第41話 愛しい我が家


コロニーに帰ってきて一番に向かった先は、頭の居るシェルターでも。ご主人様の居る無汚染区域でもなく、クスリ屋だった。片目を失ってから一週間が経つが、未だに傷口が熱く痛む。一歩歩くごとに、一声発するごとに、あらゆる刺激が傷を刺す。生活するにも困るので、痛み止めを求めてやってきたのだ。


「在庫切れだ」

「次の入荷は?」

「わからん」

「……この際純度の低いものでも構わん」

「それすらない」


 あまりにもつまらない冗談に、拳銃へ手が伸びて、自制する。スカベンジャーは治安機構だろう。自らそれを乱すような真似をしてどうする、いくら功績を積み上げたとしても、一つの失態で帳消しになりうる。


「なあ、今この瞬間もこの目が傷むんだよ……どうにかならないか」

「言わせてもらうなら、タイミングが悪い。この間の戦争であんたみたいに大けがした奴が何人いると思う? 在庫は全部吐き出した」

「耐えろ、と?」

「その腰についてるものを使ってもいい。永遠に痛みとおさらばできる」

「……使えねえな」

「空のバケツをひっくり返しても水は出ない。あきらめろ」


 収穫なし。仕方ないからあきらめて家に帰る……前に、一応頭のところへ顔を出しておこうか。なんの支援もよこさなかったあの糞野郎のツラを眺めておきたい。

 失った右目はどうしようもなく。それによりできた死角を埋めるようにエーヴィヒが立つ。安心して、という訳にはいかないが、死角を任せられるほど信頼できる相手、になっているのだ。


 シェルターまで来て、彼女は置いて施設の中へ。


「よう、糞爺。何か言うことがあるんじゃないか!?」


 第一声はこちらから。死ぬと思っていた奴が生還した感想を是非聞きたい。


「被害は大きいが、よく帰ってきてくれたな。ご苦労だった」

「おう」


 驚くでもなんでもなく、ただ平坦にそう告げられた。正直、拍子抜けだ。


「さて、ところでお前の撃破した機体の数々だが、こちらで引き取りたい」

「もちろん。いくらで?」

「二機で一機分。そこからトラック一台分を差し引く。これでどうだ」

「状態が悪いものはそれでもいいが、ほとんど傷なしのもある。そういうものは高めで引き取ってもらいたい。あるいは……」

「なんだ」

「鎮痛剤をもらえるなら、全部同じ値でいい」

「俺じゃなく薬屋に頼むんだな」

「薬屋にもないんだよ」


 今回は大量のアースを撃破できたので、収入はそれなり。買いためしておけばしばらく引きこもって、安全に暮らせるだろう。


「見積もりができたら家に届ける。そちらから用事は?」

「用事はないが、気になることなら」


 顎をしゃくり、続きを促される。


「スクラップを見てもらえればわかるだろうが、敵の機体はミュータントの奴らに渡されたのとそっくりだった。もしかしたらのこともある」

「わかった。研究所の連中に見せよう。他には」

「戦利品だが、捕虜はいらん。あとはトーマスとアンジーから話を」


 帰るまでの一週間、捕虜の女は尋問も兼ねて、トーマスとアンジーのオモチャにされていた。そのおかげですっかり壊れてしまっている。もう肉にするくらいしか使い道はないだろう。


 帰宅後には真っ先に酒を飲んだ。アルコールは感覚を鈍らせる。ずっと続いていた痛みは消えないまでも、期待通り鈍くはなった。そのまま横になろうとしていたところで、来客のベルが鳴る。何事かと思って出て行けば。


「こんにちは」

「……エーヴィヒ」


 戦場を共にしたものとは別個体のエーヴィヒが居た。そのためだけにアースまで持ってきて。


「『私』から痛み止めを持ってくるよう要請されたため、持ってきました。どうぞ」


 袋を渡された。中身はVicodinとラベルが貼ってある錠剤入りの瓶。


「……礼は誰に言えばいいのかね」

「どちらにでも」

「じゃあ、どちらにも。わざわざありがとう」

「仕事ですので。ではさようなら」


 それだけでアースに乗って帰っていった。

 最近気づいたが、同じエーヴィヒと名を冠する小娘でもそれぞれに個性がある。個体によって経験が異なり、それにより性格が微妙に異なるのだろう。今の奴なんかは不愛想だ。何度も自分を殺している相手に愛想を振りまくわけもないが、それでもこちらの個体に比べるとやや感情が薄いように見える。


「エーヴィヒ」

「なんでしょう」

「毒見」


 家の奥へ引っ込んで、エーヴィヒを呼ぶ。コロニー防衛という形で忠を示した以上、今となって俺を殺そうとする理由はないが、やはり我らがご主人様は信用ならない……毒見してしばらくして異常がなく、アルコールが抜けたら俺も薬をもらおう。

 ああ。今日はようやくベッドで眠れる。 


「あの」

「ん?」

「私にもベッドを使わせてください。いい加減背中が痛いです」

「……一つしかないぞ」


 借りがあるのだし、ベッドを貸すくらいならいいだろうとも思ったが。問題はベッドの数だ。ここには一つしかない。


「構いません」

「そうか。なら俺は床で寝よう」

「一つのベッドで眠ればいいのでは?」

「馬鹿言うな」

「私は構いませんが」


 寝相がいいのは知っている。いつも床で眠っているときには、死んでいるかのように動かず眠っているのを見ているから。寝首をかかれる心配もない。そうしたくないのは、単純に気が乗らない。


「明日、買いに行こう」

「ありがとうございます」


 犬にベッドを買い与えるなんて……ペットにしては破格の待遇だな。コロニー中のどこを探してもこんなもの好きは居ないだろう。人語を話す犬も他には居ないだろうが。

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