第7話
翌朝になって顔を合わせても、ジャンは普段通り一真に接した。
まるで昨晩の会話など無かったかの様だった。
対して一真は、ジャンとの間に感じた相違を上手く消化しきれず、応答の一つ一つにぎこちなさが残った。
いつもの様に一日の予定を説明された時も、一緒の荷台に乗り込む時も、何となくよそよそしさを感じて、距離を置いてしまう。
そんな一真をジャンの方は気にしていない様子で、それは却って昨晩ジャンが語った意見が彼の中で揺るぎないものであると物語っている様に思われた。
午前中は市街の巡回だった。
未舗装の道を走りながら、流れていく景色を見て一真は物憂く思う。
この光景もジャンにとっては無意味で無価値なのだろうか。
カメラを構える気にもなれない内に昼になり、トラックは休憩の為に止まった。
ジャンと運転手の兵士が火を起こし、湯を沸かして昼食の準備をしている間、一真は気まずくて、そっとその場を離れた。
市街地に入る。
道路の両脇は瓦礫やその破片で足の踏み場も無い様な状態だが、中央部分は掃いた様に綺麗だ。
頑丈さを求めて購入した膝近くまである長いミリタリーブーツで、砂と埃だらけの道を踏み分けていく。
かつては街としての機能を果たしていた一帯も、空爆の被害に遭った今となってはただの廃墟群に過ぎない。
市街地戦をするならもってこいの場所だろうなと思う。
風が吹き抜けて行き、砂埃を巻き上げながら一真の髪を揺らし肌を叩いた。
この地域に来始めた頃は慣れなかったこの感触も、今ではもう気に留める事も無くなった。
市街地に殆ど人の姿は無かった。
太陽の光の下を歩いているのは一真ただ一人で、大抵は崩れかけた建物の影の部分に、へばり付く様に固まっている。
彼らは皆、白いヘルメットを被っていた。
白いヘルメットを被って慈善救助活動を開始したボランティア団体が居る、と最近、一真は耳にした事がある。
次回は彼らに焦点を当てて取材をしてみるのも面白いかもしれない。
一真はカメラに手をやりながら近寄ってみる。
今、ここで言葉を交わして顔と名前を覚えてもらい、つてを作っておこうと考えた。大きな廃墟の脇を通り過ぎようとする。
しかし、そこを抜ける寸前、横合いから一真の前に、ぬっと手が差し出された。
まるで子供が『通せんぼ』でもする様に。
一真は思わぬ事に驚いて、手に触れるすんでの所で足を止めた。
何だ、と腕が続く、廃墟の中に目を向ける。
廃墟の中には男が居た。
生まれ付きの色素に加え、日焼けと、垢で黒光りする肌を持った男だ。
顔の下半分は伸びた髭で覆われている。
眼球の、白目の部分だけが、廃墟の暗がりの中で浮き出ている様に見える。
一真が戸惑っていると、肌の黒い男が、髭の下から口を開いた。
「ジャパニーズ?」
日本人か、と問われた。
言葉の意味は分かったがその意図が分からず、一真は警戒しながら男から後退る。
肌の黒い男はその距離を縮めてくる。
逃げろ、と頭の中で自身の声が聞こえる。
しかし実行する寸前、一真は後頭部を強い力で殴打された。
皮膚と頭骨越しに脳が揺らされ、視界がぶれて平衡感覚が無くなる。
たたらを踏んでどうにか留まり、後ろを振り返ると、そこには銃を背負った男が居た。
ジャン達の所で見た銃とは形状が違う。
IMIガリルの機関部の元になったAK―47アサルトライフル、のコピー品だ。
中国や東南アジアで広く出回っていると聞いた事があるが、こんな所でも使用されているとは思わなかった。
そこまで考え終える前に、今度は同じ力で額を殴打された。
連続で頭部への衝撃を加えられて一真はその場に蹲る。
突然の事に混乱する一真の胸元に、肌の黒い男の手が伸びてくる。
それがカメラを狙っていると気付き、一真は必死に反抗した。
殴打された箇所が痛み、目の前が白くなっていく。
危ない、と本能的に悟った直後に、一真の意識は眠る様に落ちた。
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