第49話 彼女の願い
ごとん、ごとんと揺れるたびに、痛みが増して。そうしてついに目が覚める。
起き上がろうとして右手を床につこうとして、体がそのまま床に倒れた。
「っぅぁああ!?」
痛みが燃え上がるように強くなり、耐えきれず叫ぶ。痛む右腕を左手で抑えると、そこにあるはずのものが。右腕が、二の腕から下がない。赤く血のにじんだ包帯が、ソコを覆っている。ソコが痛む。
「おう、起きたか。鎮痛剤をやる、暴れるなよ」
「ぐぅ、ぅぅぅ……」
トーマスが来て心配そうに見降ろされるが、痛くて痛くて、まともに返事ができない。やがて針か何かが刺されて、だんだんと感覚が鈍くなって……やがて我慢できるくらいにはなった。今度は左に体重をかけて起き上がり、なんとかトーマスの顔を見る。片目だけの視界で、ぼんやりとしているが。なんとなく笑っているようにも見えた。
「今の状況がわかるか」
「……いいや。さっぱり」
「どこまで覚えてる」
「……あぁ、ちょっと待てよ。ここは装甲車の中、だよな」
「そうだ」
「撤退に、成功した?」
「そうだ! 俺たちはやったんだ。家に帰れるんだ」
ほう、とため息をつく。また死に損ねたか。いいや、生きているだけラッキーなのはわかっている。だがやっぱり無傷では終われなかった。この体で帰ったらどうなることやら。日々の暮らしにも困るだろう。
そうだ。死に損ねたといえば。
「アンジーは」
「置き去りだ。本人がそうしろと言ったからな」
つまり、死んだということだ。あの数の敵から逃げられるはずがない。だるい体をおして、十字を切る。
「感謝しろよ。あいつが核の爆発で混乱した相手をさらにひっかきまわしてくれたから生きていられるんだ。まあ、その体じゃ生き残ったところで先はないだろうが」
「あの糞にツケを払わせれるんだ。先がなくたっていい」
「あいつなら他の装甲車に乗ってたみたいだが」
「エーヴィヒ……猟犬と同じだ。殺しても生き返る」
「そういやそうだな。なるほど、もう一回殺せるわけか」
「一回じゃ終わらん……スペアの体があるからな。あぁ……あまり喋らせないでくれ」
血が足りないのと、薬が回ってるのとで頭が動かない。たったこれだけ言葉を絞り出すだけでも、ひどく疲れた。
「おっとすまんな。だがもう少し付き合ってくれ、猟犬の嬢ちゃんが何か言いたそうにしてる」
「……しゃべっても?」
頷く。
「まずは、皆様にお礼を。あなた方三人のおかげで、私の願いもようやく叶いそうです。そして、謝罪も。私の願いのせいで、迷惑というにはあまりに大きな被害を出させてしまいました。申し訳ありません」
「願い?」
トーマスは首をかしげるが、彼女に『願い』があるというのは前々から聞いていた。その願いが何なのかは、未だ明らかにされていないが。
「遅くなりましたが、ようやく語るべき時が来ました。私の願いは、死を迎えることです」
明かされた願いは、俺たちにとってはあまりにも簡単なものだった。彼女にとってはそうではない。
俺たちは頭を銃で撃てば死ねる。だが彼女は一度死に、また生き返るだけだ。彼女は戦前から生きている。百年ずっと、死んでは蘇りを繰り返している。
それがどれほど苦痛か、ぼやけた頭では想像すらつかない。
「死にたいならここで殺してやるが。そういうことじゃないんだな」
「はい。ご存知の通り、私たちは殺されても強制的に生き返ります。これについて、少し詳しくお話しましょう。私たちは、もともと戦前のある実験の被検体でした。エーヴィヒという名前もそこから来ています」
「Evig、永遠。不老不死か」
「それで合っています。私たちは死ぬたびに記憶をサーバーに転送し、その記憶をクローンにコピーして、また新たな私として起動します。ここまで言えば、わかりますね」
「サーバーを壊せってことだな」
「はい。自分では壊せないよう、セーフティがかかっていますので」
「そうして俺たちに何の利がある。それでどうしてお前が謝る」
トーマスは話が長くて苛ついているようだ。さっきから声が大きくなっている。俺には、ぼんやりとしか話がわからない。貧血と薬のせいだろうな。
「私の記憶と、ご主人様の記憶は同一のサーバーに保管されています。私の死はご主人様の死にもつながります……皆様に謝った理由もこれからお話します。長くなって申し訳ありませんが、おつきあいください。結論から言えば、すべて私の仕組んだことです。ご主人様の裏切りは、計算外でしたが。それも皆様に復讐という動機を与えられるので結果としては良しです」
平坦な声が、だんだんと楽しそうな感情の乗った声に変わる。年相応の少女らしい軽やかな声。初めて聞くが、これが彼女の素なのだろう。
「すべて、と言ったな。それはどこからどこまでだ」
「スカベンジャーとご主人様の対立構造を煽り、外部と取引するように仕向けたのは私。
ミュータントが他コロニーと取引をするように、ご主人様に彼らを虐げるようそそのかしたのも私。
死都の探索中、わざと機体に自分のコロニーの位置情報を登録しておいて敵を呼び込んだのも私。
そうしてスカベンジャーの戦力を削いで、ご主人様が戦力を吐き出さなければならない状況を作ったのも私。
最後にこうして生き残ったスカベンジャーの中でも特に優秀な方にすべてを明かして、復讐という動機を与え私を殺すよう仕向ける。これがすべてです」
「それは、本当か?」
トーマスが腰の拳銃を手が白くなるほど力強く握った。彼の怒りを表すように。
俺は正直、スケールがでかすぎて嘘のように思える。
「時間はいくらでもありましたから。五十年くらい前から進めていました。すべてがこうも上手くいくとは思いませんでしたが……ああ。百年前から願い続けたことがもうすぐ叶うなんて、すごく嬉しいです。うれしすぎて死んじゃいそうです」
狂気は見慣れたつもりだったが、俺が見ていたものは狂気と呼ぶにはあまりにも浅いものだった。五十年という膨大な時間と、悍ましい量の死体を重ね上げて、ようやく願いが叶うと笑う彼女。その瞳に暗い深海を見た。ああ、海とは血よりも赤いものだったのか。
「殺してやる、殺してやるよ! ああ望み通りにしてやるとも!!」
「ここに居る私を殺しても、何も変わりませんよ。サーバーを壊さない限り私は死にません。さあ、復讐を!」
「二人とも」
怪我人を傍に置いておきながらどんどん加熱していく空気に水をかける。話が長いのはまだ我慢できる、少し声が大きいのも、まだ我慢できる。だが、こんな狭い車内で叫ばれちゃたまらない。鎮痛剤の効果もどっかへ消えてしまう。
「うるさい。怪我人を労われ」
「……すまん。つい熱くなった」
「……失礼しました。協力者への態度ではありませんね」
「そうだ。それでいい。俺はもう一度寝るから……絶対に騒ぐなよ。起こしたら殴るからな」
エーヴィヒの言うことは正直半分も理解できていないが、彼女の望み通りに動いてやる。それは事前に決めていたことだ。やってやるさ、エーヴィヒの望む通りに。
そうしてもう一度寝ることにした。柔らか、というほどではないが、床で寝るよりはマシな腰掛の上で横になる。
一方コロニーでは。
程よく火の通った肉をナイフで切り分けて、フォークを突き立てて口に運ぶ。かみしめるたびに旨味が口内にあふれ、それを酒で洗い流し、もう一度新鮮な風味を楽しむ。
勝利の美酒、美食とはかくも美味なものだ。
「反逆の芽は種のまま摘み。これでスカベンジャーに戦える人間は居なくなった。このコロニーは、これからずっと。平和が続くだろう。素晴らしいものだ」
「ご主人様。スカベンジャーは組織の再編に追われ治安の維持に影響が出ています。巡回するアースの数を増やす許可を」
「いい案だね。許可しよう」
欠員をエーヴィヒで埋めることで、彼らの業務を助け。協力する余裕があるところを見せつけ、印象の改善と反抗心の低減を同時に行える。
「ようやく叶った。今日の日まで、本当に長かった」
汚らしいミュータントと、脅威となるコロニーはこの世から消えて。そして内側の武力も削減できた。
本能をむき出しにした猿どもを締めつけてコロニーを作り、形になるまで半世紀。そこからさらに人々がこのコロニーを壊さないように、平和になるよう願い続けて半世紀。
そして……ここからだ。争うものの居ない楽園を作るには、ここから始まるのだ。
「私は、心から平和を願う」
私は過去の愚かな指導者たちとは違う。全ては無理でも、せめて手の届く人々には安寧を与えることが、これまで犠牲になった人々への最高の弔いとなると信じている。
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