第32話 後掃除

頭には、命令は完遂。情報は信頼できるものと報告し、今日の仕事は終了……かと思いきや、また新しく命令を受けた。


「夕方からお客様が遊びに来る。出迎えと、ゲートの掃除を任せた」


 ついこの前死にかけたばかりの人間を、右へ左へと走り回らせるな。人使いが荒い奴だ、ちっとは休ませてくれ。と心の中で毒づくものの、命令は命令だし、五体満足で居るのだから走り回るのは当たりまえという考えも、自分の中にある。

 ベッドの上で動きたくても動けないというスカベンジャーも大勢いるのだし、動ける奴が動かされるのは仕方ない。


「了解」


 と言っても、ゲートの惨状は自分の目で見てきたからよくわかる。あれは一日二日でどうにかなるもんじゃない。頭もわかってるはずだろうから、全部終わらなくても何か言われることはないだろう。とりあえずトラックの車列が通れる程度に、瓦礫を左右に退けるくらいでいいだろう。


「それともう一つ。飯はまだだよな」

「まだだけども。それがどうかしたか?」

「まだなら一緒に食わないか。皆で楽しくバーベキューでも」

「……頭、俺は人肉は食わねえ主義なんだ。悪いが、遠慮させてもらう」

「そうか。まあいい、取り分が増えるからな。じゃあ行け」

「アイサー」


 シェルターから一度出て、時計を見ればもう昼前だった。ゲートの掃除にはアースが必要だろうし、帰るついでに飯を食おう。少しくらい休んでも間に合うはずだ。なんならエーヴィヒも手伝わせよう。俺の所有物と自分から宣言したのだし、もう一本手があるようなものと思ってこき使ってやろう。



《帰宅》


「おかえりなさい」


 家に帰ると白髪の美少女が出迎えてくれた。これが何度となく自分を殺しに来た奴でなければ押し倒していただろう。ここしばらく女性に相手をしてもらっていないせいで溜まっているのもあって、実際少し手が伸びた。 


「なんでしょう」

「邪魔だ、退け」


 肩にかけた手を横に払い、エーヴィヒを廊下の隅に押し寄せて。空いた廊下をまっすぐ進む。向かう先は冷蔵庫。股間がやかましいのはきっと腹が減っているせいだ。この衝動は、空腹を満たせば収まるはずだ。

 冷蔵庫を開いて、合成食糧と蒸留水を二つずつ。ワンセットを後ろに放り投げて……それは彼女の分。残るワンセットは自分の分。

 キャップを外し、チューブを握って一息に口の中へ絞り出す。口を中心に、脳のてっぺんから臓腑の隅まで爆発的な勢いで拡散するゲロの臭いが、一撃で理性を取り戻してくれた。


「くぁっ……まっず」


 さっきのは一時の気の迷いだ、うん。猟犬相手に劣情を抱くなんて、正気じゃあり得ないよな。


「……どうにかならないんでしょうか。この味は」

「……ほかの味はあるにはあるが」


 他の味はというと、まず前提としてこの強烈な風味を打ち消す必要がある。となるとさらに強烈な味を添加することとなるためそれはもうお察しな味になる。強烈すぎて味覚と嗅覚がしばらく麻痺するほどだ。

 あれは思い出すだけで背筋が冷たくなる。人肉を食うか、そっちを食うかで言えば悩むところ。


「いえ、いいです」


 言い淀んだところで察してくれたらしく、聞くまでもなくこの案は消えることとなった。


「ところで昼から何か予定はあるか」

「いいえ」

「じゃあ仕事を手伝ってもらおうか」

「私にできることなら」

「簡単な瓦礫の掃除。アースを使えばできることだ」


 小型重機として、その性能を十分に活かしてもらおう。戦闘用だからといって、使えるものは使わなければな。


「それくらいでしたら」

「なら行くぞ。武装は下ろしてな」


 昨日の今日でまた糞が襲いにくるなんてことはないだろう。来てたら外部を巡回中の歩哨が騒ぐはずだし。瓦礫の掃除に武器なんて邪魔なだけだ。が、ブレードだけでも持っていこう。万が一の自衛のためと、猟犬がお客様に襲い掛かったとき、躾をするのに必要だ。


 水で合成食糧の風味を洗い流したら地下のガレージに降りて……回収した骨董品のアースを横目で見て……まあ、誰が見ても再起不能だろう。せいぜいジャンク屋に頼んで使えるパーツをはぎ取ってもらうか、鉄くずとして売り渡すか。幸運にもレーザーブレードだけはまだ使えそうなので、後で取り外しておこう。

 武器を降ろして乗り込む。エーヴィヒも隣で武器を降ろして乗り込んだので、彼女を連れてガレージを出ていく。出た後には鍵をかけるのを忘れない。泥棒に入られたら困るしな。

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