第4話
反政府組織鎮圧部隊の兵士の装備は、正規軍のものとは思えない軽装だ。
頭部にはヘルメットも無ければ、胴体に身に付けているものやや厚めの防弾チョッキくらいだ。
他には何も無い。
予算が無いのか、相手を大した脅威ではないと判断しているのか。それとも人間の命が安いのか。どんな理由かは知らないが、それが仇となった。
頭部に命中した弾は、血と脳漿を纏って脳を引きずり出しながら後方に抜けて行った。
噴水を横向きにしたらこんな感じだろうか。
致命傷である事は明白だった。
生臭さが一気に立ち上った。
鼻を突く、血の臭いと生臭さに、一真はカメラを離して口元を覆った。
首から下げたカメラが胸を叩くが、気にもならなかった。
あ、と口から意味の無い声が漏れる。
一真は壁に背中を預けて身を縮めた。
硝煙の漂う焦げ臭い息を飲み込む。
手の中で唇を強く噛む。
そうしないと、胃袋の中の物が逆流してきそうだった。
スイカを落とした様な音を立てて、狙撃手の遺体が倒れる。
しかしジャン達は見向きもしなかった。
断続的な掃射を続ける。
一人の弾が尽きれば、リロードしている間に他の人間がカバーに入る。
訓練で生まれたと言うより、実戦の中で必要に応じて完成されていった隙の無さだった。
やがて、相手側からの反撃が無くなった。
ジャン達も応戦の手を止め、物陰に隠れて双眼鏡を覗く。
「やったか?」
「少し逃がしたかもな」
「二手に別れよう。半分は向こうを見に行く。もう半分は、ここを片付ける」
ここを、と言った男は、倒れた狙撃手の死体を指していた。
眉より上が吹き飛んだ遺体は、血溜りに脳を零している。
「行くぞ、カズマサ」
気付けばジャンが傍に立っていた。
一真は震える手をついて立ち上がろうとするが、腰に力が入らない。
仕方が無い奴、とでも言いたそうな顔でジャンが手を差し出して来たので、一真はそれを借りて立ち上がった。
「俺は向こうを見に行く。お前も来るか」
「向こう、って……」
「敵が居た場所だ」
ジャンは顎で、つい今まで銃弾を叩き込んでいた場所を示した。
どうして、とは、聞けなかった。
生き残りが居ないかどうかを確認しに行くのだろう。
恐らく生き残りは捕虜にするのだ。
反政府組織についての情報を吐かせ、本拠地を壊滅させるために。
ジャンの後ろでは、撤収の準備が始まっていた。
跳ね飛んだ空薬莢を回収している。
動き回る足の間から、狙撃手の顔が見えた。
目を見開いたまま空を眺めていた。
「ああ……」
一真はその目を振り切り、ジャンの後に続いた。
反政府組織の人間が居たらしい場所には、穴だらけになった死体しか残っていなかった。
死体の装備から、反政府組織の情報が読み取れそうなものを探していく。
一真はその様子を写真に撮った。
シャッターを押しながら、説明も無しにこの図を見るとまるで追い剥ぎだと思った。
これではどちらが正義なのか分からない。
いや。
一真は首を振った。
この死体、つまり反政府組織の人間にとっては、彼らこそがまさしく『正義』だった。
現在の政府の方針を良しとしない人間が集まって、政権を倒そうと立ち上がった。
それは、この国の現状を憂いての行動だった。
その結果としてこの国は混乱を極めているが、その混乱の果てに政権を倒せば、人々の生活はより良くなる。彼らはそう信じている。
反政府組織の人間にしてみれば『正義』は彼らにあり、政府は『悪』である。
しかし、国内に混乱をもたらす反政府組織は政府にとっての明確な『悪』だ。
だから政府は反政府組織鎮圧部隊を創設し、『悪』の掃討に乗り出した。
『悪』を打ち倒す自分達こそ『正義』であると疑わずに。
どちらが正しく、どちらに義があるかを、一真は判じる事が出来なかった。
全てを終えて反政府組織鎮圧部隊のキャンプに戻った頃には、夜になっていた。
反政府組織の死体から回収したものを提出したり、装備を整えたり、夕食を取ったりと、兵士は各々、思う様に過ごしている。
今更写真に収めるまでも無い見慣れた光景を眺めていると、ジャンがやってきた。
一真の隣に腰を下ろす。
一真は声をかけた。
「お疲れさん」
「これから埋葬するそうだ」
ジャンは一真の言葉にそう答え、指を上げた。
指先に目を向けると、昼間の銃撃戦で犠牲になった狙撃手の遺体が運ばれていく所だった。
「……ジャンは、行かなくていいの?」
「別れはもう済ませた。見送りは一度で充分だ」
「そっか」
「お前こそ、撮りに行かなくていいのか?」
「うん……」
一真はカメラを手に持って、構えた。
遺体が運ばれていく方へレンズを向ける。
しかし、すぐに思い直してカメラを下ろした。
「いい」
火の粉の爆ぜる音がする。
座る一真とジャンの前には焚き火があった。
二人の前だけでなく、キャンプのあちこちで火は焚かれている。
送り火みたいだな、と一真はぼんやり思う。
失われた命は、魂は、数多ある。
その魂をあの世へ送るには、とても一つでは足りないから……そんな想像が頭を過る。
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