第29話 巡回

 頭に頼まれた通り、カメラを首からぶら下げて、アースに乗ったエーヴィヒと一緒にコロニーの被害状況を見て回る。気分はさながら観光地。しかし、見渡せば廃墟と瓦礫と死体しか目に入らないこの場所のどこに見どころがあるだろう。

 そんなところにわざわざ観光に来てくれたお客様は丁重におもてなししたが、連中が散らかすだけ散らかして寝てしまったから、片付けるのはスカベンジャーの役目だ。名前にたがわぬ仕事だな。


「確か、連中正面ゲートから殴り込みかけてきたって話だったな」

「はい。そのように聞いております」

「ならそっちへ行こうか。ゴミが出てこないよう見張り頼んだぞ」

「お任せください」


 アースの歩調に合わせるよう、少し速足で進む。今身に着けている武器は、拳銃一丁とナイフだけの貧弱な装備のみ。ゴミ一匹相手に不覚を取ることはまずないが、何人かまとめて来られると処理しきれないかもしれない。だが、アースなら生身の人間が何人こようが関係ないだろう。

 強力な護衛が傍に居れば、ゴミが大勢いるとされる区画でも安心して歩ける。猟犬に感謝するのは癪だが、事実は事実と認めなければ。


「……と思ったが、護衛は必要ないか」


 飢えた獣は恐ろしいが、満腹な獣は大人しい。昨日戦争があったばかりで、そこらには敵味方、あるいはゴミたちの死体がゴロゴロ転がっている。おかげで連中餌には困ってないらしい。いつもは野犬のように通りをうろついている奴らが、今日は姿が見えない。ゴソゴソと動く音もしない。聞こえるのは遠くからの、工場の稼働音だけ。

 あの気持ち悪い連中のことだ。ゴミにお似合いの、薄暗く汚らしい住処にこもって人肉をむさぼっているんだろう。


「何が起きるかわかりませんから、警戒はしておくべきです」

「そうだな。するにこしたことはない」


 頭も残党が居る可能性がある、と言っていたし。もしも不意打ちで殺されたりしたらこれまで拾ってきた命がもったいない。

 改めて気を張りながら通りを歩き続け、ゲートの前まで到着した。


「こりゃひどいな」


 鉄壁と思っていたゲートだが、大量の爆薬で強引にこじ開けられたのだろう。見事にぶっ壊されている。おかげで外からの風が吹き込み放題だ。これはさっさと修理しないと、コロニーが外の土で汚染されてしまうだろう。

 持ってきたカメラを構えて、写真を一枚、二枚。角度を変えて、場所を変えて。といろいろ撮って、これくらいでいいだろうとカメラをしまう。


「そういえば、ここはお前と最初に会った場所だったな」


 なんて、どうでもいい。いや、どうでもよくはないが、今は関係ないことを思い出して呟いてみる。

 整備不良に助けられたあの日がすべての始まりだ。殺し合って、逃げても追いかけてきて、背中を預けて共闘した挙句、護衛についてもらっている。


「ええ。そうですね」

「最初は殺し合う間柄だったが、今はこうだ。人生どうなるかわからんもんだ」


 自分でも無意識に、こいつが近くにいることを当たり前として受け入れている。周りの都合に振り回されて、自分の人生を思うとおりに生きられないのは実に不愉快なことだ。だが、それも仕方ない、どうしようもないと諦めて受け入れなければならないのだろう。

 心の安定を図るなら、それが最善だ。


「はい。私も今まででこのような事態は初めてです」

「嬉しくない初めてだな」

「そうですか。ではもらってうれしい初めてとは?」

「キスとか処女だな」


 ロマンがある。と言っても、はじめての相手なんてしたことがないし、この先相手をすることもないだろう。街で客を求めてる女に初めての奴が居るわけがないし、それ以外の女とは全く縁がない。そういうのは本の中で見るだけ。しかし、手に入らないからこそロマンがあるのだ。


「差し上げましょうか?」


 とはいえ、さあどうぞと言われても困るのが現実。


「ご主人様に散々可愛がられてるんじゃないのか」

「ええ、はい。飽きられるほどに。ですがこの体では初めてですよ」

「そうか。だとしてもお前のはいらん」

「魅力的ではありませんか」

「それは否定するが、後で何があるかわからんからな」


 魅力的ではあるが、後で何を要求されるやらわかったものじゃない。タダほど恐ろしいものはないと聞く。『うちの女に手を出したな、死ね』という展開はないだろうが、『飼い犬になれ』と言われるくらいはあり得そうだ。

 自殺願望者でもあるまいに、地雷が埋まってるとわかってて、そこに突っ込む馬鹿が居るか?


「後で何も要求しないという保障があればどうでしょう」

「口約束でも念書でも、何の保障にもならんだろ」


 信用できる相手……エーヴィヒ個人ならともかく、ご主人様が一切信用できない。素性も不明、行動原理も不明、わかっているのは戦前からの独裁者であり、エーヴィヒと同じように死んでも生き返るということだけ。

 独裁者に約束が何の強制力を持つというのか。


「そこまで食い下がられるとかえって罠にしか思えん」

「そうですか。私はあなたのことを興味深く……好意的に、とも言い換えられます。そう思っているのですが」

「何度も殺されてて? 余計に気味が悪いぞ。頭おかしいんじゃ……いや、おかしい奴だったなお前は」


 俺が知る以上の回数を死んでいるのだろう。その中には、想像しがたいほど凄惨な死に方も経験しているのだろう。こいつから聞いた話が正しければ、そのすべてを記憶しているはず。おかしくならないはずがない。むしろこうして理性的に会話できていること自体が、おかしなことだ。


「否定はしません。もともとの人格は壊れたので破棄し、新しく作り直したので」

「ゴミを捨てるみたいな気軽さだな」

「ええ。その程度のものです」

「その程度のものか」


 なるほどやっぱりおかしな奴だ。環境からしておかしな奴なんだから、仕方ないか。


「話はこれくらいにして。違う場所へ行こう。まだ被害を受けた場所はあるからな。昨日のお前が死んだ場所とか」


 あそこが一番の激戦区だった、と聞いている。一番の大物が来たんだから当然と言えば当然だろうが。


「待ってください」


 ぬっと目の前に突き出された機械の腕。その直後に、発砲音。キンッと目の前で火花がはじけた。

 思考が戦場のそれに切り替わる。発砲音の方向を見ると、ライフルを構えた誰か。つまり敵だ。襲撃に失敗したと見るや、次弾も撃たず背中を見せて逃げ出した。


「エーヴィヒ」

「わかりました」


 言わずとも伝わったらしい。一瞬で加速する鉄塊。敵は路地に逃げ込むが、瓦礫に足を取られて機敏には動けない。しかしアースは瓦礫など跳ね飛ばして進み、あっという間に追いついて捕まえた。


「馬鹿な奴だ。アースが居るのに撃つか、普通」


 右を見ても左を見てもおかしな奴しかいない。もしやこの世界はおかしな奴こそが普通なんだろうか。だとすれば普通とはいったい何なのか……いや、考えても仕方ない。

 頭の中を一区切りつけて、背負った通信機を使って頭に連絡する。


「もしもし。こちら足の32番クロード。いきなり発砲してきたアホが居たから捕まえた。残党かもしれんからとりあえず連れて帰る」

『なんだ、いきなりお出ましか。他にもいるかもしれん、区画は?』

「ああ。言い忘れてた、ゲート付近。大穴が空いてるから逃げられんよう見張っとくぞ、応援は早めに寄こしてくれ」

『わかった。すぐ向かわせるから待ってろ』

「あいよー」


 通信を切り、残党を捕まえて戻ってきたエーヴィヒに向き直る。逃げようともがいてはいるが、機械と人間だ。力の差は比べるまでもない。


「どうしましょう」

「逃げられないよう足を。暴れないよう手を折っておけ。監視するのも面倒だからな」

「ではそのように」


 直後、スモッグでおおわれた空の下に鮮やかな絶叫が上がる。たいして珍しいことでもないので、誰も出てこず。そのまま応援が来るのを待ち続けるのだった。

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