第36話 買い物
お客様は頭が護衛を付けて送り返した。幸い今回は俺がその役割を負わされることはなかった。手が空いているならお前が行け、とは言われたが、猟犬のことを伝えると撤回した。
さすがに猟犬といつも一緒にいる人間を護衛につけるのはマズイ、とわかったらしい。昨日の時点で気付いてほしかったものだが、過ぎたことは仕方ない。一日でどれほどコロニー内の片づけが進んだのかはわからないが、他の人員を出せる程度には余裕ができたのだろう。あるいは、被害の把握による人員配置の最適化か。
どちらにせよ、手の空いた人間が出てきたのなら休みが欲しい。厳密には休みではなく、装備の補充。俺は昨日も一昨日も散々働いたし、装備の補給もしたい。榴弾砲の爆風と破片を受けてほとんどの装備が全損した。無事だったのは、シールドに守られていたレーザーブレードのみ。
装備の購入、装着、FCSの調整には一日はかかるだろう。
命が助かっただけでも儲けものだが、次に鉄火場が来るのがいつかもわからない。備えるのは早い方がいい。
頭もそこまで細かく言えばNOとは言わず、無事に休日をもぎ取ることができた。
「そんなわけだ。買い物に付き合え」
「ご命令とあらば」
人手は確保できたので、バイクで市場へ向かう。幸い、敵の侵攻は市場までは及ばなかった。通りに面した民間人とスカベンジャーの居住区がかなり荒らされたが、死人はいかほどだろう。戦闘要員には多く出たようだが。
店の担当が死んでいれば、タダで持って帰れるか。なんて悪いことを考えながら、入り口の警備員に身分証を渡す。今日は賄賂は出さない。
「受け取れんな」
身分証を突き返す腕を掴んで、柵の向こうから引きずり出す。驚いて目を白黒させるスカベンジャーの眉間に、拳銃を押し付ける。
「今日はこれしか持ち合わせてないんだ。これでいいならあるだけ出してやるぞ」
言外に「舐め真似してるとコロコロしちゃうぞ」という意思を込めて、安全装置を外し、トリガーに指をかける。疲れが溜まってて少しばかり自制が効かないのだ。
「ど、どうぞお通り下さい……」
「連れも通るぞ。いいな」
「はいどうぞ! ご自由に!」
言質は取った。セイフティをかけなおして拳銃をしまう。
「すまんな。今日は気分が悪いんだ」
一応詫びだけ入れて、先へ進む。今日買わなければならないものは、シールド。実体ブレード。20mm重ライフル、20mm連装機関砲。80mmロケットランチャー。それと各弾薬。高くつくな。金は惜しいが命はもっと惜しい。
火砲、シールド、ブレード。各専門店があり、種類ごとに様々な商品を扱う。というのは前にも言ったような気がする。手前の店から順番に回る。まずはブレードショップから。
「ちわ」
店に入ったらマスクを脱いでおく。
「いらっしゃ……おう、生きてたか」
入って早々、客に向けてそのセリフはどうかと思う。
「生きてたよ。運が良くてな」
「だな。大勢死んだそうじゃないか」
「正確な被害はわからんが、そうらしい」
「よく生きてたな。本当に」
「ああ」
「さて、辛気臭い話は切り上げよう。何が欲しい」
「いつものだ」
扱いなれたいつもの武器。鉄の塊に鉄の刃が何の役に立つかというと、まあ。薄い所を狙えば貫通するし、殴っても衝撃は通るから中身にダメージはある。
「メイスもお勧めだぞ」
「変な物押し付けようとすんな。殺し合いじゃ扱い慣れたものが一番だ」
「そうか。愛用者も居たんだがな、残念」
愛用者も『居た』とはまた嫌な言い回しだ。それがどうなったかは考えたくないな。
「金だ」
「おう、ありがとよ」
「ほかの商品とまとめて輸送してくれ」
金を払ったら次の店へ。次は銃火器店。必要なものを色々買った。出費が激しいが必要経費だと割り切って。
で、最後はシールド店。新商品入荷しました、と店入り口に置いてある黒板の破片にチョークで書かれていた。新商品とはなんだろう。
「新商品てなんだ」
店に入って店主に聞いてみる。わからないことは聞くのが一番手っ取り早い。
「戦車の正面装甲を切り取って、取っ手を取り付けただけのもんだ。ロケット弾にも耐えたって話だし、頑丈さは保証するぜ」
まあ頑丈なのは知ってる。何も知らなきゃ分厚い鉄板だ。しかも馬鹿に高い。
「そりゃ知ってるよ。で、本物なのか?」
「疑うのか? 偽物売りつけて客が死んだら大損じゃねえか、うちは今まで一度も客から苦情が来たことはねえぞ」
「不良品を買った客は文句を言えないだろ」
信用できないわけじゃない。確証が欲しい。命を預けるものだ。信用ができるものを買いたい。
「じゃあ30mmを撃ち込んでみてくれ。それを防げるなら買う」
アースの最大貫徹力を持つ武器がソレ。エーヴィヒが持つのは40mmだが、30mmの肩乗せ狙撃砲の方が一般的だ。余裕をもって防げるのなら、安心して命を預けられる。
「商品に傷をつけろって言うのか」
「防げたら買うと言っただろう。傷がついても防げたなら定価で買おう。それとも、その程度も防げないって?」
拳に訴えかけてもいいが、拒否もせず、詐欺と決まってもいないのにそれはさすがにマナー違反だ。確定した後なら撃ち殺しても許されるけど。
「で、どうなんだ」
「……わかったよ。こっちだ」
「話が分かる奴で助かるよ」
商品が台車に乗せられて、奥へと運ばれていく。それについて行き、エーヴィヒと一緒に店の奥に入る。シューティングレンジ、のような感じだ。奥には的の代わりに、シールドが四辺をワイヤーで繋がれ空中に固定されている。
「ちょっと待ってろ。すぐに用意する」
店主の言う通り、備え付けのベンチに座って待つ。奥の方へと商品を運んでいくと、ウインチで他の商品と同じようにつり下げていく。その手際は慣れた様子で、五分も待たずにテスト環境が設置された。奥から店主が戻ってきて、今度は倉庫らしき部屋にもぐって何かを漁り始める。
すぐに何かを引っ張ってきて……アース用20㎜ライフルだ。重そうに引きずってきて、レンジ射撃エリアの中央に置いた。弾倉をエイヤと声を出しながら装填すると、ガチャンと金属がぶつかる音が出る。イヤーマフを持って、こちらを向いた。
「耳ふさいどけよ。鼓膜が破れても苦情は聞かんぞ」
「あの。私たちの分のイヤーマフはありませんか」
エーヴィヒがそう聞くのもわかる。人間用の火器でも必要なものを、アース用火器を屋内でぶっ放すのだ。
「ねえよ。俺の分だけだ」
「……じゃあ仕方ないな」
二人して耳を手でふさぐ。店主がイヤーマフをして、伏せ撃ちの姿勢を取る。
「撃つぞ、3! 2! 1!」
至近距離で爆弾が破裂したような音だった。耳鳴りがするし、頭が痛いし目もちかちかする……硝煙の向こうで店主が手招きしている。何か言っているようだが、何も聞き取れない。とりあえずついて行く。
シューティングレンジの奥には、千切れたワイヤーと盾が転がる。歩いていると少しずつ聴覚が戻ってきて、店主が何を言っているのかわかるようになった。
「見てみろ」
傷がついている。表面を指でなぞると、浅く凹んでいるのがわかった。20mmでこの程度なら、もっと大口径の砲弾を受け止めても平気だろう。問題はアースの腕が、被弾の衝撃に耐えられるかだが。それはまた別問題だ。
「文句なしだ」
「毎度あり」
ほいほいと用意していた金を渡す。あとは運送屋のところへ持って行ってもらい、そこで纏めた荷物を送料を払って家まで運んでもらうだけだ。これで今日の買い物は終わり、後は家に帰って武器をアースに取り付けるだけ……なんだが、これがまためんどくさい。
「……あの」
「どうしたエーヴィヒ」
「私が付いてきた意味は?」
「……そういえばそうだな」
連れてきたはいいが、なにも手伝わせていない。どうして連れて来たんだか、自分にもわからん。
「まあ、美人が横に居ればただの買い物でも楽しめる……か?」
「あなたからそんな言葉を聞くとは思いませんでした。ありがとうございます」
マスクの下の表情はわからないが、声はいつも通り平坦なものだ。褒められたからとりあえず礼を言っておいた、そんな感じだろう。もう少し感情豊かなら、話し相手にもちょうどいいんだが。
猟犬に人並みの言葉を期待するだけ無駄か。残念だ。
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