第46話 準備

 ミュータントたちを消毒してから二週間。予想も外れ、平和な日々が続いていた。時折スリやひったくりなどが現れるものの、そんなのは日常の範疇だ。まだ何事もない、と言い切れる。銃声が上がらない毎日は実に素晴らしいものと言える。

 こんな日がいつまでも続けばいいのに、と思うが、そうはいかないのがこの世の中。


「やあ、久しぶりだね」

「俺は会いたくなかったよ」


 親友でもあるまいに、気安く片手を挙げてあいさつをしに来たのは、我らがご主人様。マスクをしていてもわかるとも。傍に白髪の少女を侍らせた太った男など他に誰が居ようか。

 コロニーの支配者。俺にとって災いの象徴。そんな奴がわざわざ遊びに来たのだ。どうせろくな事じゃないのだろう。


「話がある。君たちの上司の居るシェルターまで一緒に来てもらおうか」

「どういう話かにも」

「君たちが大好きな、殺し合いについての話だよ」

「一つ訂正させてもらう。別に好きじゃない。仕事だからと自分が死にたくないからだ」

「その割には、前回自分から首を突っ込んでいったが」

「……そんな気分のときもある。少し待ってくれ。代理を呼ぶ」

「エーヴィヒを置いて行けばいいだろう」

「中身空でもアース置いといた方がマシだぞ」


 子供を監視に置くなんて、他の連中が聞いたら笑うぞ。何かあったらだれの責任になると思ってるんだ。そういうわけで、代わりを呼び出して小銭を握らせて座らせたら、ご主人様に急かされながらシェルターへ向かう。


「すっかりおなじみのメンバーだな」


 シェルターにはアンジー、トーマスの二人と。それぞれにエーヴィヒが一人ずつついていた。監視か、それとも単純に呼び出しに使われたか。

 しかし最近のスカベンジャーの衰退には目をそむけたくなるな。普通、足のトップと羽のトップが一か所に居れば野次馬か取り巻きかが居るもんだが、ここに居るのは二人と付き添いのみ。どういうことかというと……残らず死んだ。

 足はコロニー防衛のため犠牲となり、羽は他コロニーへの逆襲のため出かけて散った。そんな状況で、第二の敵性コロニーが出てきたとなるとなぁ。一体どうするのやら。


「ようクロード。呼び出された理由は聞いたか?」

「いいや、何も」

「まあこのメンバーなら想像つくわー」


 アンジーの言う通り、なんとなく予想はつく。できれば外れていてほしい類のものだが。


「三人とも。よく来てくれたな。とりあえず楽にしろ」


 補佐のスカベンジャーに車いすを押してもらって、頭が出てきた。ハゲた頭に照明が当たって少し眩しい。その横にご主人様が並ぶ。この光景はかなり珍しい。いつもいがみ合ってる二人が仲良くしているとは。

 つまり、これまでの不仲を投げ捨ててしまえるほどの事態ということ。


「この件は私から提案したものだ。先の戦闘で諸君らの戦力は信がおけるものと把握できたからこそ……」

「負けが決まっている戦争には反対だ」


 トーマスがご主人様の言葉を遮って声を上げた。足のトップだけあって、コロニー内の状況はよく理解できているらしい。その意見には全く同感だ。


「話は最後まで聞きたまえ。誰も正面から戦おうとは言っていない。敵の詳細については今交渉役を兼ねた偵察を出しているが、私が主導して戦力を捻出したとしても足りないのは間違いないだろう。それはわかっているとも。ではどうするか、と思っているね?」

「もったいぶらずさっさと話せ」

「核を使う。いくら敵の数が多かろうと無視して巣を潰せばいい」


 核。とは、ご先祖様と同じ過ちを犯すというわけか……こんな世界にしてくれたご先祖様を恨んでいる身としては、思うところがある。しかし生き残るために必要で、他に手段がないのなら、それに異議は唱えまい。


「一応聞いておくが、対話による解決という選択肢はないのか」

「もちろん。もし彼らの指導者が賢く、不要な流血を避けるつもりがあるのならこの上なくうれしいことだ。だが最悪の事態への備えはしておかなければならない。このコロニーに次はないのだ。君らもわかっているはずだろう」

「もし応じなければ、俺たちは決死隊として送り込まれるわけか」

「殺されなければ生きて帰れる。君らが言う死都と同じような状況になるだけだからね」

「敵の巣穴のど真ん中へ突入するんだろ? それで生きて帰れる方法があるなら教えてもらいたいね」

「殺されなければいい」


 簡単に言ってくれる。実践するのはどれほど難しいか知らないだろう。それとも知っている上で軽々しく言えるのか。もしかすると自分は死んでも生き返れるから、命についての認識が軽くなっているのか……どれにしても、毎度毎度、かわいい部下を送り出しては散々死なせるんだ。直属の部下でさえそうなのだから、部署が違う人間などどうでもいいのだろう。

 一度は声をかけられたが、やはり断っておいてよかった。


「それ以前に拒否権はないの?」

「もちろん。ただし、結果がどうなるか想像できるかね?」

「……聞いただけよ」


 敵の巣に飛び込むか、敵の大軍をこちらの巣で迎え撃つか。どっちがマシかね……どっちもやりたくないけど。


「まだそうなると決まったわけではないが、我々は最大限の備えをしておく必要がある。今日この説明は、諸君に覚悟を持ってもらうためだ」

「散々引きずっといて、結局脅しかよ」

「脅しだけではないとも。備えへの協力もお願いしたい。条件を満たすゴミを百人と、その分の食糧をそろえて私の所へ持ってこい。条件は四肢がそろっている大人であること。成体であれば年齢と性別は問わない」

「何に使うんだ?」

「兵隊を作る」

「エーヴィヒは」

「彼女らは単価が高い。何十と使い捨てにするのはもったいない。それにゴミを処理できるのなら君らにも益のある話だ」


 そう言われると、頷けない話ではない。


「百人が全部戦力になるのか?」

「半分以上は死ぬ。だから多めに」


 そうだろうな。


「これも備えだ。協力してくれるね」

「そうするしかないだろう」

「頭がそう言うのなら。俺たちはそれに従う」


 まあ。人さらいだけなら楽な仕事だしな。このくらいじゃ本番に向けた予行演習にもならんが……ご主人様の言う通り、気持ちの用意というのも大事だし、質や素性はどうあれ戦力は必要だ。

 今回は、ご主人様の思い通りに動いてやろう。

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