第42話 昨日の友は今日の敵
痛み止めと久々のベッドの合わせ技によって得られた快適な睡眠は、来客のベルによって中断させられた。時計の針は10時を示す。朝早く、というわけではない。しかし久々の熟睡を邪魔されれば憤るというもの。それに、今日誰か来る予定はなかったはずだ。空き巣狙いならぶっ殺す。
「……すぐに出る、待ってろ!」
いきなりぶっ殺すなどと。俺らしくもない物騒な言葉が出てくるのは、きっと思い出すように湧いてきた痛みのせいだ。痛み止めを飲んでから出る方がいいだろう。でなきゃ、客が誰かによっては顔を見たとたん殴りかかりかねない。
冷蔵庫から水を出して、薬と一緒に飲む。これで痛みはすぐに引くはず……それから、銃を握って玄関へ。ドアスコープを覗いて誰かを確認……誰も居ない。空き巣狙いで、中から気配がしたから逃げたのか? なんて思っていると、ドンドン、と低い位置からノックの音がする。物乞いの子供なら追い払おうとドアを開く。
「こんにちは」
「……これはまた」
予想外。相手は
「一人か、また猟犬に連れを殺されたのか?」
「一人じゃない、後ろに居る」
ドアを開けて外に出ると、物陰から二人ほど現れた。そこまで不用心ではないか、と感心しながら後ろ手にドアを閉める。
「何の用だ」
「……前のお礼を渡しに来たんだ。ありがとうとも言ってなかったから、そのお詫びも兼ねて。これは傷に効く薬」
「いらん、今すぐ帰れ」
ミュータント用の薬を渡されても困るし、何よりミュータントとエーヴィヒを引き合わせるのはマズイ。見つければ条件反射で殺しにかかるだろうが、止めることはできない。一度は見逃してもらえても、二度目もあるかはわからない。
かといって見殺しにするわけにもいかない。俺が原因でミュータントとの関係を悪化させればそれはもう怒られるでは済まされない大問題になる。
「どうして」
「猟犬の監視がついてる。話をするならマスクを付けろ」
エーヴィヒは今のところ俺には害意を向けないが、ミュータントを庇えばわからない。右手が利き手なのに右目が潰れてちゃ、銃だって当てられるかどうか。
「……」
渋々、といった様子でマスクを着ける。その直後に、後ろから足音が。間一髪だな。
「どなたでしょう」
「物乞いの子供だ。すぐ追い払う。さあ、帰れ帰れ」
「今の声は?」
「いいかクソガキ。今すぐここから去るか、壁のシミになるか。どっちがいいか選ばせてやる……『猟犬だ』
腰を下ろして目線を合わせ、銃口を彼女の眉間に当てて。脅すフリをしながら彼女にしか聞こえないように警告を囁いた。後ろの二人が動き出すが、ミュータントの少女は手で制する。
「……わかった、わかったから銃を降ろして」
「死にたくないなら物乞いなんてやめるんだな。逆ロシアンルーレットやるようなもんだぞ」
乱暴に見えるよう突き飛ばす。少し動くだけでも傷に響くが、こうしないと疑われるから仕方ない。荒くれものイメージを持たれているスカベンジャーが、物乞いの子供に優しくする理由なんて、どこにもないのだから。
少女と保護者を見送ったらまた家の中へ。マスクを外して深呼吸して、外の有害な空気と室内の空気を入れ替える。マスクがあっても有害な物質を完全に遮断できるわけではない。外に居れば居るだけ体に毒が溜まると考えていい。
「よく来るのですか?」
「いいや。だがこれから増えるかもな」
「なぜ?」
「この前の戦争と遠征で大勢死んだ。死者の中には子持ちも居る。そういうことだ」
嘘を関係のない事実で覆い隠す。
とはいえ、これも大きな問題ではある。事情は単純。解決は困難。そもそも解決するつもりがあるのかさえ怪しい。現状の問題は大量の死者によって戦力を喪失した状態で、敵対コロニーに対しどう対処するか。次に治安の悪化。その二つで手一杯で、計画があったところで、実行は大分後になるだろう。
「ところで、さっき電話がありましたよ。シェルターに来るように、とのことです」
「また仕事か。久々の休暇だと思ったのに」
「ですね」
とことんこき使うつもりらしいな。畜生め。
「とはいえ。人が居ないから仕方ないか……」
それは諦めるしかない。働かなくてよくなるのは、死ぬときだけだ。
出発準備を済ませてシェルターへ向かう。今回はエーヴィヒも通された。衛兵の様子がいつもと違うように感じたが、どうしたのだろう。
「よく来たな」
トーマスとアンジーは先について待っていた。このメンツなら、またどっかへ殺し合いに行けと命令されるんだろうなぁ……しかもいつも通り拒否権はない。ほんと嫌になる。
「敵アースの解析が完了した。以前クロードが使ってた掘り出し物と同じ型番で、配属番号も同じだったらしい。つまりミュータント共もグルだったってことだ。これまではお客様として大事に扱っていたが、今日からは敵とみなす。皆殺しにしろ」
「……俺たちだけで?」
「今回は目と鼻の先だ。コロニー防衛用の砲兵隊も出す。砲兵で集落を焼いて、残党をお前たち四人と装甲車で撃破してもらう。お前たちならできるだろう?」
命令されれば行かざるを得ない。異議を唱えるくらいは許されるが、命令は原則厳守するもの。それが組織というもの。
「もちろん他の連中にも仕事は任せてある。ちょうど今朝お客様としてミュータントどもがやって来ただろう。ゲートを封鎖して、そいつらを捕獲するよう命令を出した」
「素晴らしいこって」
「作戦開始は正午。それまでに出発できるよう準備しておけ!」
「一時間ずらしてください。クロードさんの機体を補充しなければいけません」
「……いいだろう。では時刻を改める、作戦開始は13時だ。いいな!」
「了解」
「了解」
「了解」
「わかりました」
四人全員が返事をし、一旦解散。急いで家に帰らないと、昼飯の時間はない。シェルターから出たらバイクに乗り、エンジンをかけて街道を走り出す。負傷してから初めての戦闘だが、不安しかない。五体満足でも戦いなんて好きじゃなかったのに、怪我をしたら余計嫌いになるにきまってる。
できれば引退が一番なんだが、挙げた戦果がでかすぎて、片目が潰れた程度じゃ引退はさせてくれないだろうな。なんて厳しい。
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