第39話 死闘

 コロニーから出て三日。信号の発信源まで、あと僅かとなったところで、トラックを止めた。

 通信機を起動し、装甲車のチャンネルに合わせて話しかけてみる。もし生きていれば返事をするだろう。返事があれば救助しに。なければ弔い合戦を、俺とエーヴィヒの二人で。


「こちらクロード。遠征部隊、応答せよ」

『……』


 返事がない。


「繰り返す。遠征部隊、応答せよ」


 返事がない……死んでいるか?


「応答せよ。応答がない場合、技術保持のため装甲車を破壊する」


 これで返事がなければ遠慮なくうちの装甲車にも弾をぶち込もう。


『待て。こちら遠征部隊隊長、トーマスだ。生きてるから勘弁してくれ』

「……チッ。死んでるかと思ったが、奴さんは余程お行儀がいいみたいだな。他の連中はどうした」

『……ああ。無事だ』


 通信機の向こうから聞こえた僅かな鉄の音と。発言までのわずかな間で察した。生き残りはトーマスのみか、あるいはごくわずかと見ていいだろう……糞共が。ぶち殺してやる。


「わかった。お客さんはよほど行儀がよかったみたいだな?」

『これまで見たことがないくらいにな』

「それなら仲間を保護してもらったお礼をしなくちゃならんな、と伝えてくれ。もうすぐ着く」


 通信を切断して、トラックを動かす。


「エーヴィヒ。お前の大砲はどのくらいまで狙える」

「静止物を狙うなら2000まで。動くものならその半分です」

「手前一キロで止める。俺が出た後、少し遅らせて出撃して伏兵の排除と砲撃支援を頼む」

「よろしいのですか?」

「何が」

「話しを聞く限りでは、未だ敵と確定したわけではありませんが」

「……一ついいことを教えてやる。この世界に善人は居ない」


 今のコロニーは、アレでもかなり安定しているものと聞く。コロニーの設立当初はどんなものだったか、それは記録に残っていない。ただ、今であっても他者へ施しを与える者は、文字通り骨までしゃぶられて捨てられるのだ。悪貨は良貨を駆逐するとも言う。善人が排除しつくされた今から、過去にどういうことがあったか想像するのは簡単なことだ。


「あなたは?」

「俺が善人に見えるなら、それはお前の頭がおかしいだけだ」


 そうこう言っている内にポイントに着いた。大体一キロ先には、数台の装甲車と、大量のアースのシルエット。双眼鏡を覗いて見たところ、見えるアースだけで十は超えていた。あれを相手に大立ち回りしようというのだから、おかしいものだ。


「降りる。もう一度作戦を説明するぞ、遠くに狙撃機が待機してるだろう。まずそいつを潰せ。そのあとはどれでもいいからぶっ殺せ。誤射は恐れるな」

「当てないよう努力はします」

「任せたぞ。お前だけが頼りだ」


 肩を軽く叩き、運転座席の後ろから、牽引しているコンテナに直接乗り込む。そこには二機のアースが収められていて、片方は盾とライフル、肩に機関砲とロケットランチャー。腰部ハードポイントにブレードの重装備。もう片方は長大な狙撃砲とブレード。重装備の方が俺の機体。コロニーの量産型じゃ重量過多で動きが鈍るが、ご主人様にもらった機体には余裕をもって積める。

 ご主人様は嫌いだが、使えるものはありがたく使わせてもらう。


「ハァー……勢いで出てきたが、後戻りはできんな。逃げれば格好がつかん」


 ゴン、と装甲を叩いて開き、コックピットへ乗り込んで袖を通す。遅れてエーヴィヒも機体を起動させる。


『生きて帰りましょう』

「……ついこの前まで、俺を殺そうとしてた奴に言われてもな。まあ努力はしよう」


 大気汚染への警告灯、停止。セイフティ、解除。僚機とのデータリンク……承認。一通りの設定を終えたところで、コンテナの扉を開いて地面に立つ。車の陰から、盾を構えながらローラーを使って移動する。

 移動しながら情報を一つでも集めようと、カメラの望遠を最大にして見ると。盾持ちと機関砲装備の二種の機体が混ざっていた。それはいい、だが問題は連中の機体だ。ついこの前俺が壊した、骨董品と全く同じ外見をしている……こいつは、生きて帰れたら要報告だな。


『そこの奴、止まれ』


 ある程度近寄ったところ。機関砲のギリギリ射程圏外で、オープンチャンネルの通信が入った。惜しい、あと少しでアースも狙える距離なのに。まあいいさ。アースが狙えないならもっとでかい装甲車を狙えばいい。どのみち全員殺すんだから。


「どうも、初めまして。俺の仲間が世話になったみたいじゃないか!」


 返事は大きく。同時に、エーヴィヒの機体からのデータを受信した。遠くにいる狙撃機を発見し、照準していると。攻撃するか否かのメッセージに、五秒後と返信。


「こいつは俺からの礼だ、是非受け取ってくれ!!」


 ローラーのギアをトップに入れて、急発進。左右に機体を振りながら肩の連装機関砲のグリップを掴み、装甲車へ向けて砲弾を吐き出す。この時のために、砲弾はいつもの徹甲AP弾ではなく徹甲榴弾APHEを装填してある。ドコドコと腹に響く砲声を聞きながら、砲身をゆっくり一薙ぎして、持ってきた弾を全部敵の装甲車にぶち込んでやった。

 空になった機銃をパージ、HUDの端に映る目標数を確認していると、装甲車以外にも一個減った。エーヴィヒが一機撃破したようだ。


 その間敵も黙っているわけではなく、返答に銃弾の嵐が飛んできた。雹が屋根を叩くがごとく、盾の表面に弾丸が打ち付ける。しかし戦車の装甲をはぎ取ったものだ、並の攻撃なら盾は難なく耐える。ただ、被弾の衝撃によるダメージは腕部に蓄積し、いずれ限界が来るだろう。その前に、敵の群れの中にもぐりこまなければ。

 そこでエーヴィヒの砲撃支援が始まる。敵先頭の盾に穴が空き、弾幕が一人分薄くなる。残り9機。

 敵集団との距離が500を切る。肩部のロケットランチャーを全弾発射。もう一発、後方からの砲弾が敵を穿って、ほぼ同時にロケット弾が着弾。テルミット入りの焼夷弾が炸裂し、着弾した敵を盾ごと炎で包み込む。盾持ちを3機ほど撃破した。残り6機。

 ここで敵も被害の大きさに動揺し、隊列を崩して散開し始めた。それでいい。纏まっていたら狩りにくいが、分散しているなら容易い。


 果敢にも向かってきた盾持ちを、横にズレて回避し、すれ違いざまにレーザーブレードでわき腹を焼き切る。残りは何機だ、まあいい。どうせ皆殺しにするんだから数えたって仕方ない。最後にゼロにすればいいんだから。


 敵は分散し、包囲の形に持ち込もうとしている。正面からでは効果がない、とわかったか。


「後ろに回り込もうとするやつを」

『わかりました』


 俺は、とにかく前へ。ランチャーをパージしてさらに軽量化。トップスピードのさらに一つ上へ。もう盾持ちは居ない、ライフルを機関砲持ちに向けて打ち込む。

 だが、正面から動く相手に当てるのは難しい。当たっても一発では効果が薄く、同じ個所に何発も当てなければ撃破はできない。その証にマガジン一本撃ちきったが一機も撃破しきれない。それでも、脚は損傷させて動きは鈍った。

 後退する敵に追いついて、速度の乗った膝蹴りを一発ぶち込んでやると動かなくなったので放置。弾が切れたライフルも捨てて、腰部のブレードに持ち替えた。


「ち、囲まれた」


 そこで状況の不利に気付く。敵は十分に包囲の輪を広く取り、こちらを中心にとらえている。銃弾が盾のカバー範囲外から飛んでくるのを必死で避けるも、当たるものは当たり、徐々に機体が悲鳴を上げ始める。そこへエーヴィヒの砲撃支援、また一機が崩れ落ちた。

 包囲の輪を抜けるために、もう一度加速。正面に向けて吶喊、引き撃ちで対処しようとするもこちらの方が早く、逃げきれないと悟って相手もブレードを抜いた。


「この、糞がぁ!」


 こんどは盾で正面からブレードを受け止めて、シールドチャージで突き飛ばして体勢を崩す。タップダンスを踏むように足でローラーの回転を操り、後ろに回り込んだら、バッテリーをブレードの柄で叩き潰し、動かなくなった敵を盾にすることで一呼吸。

 残りの敵は? 4機。

 機体コンディションは? 左腕損傷軽、右腕損傷中、反応速度低下。右足、損傷度大。反応・移動速度低下。左足、損傷軽微。蹴り飛ばしたのはマズかったか、いけると思ったんだがな。


「エーヴィヒ、あといくつ狩れる!」

『動く敵にはなかなか当てられません。援護はしますが』

「そうか、じゃあもう一仕事だな!」


 残る敵も、数が少ないながらに再度包囲しようとしている。実際それは有効だ。無茶が祟りさっきよりも機動力は落ちている。あとは囲んで穴だらけになるまで弾を撃ち込めばいい。黙ってやられないのはお互い様らしい、そりゃそうだ、相手も生きたい、こっちも生きていたい、となれば生き残りをかけた競争だ。全力で殺しに行くし、殺しに来る。


 どれだけの窮地であれ、やることは変わらない。ブレードを戻して、落ちているライフルを拾って。突っ込んで、そこから先は臨機応変に対応する。盾を構えて、最寄りの敵に突進。正面から以外の攻撃は装甲で受ける。装甲がもうすぐ破れそうな気がする、一発貫ければお終いだ。その前に終わらせたい。

 足が損傷しているせいで速度が出ない。動きが少しガタついている。拾ったライフルを右側に回り込んでくる奴に発砲して牽制したが、バックに一機付かれた。アースはケツを撃たれたら弱い、避けられるか。と思っていると、バックモニタの中で、そいつに風穴が空いた。エーヴィヒがやってくれたらしい。

 俺も最初に当たっていればああなっていたのか。なんてことは考えない。今は味方だ。敵を殺すことに集中しろ。

 敵のブレードとライフルをシールドで受け止めて。押し返される、パワーは相手の方が上らしい。弾切れになったライフルを投げつけてもう一度ブレードを取り、再度突進。刀身をぶつけ合って火花を散らし、押し返される前にレーザーの刀身を……相手がバックしたせいで空振り。装甲の表面を焼く程度にとどまった。すかさず追撃、踏み込みながら実体剣を突き出す。狙いは相手の頭部と胴体の接合部。

 それも防がれたが、今度は切っ先がカメラに突き刺さった。好機、グっとアクセルを踏んで機体を密着させて、レーザーブレードで足を焼き切り、動けなくしたら背後に回ってバッテリーを殴り潰す。


「ちょっと武器借りるぞ」


 肩に乗っている機関砲に手を伸ばし……たところで、残り一機による砲撃が動けなくなった敵機を粉砕。伸ばした右腕の、肘から先も粉砕された。幸い機体の他の部分と、右腕の中身は無事だが、もうレーザーブレード以外に武器がない。


「くそ、仲間ごと撃つか!?」

『ご無事ですか?』

「生きてる! だが武器が一つしかない!」

『こちらも残弾がありません。補充には一分かかります。それまでにどうにか撃破または生存していてください』

「無茶を言う……!」


 だがやるしかない。敵は機関砲を乱射しながら接近してきた。距離を置いての射撃では封殺できないと判断したか。

 一対一、他に邪魔する者のない一騎討ち。


「ハッ、何世紀前の戦いだ。今は22世紀だぞ!」


 シールドを構えての突進。死角からのレーザーブレードは、既に見切られている。しかもバッテリー残量はもう一割を切った、だが次の一撃で終わらせなければ死ぬ。ここまで大暴れして、残り一匹にまで糞共を追い込んで。ここまできたなら、勝って終わらせる。


 相手がブレードを右下からの切り上げに構えを取る。そして、交差する手前で。


「シールドパージ!」


 音声操作でボルトが外れ、シールドが宙に浮く。その端を持って、機体を一回転。遠心力を加えて投擲し、相手の勢いを削ぐ。こちらの手が見切られているのなら、あえて装備を捨てて意表をついてやる。狙い通り構えが崩れた。あとは、懐にもぐりこんで……


「ち!」


 すぐに持ち直し、こちらの射程圏内まであと一歩と言うところでブレードの先端がこちらを向いて、届と念じながらブレードを起動。

 相手の刃が装甲に触れる。弾かれず、割って入る。ギャリィ、と刃がモニタを突き破って生えてきた。鉄の切っ先が眼球に触れる。ぶちゅり、と怖気の走る、これまで感じたことのない未知の音が脳髄に響いた。


 これは、死ぬ……散々暴れたが、ここまでか。

 最期に出てきたのは、特別な感慨や記憶などではなく、そんな程度のことだった。

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