第47話 強襲・裏切り

 おそらく、今日の日が最期の日となるだろう。この日が来ることをどれほど拒絶しようとも、生きている限り否応なしに時間は進む。ああ、時間とはこれ以上ないほどに残酷なものだ。死ぬ以外に逃れる術がないのだから。

 この日を拒絶するには、死ぬ他ない。死ぬことが恐ろしいのだから、それは選べない。となれば、選択肢などどこにもない。ただ過ぎ行く時間を無為に眺め続けるしかない。

 

 そんなことを、車中でブリーフィングを受けながらぼんやりと思い浮かべていた。


「聞いているのか」

「もちろん。しっかりと聞いておりますよ、ご主人様」


 今日は珍しくご主人様も同行している。なぜかというと、今説明を受けた通り。


「では復唱したまえ」

「ご主人様がゴミどもを操作して陽動。その隙に俺たちがコロニー内部に侵入し、核を起爆ポイントまで運搬。設置の間エーヴィヒを護衛。設置完了後撤退。進行ルートはご主人様の指示通りに。障害は遭遇時はこれを撃破。これで間違いないですかね」

「ああ。完璧だ」


 ここで褒められてもうれしくない、とため息をつく。ここまで来たら諦めるしかないが、しかしどうして俺みたいな怪我人が出張ってきて、他の戦える奴を出さないのか。失敗が許されないのなら、それこそ全戦力を投入すべきではないのか。

 今更ながら、そう意見具申してみると。


「説明しただろう。少数精鋭だ。匹夫が増えたところで足を引っ張るだけ。しかし君は怪我を加味してもそれに宛がうに足る能力を持っている」

「過大評価だな。今からでも帰してくれていいんだぜ」

「さあ進め。賽は投げられた」


 まあ、敵のコロニーを目の前にして、今更帰れるわけがないよな。最期に一度、ため息をついた。きっとこれが人生最後のため息になるだろう。


「君たちに神の加護があらんことを!」

『神はとっくに死んでるよ』


 トーマスの皮肉のきいた返事のあと。バコン、と後部ハッチが開いて、迷彩のシートを被った四機が一度に降車し、整列。その脇を何台もの装甲車が土煙を上げて走り過ぎていく。中には陽動としてのアースが全部で40機詰め込まれているのだ。


『UAV射出。1番から5番、正常に稼働。データリンク開始。接続確認を』

『アンジー、接続完了』

『トーマス、接続完了』

「クロード、接続完了」


 モニターの端に、敵コロニーの空撮画像が表示される。所々に人影が見えるが、今のところは静かそのものだ。襲撃に気付いて慌てる様子もない。だが、間もなく大騒ぎになるだろう。

 隊列を組んで、あらかじめ設定されたルートに沿って前進。敵の哨戒がもうすぐ陽動部隊に接触するはず。


『まず第一段階ね。今のところは順調っぽい?』

『ああ。そうだな。いきなり失敗してちゃ困るだろう』

「無駄口たたいてる暇があるなら進むぞ」


 そのあと五分もしない内に、陽動部隊が攻撃を開始した。上空映像で火花が飛び散り、遠くからは発砲音が絶えず聞こえる。甲高いサイレンが空に響く。同時にこちらも外壁に到着。作戦は第二段階に。


『陽動部隊が交戦を開始しました。こちらも急ぎましょう』 


 エーヴィヒとアンジーがコロニーの外壁にブレードを突き立てて、アースが入れるサイズの穴を文字通り切り開いている。その間、俺とトーマスが敵への警戒。特にエーヴィヒがやられるのは避けなければならない。核爆弾を背負っているのは彼女の機体なのだから、それが撃破されては作戦は失敗となる。

 上空からの映像の中で、アリの巣をつついたようにワラワラと敵が出てきて、陽動部隊の残数を示す数字が徐々に減り始める。


『よし開いた!』

『行くぞ!』

 

 シールドを構え、俺が先頭として突っ込む。次にアンジー、エーヴィヒ、トーマスの順で侵入。今のところ、敵に感付かれてはいない。順調だ。第二段階に完全移行。


『これより目標地点に向け進行します。現在は敵の数が最も少ないルートが提示されていますが、陽動部隊の残数に応じ変更がかかります。注意してください』

「了解。急ごう」


 ローラーダッシュで路地を突っ切る。薄汚い路地にはやせこけた人間がたむろしているが、これはどこも変わらないらしい。


『次の角を右に。曲がった先にアースが二機、歩兵が五人』


 角を曲がってすぐ、敵のアースを視認した。迷う暇はなく、シールドを構えて突撃。気付かれたが、対応する暇を与えずシールドバッシュ。突き飛ばし、体勢を崩して、ご主人様特製のブレードをギミックを作動させて突き込む。高周波音を立てる刀身は、肉にナイフを突き立てるが如く。鉄の鎧を貫いた。

 隣でもアンジーが同じように。歩兵はトーマスのライフルで全員始末された。


『侵入に気付かれました。敵の一部がこちらへ向かっています』

「トーマス、アンジーと配置変更。俺が敵の弾を受け止める」

『大丈夫か?』

「問題ない」

『陽動部隊の残数が減っています。危険なルートを取るしかありませんが、行きましょう』


 改めて、移動ルートが提示される。一度大通りに出て、そのまま一気に広場へ駆け抜けるルート。なるほど、これは危険だ。大通りに出れば、それは移動速度も上がるだろう。しかし敵も防御体勢を整えやすい。防御陣地を構築される前に突破できればいいんだが。

 それに、陽動が陽動とバレたなら敵の主力はこちらへ引き返してくるだろう。モタモタしていれば状況は加速度的に悪化する。可能な限り素早く爆弾の設置を終えることが、作戦の成否を分けるだろう。


 そうして路地を抜ける直前、敵の部隊が通りに展開し終えてしまった。無人機からの映像でそれが見えたのが幸いだった、ノコノコ出て行ったらスクラップになっていただろう。


『あれを突破しないと設置場所にたどり着けません。撃破を』

『アンジー、俺たちが注意を引く。回り込んでかき回せ。クロードはライフルを貸せ。俺が二本使うから、弾受けに専念しろ』

『いいわ。やってあげる』


 無言でライフルを渡し、シールドを両手持ちにして路地から飛び出す。直後、敵の集中砲火が襲い掛かる。さすがに戦車から切り取った装甲だけあって、前に使っていた安物じゃ考えられないくらいよく耐えてくれる。

 問題は、機体より頑丈ということだが。被弾の衝撃を受け止め続けているせいで、機体の関節のコンディションがどんどん悪くなる。貫通して穴が空くより前に、盾を支える腕がもげそうだ、そうなりゃあっという間に穴だらけ。


「くっそ、いくらなんでもキツイぞ!」


 盾の向こうは鉄の嵐。触れれば即ミンチになるだろう。ロケットランチャーも飛んできて、爆炎がシールドの端から機体を包む。テルミット入りじゃなくて、本当に良かった。


『やかましい! 気が散るだろ!』


 ダン、ダン、と後ろから銃声が聞こえてくるたびに、敵の砲火の数が減っていく。一発一発で敵を仕留めているのか。普段影が薄いが、さすが足のトップを任されるだけあって、アースでの戦闘力はアンジーに並ぶ。

 頼もしい味方ではあるが、それ以上に敵の攻撃は恐ろしい。シールドからはみ出た装甲に着弾し、跳弾して表面を削る音が恐ろしい。死がそこにあるのだと聞こえてくる。


『陽動部隊に当たっていた敵の一部が離脱。こちらへ向かっています。このままでは挟み撃ちになります。急ぎ正面の敵を撃破してください』

「簡単に言うな畜生!」


 数は減っているが、それでも敵陣は健在。俺は手が離せず、トーマスもこれ以上撃破のペースは上げられない。

 エーヴィヒが後方へ大砲を向けて、打ち込む。それでも敵の数に対して火力が足りず、足止めにはならない。焼け石に水だ。


『お待たせ!』


 と、ここでアンジーが敵陣地に飛び込んで暴れ始めた。特注のブレードを二本かついで大暴れしているのが、空撮映像でよくわかる。相手はきっとこちらにばかり目が行っていて、別動隊が居るとは思っていなかったのだろう。対応しきれず、次々と動かなくなっていく。

 ああ。頼りになる味方がいるってのはうれしいもんだ。


『制圧完了、早くこっちへ!』


 飛び込んでから殲滅までの時間、わずか30秒。アンジーが敵じゃなくてよかった。


「トーマス、ライフル返せ」

『ちょうど弾切れだ。リロードしとけ』

「おう」


 空のマガジンを落とし、新しいマガジンをシールドの裏から取って装填。予備マガジンは残り二本。まだまだいける。反転し、こちらに向かってくる敵部隊に発砲しながら、目的地へバックで向かう。まだまだ離れているが、当たらなくても牽制になればいい。

 そう言ってても、トーマスはバシバシ当てているが。

 バリケードをロケットランチャーで吹き飛ばしたら、そのまま突破。ようやく目的地の広場に到着する。


『設置には一分かかります。その間指揮は執れませんのでご注意を』

『じゃあ俺が指揮を。急げよ』

『はい』


 エーヴィヒがアースから降りて、バックパックに背負っていた物体のベルトを切り離す。ガン、と地面に音を立てて落ちたが大丈夫なのだろうか。

 それから端末を開いて……


『九時と三時に敵! 撃たせるな!』


 見守っている暇はない、炸裂弾頭を三発路地にぶちこんで潰し、反対側はアンジーに任せる。上空にある目がなければ、今の襲撃も察知できずにやられただろう。情報の大切さを身に染みて実感できている。


『まだ来るぞ、六時!』

「陽動部隊から離れた分か……もう少し釘付けにしといてほしかったな」


 見れば恐ろしい数の敵機がこちらに向け進行中だ。中には装甲車もある。その数と言ったら、目を閉じて撃っても当たりそうなくらい。設置まで残り30秒くらいか。それくらいなら持つだろうが、撤退の時間があるかどうか。


『出し惜しみするな、全弾ここで吐き出すつもりで撃て!』

「おう!」


 まずはランチャーを全弾発射して、雲霞の如く押し寄せる敵の足を少しでも鈍らせようと試みる。しかし、効果は薄い。なら弾幕を張ればどうか、と20㎜機関砲を構え、斉射する。三基六門の機関砲から放たれる曳光弾が尾を引いて敵の群れに吸い込まれていき、その何十倍もの弾幕が返ってくる。


『さすがにこれは……!』


 耐えられないという言葉の続きは、被弾のノイズにかき消される。人の心配をしている場合ではない。盾で防ぐにも限度がある、もう盾を持つ腕のコンディションは最悪の赤色を示している。これ以上の被弾は、機体が持たない。

 エーヴィヒの乗っていたアースなんかは、中身がないから盾も使えず、とっくに鉄くずに変わってしまっている。


「設置終わりました! 撤退してください!」

「よくやった、捕まれ!」


 エーヴィヒを右腕で拾って、盾で弾を受け止めながら路地に一時退避する。戦力にならなくとも、一番のキーパーソンだった彼女を用済みだからと見捨てるのは気分が悪い。


『こちら爆破部隊! 設置を終了した、撤退ルートの指示を求む!』

『困難な任務を、よく成し遂げてくれた。ご苦労だった』

『労いはいい! 早くルートをよこしなさい!』

『トーマス・ビルギンソン。アンジェリカ・トスルターヤ。クロード・メイユール。君たちのことは、将来に栄誉ある殉職者として語り継ごう。せめて、君たちに安らかな眠りがあらんことを』


 言葉の意味を理解し、背筋にぞっと寒いものが走る。通信の終了と同時に、UAVから送られてくるすべての情報が遮断され、確信を得る。陽動部隊の残機数も、空撮映像も、すべてが。つまり、そういうことだ。


「クソが! だから信用ならなかったんだ!」

『野郎最初から見捨てるつもりで! 猟犬! てめえ知ってやがったな!?』

「いいえ。私は何も知らされていませんでした……どうか、信じて!」


 珍しく狼狽した声。いつも不愛想、無感情なエーヴィヒがこの時ばかりは感情を露わにしている。ということは、信じられる。

 裏切ったのはあの糞一人ということだ。


『嘘でもほんとでもどっちでもいい、起爆までの時間は!』

「30分です!」

『……それだけあれば逃げられる?』

「正面突破なら余裕だな。脇道は道がわからんからなんとも」

「通信ログから画像ファイルを引き出せるはずです。そこから、なんとか」

『試してみよう……よし出た。希望が見えたな。俺が先導する。クロードは損傷が激しい、二番目に。アンジーがトリだ。あの屑帰ったらぶっ殺してやる』

『猟犬の前で言うのもなんだけど。賛成』

「異議なし! さっさと帰ろうぜ!」

『行くぞ!』


 威勢のいい声を上げ、煙幕を張り、撤退を始める。できれば全員そろってここから出ていきたいところだが、果たしてそう上手くいくか。きっと誰かが……もしくは、全員そろってここで死ぬ。その可能性が極めて大きい……覚悟はしていたが、やはり目の前に事が迫れば言葉にしがたい気分になるもんだ。

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