第48話 死地からの脱出
糞野郎の裏切りは、奴にとって最高のタイミングで。俺たちにとっては最悪のタイミングで起きた。
「前に一、後ろに二」
『前は私が』
『じゃあ俺が後ろだな』
狭い路地に逃げ込んだおかげで、敵の追撃は緩い。だが、執拗だ。追手を叩き潰すのもこれで何度目となるだろう。おかげで逃げ足は鈍く、核の起爆までの残り時間は半分を切っている。刻一刻と迫る死刑までの時間が心をざわつかせるが、焦って死んではいけない。しかしのんびりもしていられない。あまりもたついていては爆発に巻き込まれ、そのまま天国へ。
では外に出ればどうなるか。陽動部隊と戦っていた連中が、俺たちを逃がすまいと待ち受けているに違いない。進むも止まるも待つ結末が同じとなれば、少しでも助かる可能性のある方へ賭けよう。
「壁が見えた。外へ出られるな」
何人目になるかもわからない追手をアンジーとトーマスの二人がなぎ倒し、ようやくコロニーの外壁まで到達できた。しかも最初に穴を開けておいた場所だ。おかげでまた穴掘りをする必要もない、無防備な姿をさらす時間が最短で済むのはありがたい。
それに、外からはまだ銃声が聞こえてくる。ご主人様は俺たちを見捨てたが、陽動部隊の皆々様はそうではないらしい。元はゴミでも、少しは役に立つじゃないか。
『陽動部隊の連中が戦ってるのはなんでだ?』
「おそらく、ご主人様が指揮を執っているのだと思います。少しでも起爆を確実にするためでしょう」
「なるほど。じゃあどっちも敵か」
エーヴィヒが機体にしがみついたまま囁く。だが、敵同士で殺しあってくれるのならありがたい。刺激しなければこちらに弾は飛んでこないだろう。相手も、自分たちを撃たない敵より撃ってくる敵を優先したがるはずだ。さあ、外へ出て地獄から逃げ出そう。
できれば、穴の向こうに出た途端敵に撃たれるとか、そういうことがないように願いながら。
「っ!」
穴から出たとたん、ガン、と盾に弾がぶつかった。一発、二発。流れ弾ではない、明確にこっちを狙ってきている。盾とライフルを入れ替えて、防御に専念することに。左腕はほとんど動かない、ぶら下がっているだけの状態なら、防御もままならない。
「敵だ!」
『どっちだ!』
「11時!」
トーマスが反撃にライフルを撃つ。なんとか三人全員外へ出られたが、今の反撃でこっちに気付かれた。敵の視線がこちらに向いて、銃口もそれに追従する。まずい。予定と違う。しかし前進あるのみ。
「クロードさん。機銃のセイフティを解除してください。私が撃ちます」
「大丈夫か」
アースの肩に乗せている機関砲は、機外からでも操作ができる。生身の人間がグリップを握り、発砲することもできなくはない。エーヴィヒの捕まっている位置からなら手も届くだろう。
反動は制御しきれるか。銃声で耳がおかしくならないかの問題もある。
「ただぶら下がっているだけより、役に立てるはずです」
だが、彼女が役に立ちたいと言うのなら気にはすまい。
『仲間を撃つなよ』
「敵しか狙いません。どうか、信じて」
「おかしなことをすれば振り落とす。構わんな」
異論は聞かない。火力は少しでも欲しいし、今は躊躇している場合ではない。盾の角度をずらして、コアと彼女をカバーできるように。頭が露出していても、アースに比べれば豆粒のようなサイズだ。当たらないよう幸運の女神さまに祈ろう。
『外に出たけど、これからどうするのよ!?』
『やるべきことは三つだ! 包囲を突破する、帰りの足を確保する、爆発範囲から逃げる!』
とにかく前進しながら叫ぶ。敵の注意をこちらにひいてしまい、砲火の一部がこちらを向くが、なんとか持ってほしい。
「爆発はコロニー内の建物と外壁に遮られて減衰するでしょう。降下物質は生身の私には致命的となるでしょうが、あなた達には問題ないでしょう。気を付けるのは二つでいいです」
「装甲車は……居た。あれを確保するぞ」
銃弾の雨の中、帰りの足に使えそうな装甲車を探しだして、マーキング。情報を二人に送る。マーキングしたのは何台もある中で一番状態のマシなものだ。しかし、そこへ辿り着くまでには激戦地の真横を通って、さらにゴミ共がドンパチしてる真後ろに回り込む必要がある。
ゴミ共はご主人様が指揮している。ご主人様は俺たちを殺すつもりだったのだから、俺たちがまだ生きていることを知れば殺しに来るだろう。
「それとも。同じ外見のアースだからわからんか」
「IFFの機能を止められていなければわからないでしょうが、データリンクが失われた時点でおそらく!」
エーヴィヒが機関砲を敵軍に向け乱射しながら叫ぶ。物静かなこいつが叫ぶほど、状況は緊迫したものだ。
『後のことは後で考えればいい! カバー!』
せやなー。走り出したトーマスをカバーするように、射線に割り込む。トーマスならこちらを避けて、うまく相手を撃ってくれるだろうと信じて。
「エーヴィヒ、残弾は少ない。近づいてくる奴だけ撃て」
下手に奥のほうへ弾が飛んで行って、群れの意識がこちらに向けば危険度はさらに増す。敵からも、つつかなければ目の前の相手よりは危険じゃないと思われたいのだ。
エーヴィヒは指示した通り、射撃を控えめにしている。素直な奴は嫌いじゃない。トーマスも撃ってくる相手にのみ反撃を加えている……が、相手はお構いなし。嫌になるほどの砲火が舞う。曳光弾が流星のように煌めき、コアをカバーする盾は雹を受ける屋根のように。盾のカバー範囲から外れた弾はガリガリと装甲を削る。だが……
「っぅぎ!」
「きゃぁ!」
ガキュン、と装甲を貫いた音。だが、燃えるような痛みが広がったのは右腕だ。被弾のショックで姿勢は崩したものの、気を失わなかったのは幸いだ。
前回は失神したが、敵は殲滅していたので味方が助けてくれた。今回はそうじゃない。立ち止まればそこで死ぬ。
『クロード!』
「問題ない!! 行け!!」
飛びそうになる意識の手綱をしっかりと握り、叫ぶ。盾には絶対の信頼を寄せていた。盾よりも先に機体が壊れるだろうと思っていた。何せ戦車からはぎ取った装甲板だ。そう簡単に壊れるはずがない。そう過信していた。
結果、
腕に被弾しても、動けなくなるわけじゃない。速度を落とせばそれだけ危険性は高まる。だから走り続ける。痛みがあるのは生きている証、無視していい。今は痛みあることを喜べ。
『強がるなんて、あんたらしくない!』
アンジーが前に割り込んで、彼女自身も持つ盾を使い弾を防ぐ。戦力としてはこの中で一番劣る俺が被害を引き受けて二人を生かそうという考えだったが……
「……」
ここはおとなしく引っ込み、ただ動くことに意識を集中する。下手をすると痛みから逃げるために意識を投げ出しそうで仕方がない。視界が少しずつぼやけてくる。
「もうすぐ装甲車です、そこまでたどり着けば処置できます!」
エーヴィヒの声が装甲越しに響く。そうか、ならもう少し頑張らなければ。死にたくない、死にたくないからここまで来たのに。
『アンジー!』
『何!?』
『装甲車を確保する。その間、邪魔されないようにしてくれ』
『ああ、要するに……死ねってことね。クロード、借りはこれでチャラよ!』
『すまん』
アンジーの機体が隊列から外れ、敵の群れに突っ込む。それを見てどう思うこともなく、俺は前に進むだけしかできなかった。血がどんどん流れ出ているんだろう、頭の中が、どんどんぼやけていく。
『クロード。お前には借りがある。まだ死ぬなよ』
「……まだ、生きてるぜ」
『コロニーに帰って、一緒に糞野郎をぶっ殺すんだ。それまでは生きていろ』
「そうです。生きて帰りましょう。あなたには、やってもらいたいことがあるんですから」
トーマスとエーヴィヒの二人の声が頭の中にジワリと広がる。
「クロードさんは車両に機体をぶつけるくらいのつもりで行ってください。トーマスさん、私が装甲車の中を制圧してハッチを開きます。ハッチが開いたらクロードさんを中へ」
『信じるぞ』
言われるままに、とにかく進む。機体の装甲がガンガンと音を立てている。やがて、大きな衝撃があって、機体の動きが止まった。意識は……ショックで目が覚めた。
『生きてるか!』
「くそっ……最高の気分だ」
吐き気はするし、意識はまだはっきりしないし、動悸がひどいし。痛みの輪郭さえぼんやりしている。
それでも生きているのなら。最高だ。
『ああ、状況は最高だぞ。装甲車までたどり着けた』
「そいつはいいな……俺たちは生きて帰れるのか」
『きっとな。アンジー、戻ってこれそうか』
『無理ね。行ってちょうだい』
『残念だ。仇はとる』
あまりにもあっさりと見捨てたが、自分が助かるためなら戦友でも恋人でも見捨てる。そんなものだ。そういう世界だ。隙だらけの機体を起こし、無防備な状態を曝しながら車両後部へ。アンジーが孤軍奮闘しているおかげで弾は飛んでこず、開いたハッチから中へと潜り込めた。
ハッチが閉じて、爆弾の起爆までの時間がゼロになる。車体が大きく揺さぶられ、車内で機体のバランスが取れず、ぐらりと機体が揺らぐ。
うつぶせに転倒するのはまずい、となんとか機体を後ろに転がすが、転倒の衝撃で今度こそ意識を手放した。
ああ、どうか目覚めた時まだ命があるように。信じてもいない神に祈りながら、目を閉じた。
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