第50話 帰還報告

 エーヴィヒとトーマスの話もひと段落ついて、俺たちのコロニーに帰る途中。ゲートが遠くに見えるくらいの位置で、エーヴィヒが車を停めた。


「どうした」

「情報のアップロードを行います。私は外に出ますから、十分ほど待ってゲートへ。そのあとはクロードさんの家で合流しましょう」


 情報のアップロード、要するに自殺だな。彼女が車外に出てすぐに、銃声が聞こえてきたから間違いない。いつも死んでいるが、他人に介錯を頼むくらいだ。やっぱり辛いのだろう。


 彼女の言う通り、少し待ってからコロニーへ進むと、操作もしていないのにゲートが開いた。注意しながら車を進めると、ゲートを抜けてすぐにエーヴィヒのアースが居た。一瞬身構えたが、銃口はこちらを向いていない。警戒を解いて、中へ。



 コロニーの中へ入ってからは、トーマスは本人からの頼みでシェルター前に置いて行った。自分はそのまま片手で車を運転し、あちこちに車体をぶつけながら自宅へ向かうのだった。



-視点変更/トーマス・ビルギンソン-


 マスク越しに感じる懐かしい空気を胸いっぱいに吸い込んで、盛大にため息として吐き出す。コツコツとブーツの底がアスファルトを打つ。打って進んで、銃を向ける衛兵二人を正面から見つめる。


「所属と名前を明かせ」

「足の一番。トーマス・ビルギンソン。任務を終えて帰還した。通してくれるか」

「は……いや。身分証を」


 ポケットからドッグタグを取り出して衛兵に渡す。混乱しているようだが、さて俺たちの活躍は一体どういう風に伝えられているのか。それはやはり、あの糞野郎が言っていた通り、殉職者として。だから、こうして驚かれている。


「少々お待ちください!」


 衛兵二人の片割れが急いでシェルターの中へ飛び込んで、三十秒と待たず出てきた。


「どうぞ、お入りください。頭がお待ちです」

「任務ご苦労」


 すれ違いざまに肩をたたき、シェルター内に入る。マスクとコートを取って片手に持ち、広間の中心に進むのだ。


「久しぶりだな、頭」

「死んだ、と聞いていたが」

「あんたの目と耳は飾りか?」

「死人が生きていて驚かないわけがないだろう……では、報告を聞こうか」


 いつもならここで背筋を正してハッキリと言葉を伝えるところだが、今日はそういう気分じゃない。崩した態度のまま口を開く。


「計画は成功。核を使用して敵のコロニーを破壊した。だが、ご主人様の裏切りで危うく死にかけた。俺はこうして五体満足だが、アンジーは死亡。クロードは右腕を吹っ飛ばされる重傷だ」

「そうか……ご苦労だった。あいつには俺の方から抗議を入れておく」

「いいや、その必要はない。あんたは何もしなくていい。全部俺たちがやる」

「何をするつもりだ」

「当然、サプライズのお礼を。邪魔したら殺す」


 拳銃を抜いて、壇上の頭に向ける。距離は十メートル。この距離なら拳銃でも外さない。横の付き人が射線に入ろうとするが、頭はそれを制止した。


「いや。一度は見捨てたんだ。何か言う権利はない。しかし、あいつを殺す方法はわかるのか?」

「知ってるとも。猟犬のお嬢ちゃんが教えてくれた」

「じゃあもう一つだ。殺した後に何が起こるかはわかるか」

「コロニーの発電所が止まる、か? そんなことはどうでもいい。どうせ先の短い人生だ、死に方くらい選ばせろ」

「わかっているならいい。実を言うと、俺もあいつのことは前々から気に入らなかった」

「……止めるなと脅しておいて何だが、一応はスカベンジャーのトップだろう。それでいいのか?」

「どうせ先の短い年寄りだ。これまでずっとコロニーを維持することばかりを考え続けていたが、もう無理だ。スカベンジャーにもう治安維持部隊としての能力はない。人が死にすぎた。そんなわけで最後に一つ愉快な思いをさせてくれ……ひとつ言うなら、しくじるなよ」


 頭の理解も得られたことだし、もう脅しをかける必要はないと判断し、銃をしまう。


「よそのコロニーに核爆弾しかけて、包囲を抜け出して撤退するよりは簡単なことだ。次は地獄で会おうぜ」



-視点変更/クロード-


 貧血で倒れそうな体を引きずって、自宅のドアを開け……閉める。片手で外したマスクとコートをそのまま床に落として。久々に吸うカビ臭い我が家の空気に気を緩める。

 それが災いしたか、傾く体を立て直せずに、そのまま床に体が落ちた。立ち上がろうとするが体に力が入らず、だんだんと意識までも遠くなる。

 このまま寝ては、二度と起き上がれない。そんな予感がするも、体は言うことを聞かない。


「まだ死なないで下さい。あと少しなんですから」

「……まっずぅ……」


 体を引き起こされて、口の中に広がる懐かしいゲロの味で目が覚めた。吐き気をこらえて飲み込めば、意識もハッキリした。起こしてくれたのはエーヴィヒ。


「どうです。もう一本いきますか?」

「いや……もういらん。最高の目覚めだった」


 死神も逃げ出すマズさとはな。こんな素晴らしいものを開発してくれた奴には、感謝として弾丸を贈りたいね。


「体の具合はどうです。まだ動きますか」

「ああ。あと一回殺しあうくらいなら」

「それは何よりです。トーマスさんは?」

「頭のところへ、別れの挨拶をしに。すぐに戻るさ」


 壁に寄りかかって立ち上がり、そのまま伝ってリビングに向かう。休むなら柔らかいソファのほうが、体力も回復するだろう。


「休む暇はありません。ガレージにアースを人数分用意してあります。調整を」

「はぁ。ここは俺の家なんだぞ……まあいい。よく怪しまれず用意できたな」

「一世紀、あらゆる命令に服従し続けましたから」


 なるほど。それなら怪しめというほうが無理だろう。俺が同じ立場でもきっと騙された。


「肩を貸してくれ。階段から落ちて死ぬなんて間抜けな終わり方は御免だ」

「はい。装備は以前それぞれが使っていたものと同様のものとしてあります。レーザーブレードは用意できませんでしたが」

「構わんよ」


 階段を下りて、三機並んだアースの内、盾とライフル。ロケットランチャー。機関砲の四種の装備を持った機体に乗り込む。さて、トーマスが帰ってくるまで休憩がてら、ゆっくり調整するとしよう。

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