第34話 呼び出し

「……もう一度聞きますが、我々が貸したアースはどうなっているのですかね」

「今丁度やってきた、そこの馬鹿が壊した」


 二行で見捨てられたとわかる、この状況。どういうことだ、と頭に抗議する前に、ミュータントの内若い男が、肩を揺らし、大げさに床を踏み鳴らして詰め寄ってきた。視線を頭に向けるが、なんの助け舟も出さないところを見るにどうやら本気らしい。


「話が違うぞ頭」


 最終確認として、それを口に出したところで首を横に振るだけ。壊した責任は問わないと言っていたのに騙された。酷い裏切りだ。なんということだ。これはご主人様陣営への鞍替えも考えざるを得ない。

 失意に沈んでいるとお客様に胸倉をつかまれた。まずはこれをどうにかするのが先だな、こうして威圧的に迫られてたんじゃ、落ち着いて考え事もできやしない。


「どうどう、落ち着けよ兄弟」

「てめえ、どう落とし前を付けるつもりだ糞野郎!」

「どうって、あんたたちも俺のアースを壊しただろう。それで帳消しにはならんか」

「なるわけねえだろ! 俺たちのこと舐めてんのか!?」


 まあそうなるよなぁ。骨董品と量産品じゃ価値が違う。量産品はいくらでも手に入るが、骨董品はそうではない。怒る気持ちもわかる。それはそうと揺さぶられてイラっとしたが、抑える。今回ばかりは自分に落ち度があるのだ、反撃は自重しようと、両手を上げて降参のポーズをとる。

 それに調子に乗ったのか、今度はナイフを突きつけてきた。


「しかしな、俺は何も返せるものがないぞ」

「なら命で返せ」


 刃先が首に押し付けられる。さすがにこれは、と頭に視線を向ける。これで見て見ぬふりをするなら、もう黙っちゃいられない。


「出せるもんは出すから、それで勘弁してくれ」

「足りねえよ。こいつと追加で詫びはもらう」

「あのなぁ。お客様とて許せんこともあるぞ」

「よっしゃ」


 さすがに命まで見捨てるということはないようだ。

 ともあれ、反撃の許可が出たのでこっちからも。先に手を出したのは相手側だし、殺さなければ何をしても許されるだろう。他ならぬ俺が許すのだし。

 上げた両手を振り下ろして、両耳を手のひらで挟み込むように全力で叩く。ミュータントと言っても、旧人類との違いは喉のバイオフィルターの有無くらいだ。急所は同じ。


「うぐっ!」


 怯ませたら腕を引いて、抉りこむようにボディ。肝臓を狙ってボディ。はらわたを突き上げるようにボディ。顎が下がったら頭を抱えて、トドメに膝当て付きの蹴りを顔面にぶち込むのだ。メシャァというような擬音がしそうなほどイイ感じのが入った。そして顔を抑えてぶっ倒れるお客様、我ながら惚れ惚れする一撃、もといコンビネーションだった。


「ペッ」


 しかし、それでは腹の虫がおさまらないので頭を踏みつけて唾を吐く。よし、満足。


「こちらに否があるのは認めるが、度が過ぎるぞ。若い奴への教育が足りてないんじゃないか」

「もっと言ってやれお頭」

「こっちも教育が足りんがな……埋め合わせは相応のものをさせてもらう。今日は帰ってくれ」

「おっしゃる通り。今回はこちらが吹っかけた喧嘩ですから、転んでけがをしたということにしておきましょう……で、壊したアースの代わりの品は何をいただけるんでしょう」

「それは決めてなかったな。ご希望は?」

「こちらも決まっていませんから、一度戻って纏めてきます。ほら、帰るぞクソガキ」


 うずくまる若いお客様を引きずって出ていく、上司と思わしきもう一人の男。まったく最近の若い奴は礼儀を知らないから困る。とはいえ、この時勢で礼儀ができている奴なんて、どこを探せば居るのやら。

 ……エーヴィヒ? どうだろうな。普段の物腰こそ丁寧だが、やってることはアースに乗って銃弾や砲弾をあちらへこちらへお届けする、野蛮なお仕事だ。そしてそれは俺も同じ。人の事をどうこう言える立場ではないのだが。


「俺も帰っていいか?」


 呼び出されてやったことといえば、お客様に刺されかけて、殴り倒しただけで。何かほかに用事があるはずだ、でなければ来た意味がない。しかしあってほしくない、そんな気もする。


「いいや、待て。お前にゃまだ言うことがある」

「……」

「そう嫌そうな顔をするな。ちょっと頼みがあるだけだ」

「今日は散々働いたぞ?」

「今日の仕事じゃない。敵のコロニーにお礼参りをしに行くのに、お前に先鋒を任せられないか」

「無理だ、怖い」


 言い訳するでもなく、正直に伝える。今回は運よく、爆風が盾に遮られて。運よく、砲弾の破片を盾が防いでくれた。あと少し角度がずれていたら、そのまま死んでいただろう。

 俺は、幸運に守られて生きている。実力じゃない。あやふやで、不安定なものの上に立っているからこそ、次はないと思うと足がすくむ。

 何度も実戦を経験していても。いや、経験しているからこそ、やはり戦いは怖いものだと思う。


「アースに乗って、敵陣にかちこむ。他人に引きずられてとなれば、まあ仕方なしでいけるだろうが。先鋒ってのはやっぱり一番死にやすいところだろう? 怖い怖い」

「先鋒がビビってちゃ締まらねえな。他の奴に任せよう」


 その方がいい。先鋒の腰が引けてちゃ全体の士気にかかわる。アンジーあたりが適任だろうな、アレなら腕もあるし度胸もある。スカベンジャーなら誰もが納得してついて行くだろう。その点俺なんて大して腕も……腕はあるか。しかし名前が知られて……決闘の一件で大分知られたか。

 人から見れば、適材ではあるか。しかし自分の気持ちが一番大事だ。俺は、先鋒には立たないし立てない。死ぬのは怖いね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る