白雪文成最初の事件:3

「全部見られた……。お嫁にいけない……」

男に自分の裸体を見せることは、この夏山陽奈なつやまはるな一生の不覚。

「いくら膝から下は義体化しているとはいえ、れっきとした『人間』なんだから、泥棒なんてしなくても良かったんじゃないか。“ナチュラル”でなくとも、今の日本なら生活と食事には困らないだろう。それに僕が……」

「セクハラ親父!訴えてやる!」

転んだからと言ってただで起き上がっていい理由にはならない。精いっぱい嫌がらせをしてやる。

「ならば僕は、これ以上君の罪を軽くするために努力するのをやめて君を警察に突き出すことにする。君はエサにかかった連続空き巣犯というだけじゃなくてNEの誘拐犯の疑いもあるからね。まさか電脳経由でコニー=Bの剣術を盗んでしまった人間がいるとは思いもしなかったよ」

たまたま電脳空間で見つけた剣の達人の腕を丸ごとダウンロードしたのだ。それが誰かなんて興味はないし、それが違法なことだとも思っていない。でも、このイカレポンチはそんな風に言う。しかもどうやらそれは本当のことで、私は残雪派にとって希代の窃盗犯ということになっているらしい。

「ぐぬぬ……」

偉そうに上から言ってくれるじゃないの。そっちの言い分はそうだろうけど、私は革命家なの!今はまだ、バレるわけにはいかないけど。

あれ?よく見ると髭面だけどとても綺麗な顔をしている。あれ?どこかで見たことがある?誰かに似てるのかな……。

「ところで、オジサン何歳?」

嫌がらせは止めないぞ。やることやられたんだからやり返せ、陽奈。

「……52」

なんで言いよどんだんだろう。まぁそんなことはどうだっていい。嫌がらせチャンス見っけ。

「クソジジイ」

「ナルシストオヤジ」

「君はいくつなんだね」

「16」

「ははぁ小娘。君が生身でなければ腕と足を一本ずつ貰っているところなのだがね、幸運に感じたまえ」

よし、ムカつかせてやったので本来の目的は達成したと言える。

「さて、詳しいことを聞かなければならないのだが、僕だけではなんとも話が進まなそうだからね。一人女性を呼ぶので待ちたまえ。その方が君も幾分か話しやすいだろう」

「誰?」

「君も名前くらいは聞いたことがあるだろう。ソフィー・システム製造者にして管理者のソフィアだよ」

「え!?ソフィアさん日本に来てるの!?」

そんなこと知らなかった。残雪派の会話ログにもそんなこと書いてなかったし。

「いいことを教えてあげよう。ソフィアの義体はね、複数個あってそれの並列化によってソフィー・システムを管理しているのだよ」

「へー」

「当たり前だろう。全世界の電脳の監視とバックアップをしているのだよ。たった一人分の電脳程度で賄えるもののはずがあるまい」

「あ、わかった。」

このおじさん。

「ん?何が分かったのかね」

「おじさん、雪河智絵に似てるって言われたことない?」

「ははは、そりゃあ僕は残雪派の中でも一番雪河智絵の物まねが上手いからね」

その笑いの意味を、私は死ぬまで知らないままだった。

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