 香りが強い。もしかするとブルーマウンテンに近いかもしれない。香りが鼻から脳の奥まで浸透していき、疲れが一気にとれるようだった。

「……」

 そんな義明を見ているアリーは内心ドキドキしていた。今まで自分が淹れたコーヒーを飲む前に香りを堪能する人はいなかった。まずかったらどうしようと……。

 義明は十分に香りを堪能し、一口飲む。

「ど、どう? お口にあったかしら」

 緊張した表情でアリーは尋ねる。

 義明は2〜3回舌でゆっくりかき回すように味わった。ソレはまるでソムリエのような口の動かしかただった。

 初めて飲むコーヒーは一口目はゆっくり味合うのが義明の癖になっている。

 それからゆっくりと喉の奥へと流し込む。

「うん……おいしい」

 その言葉を聞いたアリーはほっと胸をなでおろした。

「もう、ヨシアキ、ちょっと緊張しちゃったわ。

 まずいって言われたらどうしようかと思っちゃった」

 アリーの顔には安心したように笑みを浮かべた。

「ごめん、ごめん。

 やっぱ別世界だから、違うのかなぁって……興味でちゃってつい味わっちゃった」

 この世界でもコーヒーはコーヒーであり、義明が大好きなコーヒーであった。

 先程喉を通したコーヒーがどんどん下へ流れていくのがわかる。そして流れるたびに、義明の心は落ち着いていき、何か見えない肩の重りが取れたようだった。それにしてもこのコーヒーは美味しい。

「これね、研究所の職員からお土産にもらったの。結構有名なところのやつらしいわ」

 アリーも自分に淹れたコーヒーを一口飲む。

「んー……まぁ今日はマシかな……」

 アリーは何やら渋い顔をし、どこか物足りなさを感じているようだった。

「え、美味しいよ?」

「うん、美味しいんだけど、ホントはもっと美味しいの。

 プロの人が淹れたものをお土産をもらうときに飲ませもらったんだけど……。

 これとは比較にならないくらい美味しかったわ」

「そんなに美味しかったの?」

「ええ、そりゃもう。

 きっと私の淹れ方よくないのね……。

 コーヒーって淹れる人間によってここまで味が違うなんて思わなかったわ」

 ふと、祖母フレンダも同じようなことを言っていたことを思い出した。義明はそのセリフを祖母から聞いてもいまいちパッとしなかったが、他人からそのようなことを言われると

「ちょっと、俺が淹れてもいい?」


  


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