第38話 救援信号

 遠征組が出て行って一週間。コロニーの瓦礫の大半は片付けられ、道路の穴は塞がれて、戦争があったことを思い起こさせるのは壁に刻まれた弾痕と煤だけとなった。道行く人々の足取りは、それぞれが仕事をしに向かうための緩やかなものとなっていて、かつての平穏を取り戻しつつあることを実感させる。

 守りきったのだ、という達成感のようなものを胸に抱きながら、以前と同じく街道の警備をしていた。


「静かですね」

「ああ」


 一つ違うのは、隣に白髪の少女が座っていることだけか。空を覆う工場の排煙と、そこに響く稼働音。車の走る音。人々の話声。それは大人しくなった今となれば、懐かしさすら感じる。

 これこそ、俺の待ち望んだ平和な日々だ。


「クロード! 緊急招集だ、来い!」


 しかし。平和とは残酷なほど唐突に打ち崩されるものだ。そんなことは、嫌というほどわかるとも。元々の始まりは小さなものだった。嫌々引き受けた一つの仕事。ガキ一人を送る、何のことはない、簡単な仕事から始まって、ブレーキの壊れた車のように加速していって、俺個人の問題からあっという間に燃え広がって、事態はコロニー間の戦争にまで発展した。

 そしてその戦争は、未だに終わっていない。



「諸君、緊急事態だ」


 頭の重々しい声が、シェルターに響く。否、声色は極めて平坦な、落ち着いたものだ。これから放たれる言葉への恐れが、それを重く感じさせる。


「遠征部隊から、敵の待ち伏せを受け身動きが取れない、と連絡があった」


 集まったスカベンジャー達の間に動揺が広がる。そりゃそうだ。出ていった連中は戦意旺盛で、しかも腕に自信のあるやつがほとんど。そんな奴らを助けに行けと言われれば、尻込みするのも無理はない。


「そこで、諸君らには彼らを見捨てるか、救援に向かうかを決めてもらう」

「!?」


 そう、思っていた。しかし頭の中には選択肢として、連中を見捨てるという案がある。組織のトップが、腕を切り落とす判断を、組織全員に対し選択肢として明言する。これほどふざけたリーダーがあるだろうか! 


「ふざけるな! 助けに行くにきまってるだろ!」


 自然と、胸の内から言葉が湧き出てきた。アンジーもトーマスも、どちらも糞野郎だが、どちらも俺のたった二人の友人だ。生きている、生きているかもしれないあいつらを見捨てれば、死ぬまで楔が心に残る。


「それを決めるのはお前だけじゃない、ここに居る全員が判断することだ。まず、状況を説明するから静かに聞け」




「遠征組は尋問で得た情報を元に、敵コロニーへ向け進行し、到着した。しかしそこは既に瓦礫の山で、取るものもない状態であったと報告を受けた。これは昨日の夜聞いた話だ。今晩にでも発表しようとしていた。

 そしてその帰り道で、今のような状態になっている。以降通信はなく、敵の数は不明。救援信号の発信は止まっていないが、はっきり言おう。これは罠だ。敵は助けに出てきた部隊を撃破し、さらに資源の強奪を考えているものと見ている。

 それでもなお、彼らを助けに行くかを問う。生きているかどうかすら怪しいものを、先の戦争で大勢の同士をなくした諸君らが……これを聞いてなお助けに行きたいと願うものは挙手しろ」


 当然、挙げる。


「一人だけか」

「……!」


 他の連中は、沈黙を保つ。だがそれでも構わないし、軽蔑もしない。彼らにも、命を惜しむ心はあるのだから。

 だが俺は、連中を見捨てるくらいなら死んだ方がマシだ。


「なら好きにしろ。あとは知らん……トラック一台くらいなら好きにしろ」

「そうさせてもらう!」


 声高々に叫び、群衆をかき分けてシェルターを出ていく。外にはエーヴィヒが待っていて、丁度いいと利用させてもらうことにした。


「エーヴィヒ。ご主人様に会わせろ」

「門の前まで連れていってくだされば」

「すぐに行く」


 バイクにまたがり、エーヴィヒを後ろに乗せて街道を往く。目的地は、支配階級の住む無汚染地域と、俺たちスカベンジャーの住む軽度汚染地域を分ける壁。その中心にある、資材と人が出入りするための門だ。

 目的地までノンストップで走り続けること十分ほど。焦燥に駆られて危うく人を轢きそうになったが、未遂なのでよし。

 門の前で停まり、エーヴィヒを降ろすと、門の前にある機械に顔を突っ込んだ。そのすぐ後に門が開きだしたので、中へと進む。そしてすぐに四方から銃が生えて、こちらに向けられた。

 防衛装置か。そりゃあるよな。


「物騒なお出迎えだな」

『何をしに来たのかな』


 スピーカーからの声。聞こえてきた方を向くと、カメラがこちらを覗いていた。


「手を貸してほしい」

『なるほど。事情はわかっている……結論から言わせてもらうが、ダメだ』

「どうしてもだめか」

『彼らは選択を誤った。そのツケを自分たちで負っているのだから捨て置けばいい。どうして私が彼らの負債を払わなければならないのだい』

「……ご尤も」


 このド正論には返す言葉もない。あいつらが勝手に間違えて、俺はあいつらを助けようとしている。その理由は感傷。つまりは、感情論で動いている。対して頭やご主人様は理性、理論と、俺とは真逆の方向を向いているからには、説得は不可能。

 考えればわかったことだろうに。どうして思い至らなかったのかと、自分の馬鹿さ加減に歯噛みする。


『無駄足だ。帰りたまえ』

「ああ。じゃあな。きっと二度と来ることはないだろう、それでもいいんだな!」

『自殺志願者を引き留める理由があるかい? 死にたいなら勝手に死ねばいい』


 自分がついこの前仲間に言ったことを、そのまま言い返されては何も言えない。


「ああそうかよ! ケッ、糞野郎め」


 カメラに向かって中指を突き立てて引き返す。こうなれば頼れるのは己の腕しかない。だが、俺一人で一体何ができる。助けに行ったところで犬死がオチではないか……それでも。

 それでも、やらずに後悔するよりはマシだ。馬鹿な奴だと笑われようが構わないとも、俺なんて戦うこと以外にとりえのない無能なのだから。


「……ご主人様はああ言いましたが。ここに居る私は、あなたの所有物です。どうぞ、ご命令ください」


 ……一人ではなかったか。一人が二人になったところで。いや、それでもマシだろう。


「付き合ってくれるか、エーヴィヒ」

「ご随意に」


 力強く、少女の手を握る。もうこいつは猟犬ではない、仲間だ。であれば、そういう扱いをする。

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