Wraith:16

楓にお守りを渡されて、冥界ネル送りの魔術をかけられた文成と陽奈の二人は、ネルの入り口にあたる、河原にいた。白い石と赤い砂。嗅覚センサーを乱す異臭。文成はそのなんとも言えない異臭に我慢できず嗅覚フィードバックをオフにした。

「ここが、ネル?」

「そうみたいだね。匂いと大量の電脳に響くノイズを除けば日本とそう変わらないところに見えるけれど、どこだろうか?」

『白雪さん、夏山さん。お二人は今河原にいるはずですけれど、そこから川と川渡しは見えますか?』

楓からの「魂の共振」。文成が「剣の護符」に話しかけて答える。左に川があって、10時の方向に小さく舟が見える。

「見えます」

『まずはそこを目指してください。川渡しに剣の護符を見せれば川の向こう岸まで乗せてくれます』

「了解。……ハル?足はどうした?」

文成がふと陽奈の足元を見ると、普段は義体になっている膝から先が消しゴムで消されたように消えている。

「え?あれ?ない?私、浮いてる?」

不思議そうな陽奈の声は、数秒後にとても楽しそうなものに変わった。

「あははっ、空が飛べるよブンセー!向こう岸には綺麗な花と木がいっぱい見えるよー!」

『夏山さん。飛べるからって飛んでしまっては駄目です。護符があっても戻れなくなります。また、遠くを見ることも駄目です。白雪さんの方だけ見てゆっくり降りてきてください』

楓の声が固い。焦りも見える。

「まだ飛んでいたいのに―?」

陽奈が熱っぽい口調で文句を言う。まるで病気で高熱になっている人間のようだ。

『駄目です。早く降りてきてください』

「ハル。ツバキを救うことが目的だ。ここで空を飛ぶことじゃない」

「分かったぁ。ざんねぇん」

心の底から陽奈は残念そうだ。しかし、それも陽奈の剣の護符が鈍く光った瞬間にとまった。

「――っ!頭痛い。なにこれ?」

『陽奈さんはお若いですからネルの気に当てられているのです。護符はネルの気に当てられた人間を治す効果があります。暫くしたらよくなりますから我慢してください』

文成が一時半の方向の少し遠くに目をやって、石を積む少年少女を見つけた。数人ごとに角の生えた不気味な人影が見張りをしているように見える。人影は真っ黒に墨をかけたようで、時折輪郭が歪んで見える。輪郭が歪んで見えるのは虚ろな表情の少年少女も同じだ。いや、輪郭が歪んでいるというよりは、と言った方が適切である。

「河原に石を積む少年少女が見えるんだが、つまりここは……」

「ええ、そこが三途の川の、賽の河原です。彼らとは決して目を合わせてはいけません。それと、そこから先匂いが楽になることはありませんので電脳のセンサーをオフにした方がいいかもしれません。それは、思考能力を阻害する毒ガスのようなものです」

それを聞いて、陽奈も嗅覚センサーをオフにした。かなり頭痛が苦しい様子である。

「なかなかに興味深い場所だ……」

文成の独り言に、楓が応える。

「それが、霊媒師の普段感じている世界です。科学の外にありながら、科学と共にあり続けるもう一つの世界です」

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