第28話 被害報告
息を吸って、吐いて。緊張をほぐしながら、シェルターに入る。怒られる覚悟を抱いて。
「頭、話がある!」
頭はいつも通り壇上に居て、頭を掻きむしりながら手を動かしていた。何をしているかまでは見えないが、ともかく忙しそうだ。声をかけるのが躊躇われるほど。
「……見ての通り忙しいんだ。手短にな」
「借り物のアースを壊した」
要件を伝えると、先ほどまでせわしなく動いていた頭が凍り付いたようにぴたりと停止し、そしてゆっくりと顔をこちらに向けた。怒るかと思いきや、無表情。いや怒りが頂点に達したらああなるんだろうか。
「……もう一度言え」
声のトーンも平坦そのもの。忙しく働いているところに水を差されたら誰しも怒るものだが、頭はそういうタイプじゃなかったらしい。いつもは短気なのに、珍しい。
しかしこれならあまり怒られずに済みそうだ、と安心して、さっきよりもハッキリと伝える。
「ミュータントから借りてたアースを壊した」
「馬鹿野郎!」
……期待とは、やはり裏切られるものなのか。残念。
「馬鹿野郎!」
「二回も言うか?」
「二回で足りなきゃ何度でも言ってやるこの大馬鹿野郎! このくそ忙しい時にナニ仕事増やしてくれてんだ、俺を過労死させるつもりか!」
「ああ、そのくらいで働けばいいと思うぞ」
別に頭が過労死したところで、別の誰かが引き継ぐだろうし。いや、昨日の今日で死人が増えるのはよくないな。仕事を終わってからにしてもらおう。
「てめえ上司に死ねって言うのか!?」
「この戦いでスカベンジャーが何人死んだ、アースが何機潰れた? たかがアース一機じゃねえか。気にせず仕事を進めようぜ」
「量産品とは違うんだぞ。連中の気分を損ねたらどうするんだ」
「連中との関係維持はソッチの仕事だろう、俺たちは足としてコロニーを守り切った。知っての通り犠牲もたくさん出てる」
俺たちばかり戦って、死んでいって。それはまあいい、足の仕事ってのはそういうものだから。だが、俺たちばかり働いて上司は義務を果たさない、というのは非常に納得がいかない。しかもその理由がただ面倒なだけというのは、重ねて納得いかない。これはもう信用を損なうどころの話ではない。俺たちは命を張って戦った、なら頭も自分を顧みず職務を果たすのが筋ではないか。それをしないというのであれば、頭がいる意味がない。潰して新しいのに挿げ替えるのも辞さない。後任はトーマスあたりが適任だろう。
だが、まだソレはしない。というか俺がやったら他の奴に殺される。せっかく拾った命をどうしてこんなクズのために捨てられるだろう、やるならエーヴィヒあたりをけしかける。そうすれば自分の手は汚さず、スカベンジャーからも死人は出ない。素晴らしいじゃないか。
「コロニーとお客様との関係と、どっちが大事なんだ?」
「優劣は付けられん。お前、連中がどれだけのアースを持ってるか知ってんのか?」
「知るか」
「俺も正確な数は把握してないが、骨董品を最低でも十以上だ。倍はいるかもな」
「……マジかよ」
しかし、嘘でもないか。アースなんて安いもんだ。今でもそうなんだから、戦前ならもっと安価だろう。歩兵用だから数をそろえて初めて役に立つものだし、一個発掘したならいくつもあってもおかしくない。
骨董品のアースが十や二十揃ってやって来る。そう考えたら恐ろしいなんてものじゃないな。今のコロニーの戦力で迎え撃てるものか。いや、迎撃はできるだろう。その後が大変だ。市民を押さえつけられるだけの武力がなくなってしまう。暴動が起きても鎮圧できなくなれば、コロニーは瓦解する。
「ああ。マジだ。だから連中とはイイ仲を維持しておく必要がある……俺の苦労もわかれ」
「それはそれ。これはこれだ。心労で死にそうだって? 俺だって戦車砲の至近弾くらって死にかけたぞ。頭も命張ってくれないと、次同じことがあっても士気を保てない」
「めんどくせえ奴だなお前ら」
「誰の指示でめんどくせえ仕事やってると思ってんだ」
「……わかったよ。どうにか話をつけておく」
「さすが頭だ」
「そのかわりといっちゃなんだが。おーい、カメラを持ってこい! アイツに渡せ」
頭が声を張り上げると、奥の方から出てきたスカベンジャーにカメラを渡された。
「俺は見ての通り自分の足じゃ動けんのでな。あちこち見て、被害状況を写真に収めてこい。今は動ける奴には全員動いてもらわなきゃならんのだ」
「その程度ならお安い御用だ。じゃあちょっと行ってくる」
「ああ、待て。もう一つ。残党が居るかもしれん、見つけたら手足ぶち抜いてもいいから生け捕りにしろ。一人でできなきゃ区画を教えろ、人を出して封鎖する」
「了解ー」
カメラを手にしてシェルターを出ると、赤色のアースとエーヴィヒが待っていた。妙なことに今日は非武装、いや武装したアースでここに乗り付けたらスカベンジャー全員集合の大騒ぎで、たどり着く前にスクラップにされてるだろう。
「お疲れ様です。何の話をされていたのですか?」
「借り物のアースをぶっ壊したから、お客様に詫びを頼んだぞってな。お前は何をしに?」
「あなたのアースが壊れたと聞いたので、補充機の引き渡しに来ました。これはご主人様からの報酬です」
「……へぇ。珍しい。あの野郎もたまにはいいことをするじゃないか」
少しだけ見直した。ほんの少しだけだが。
「それとあと二つ。ご主人様はあなたを監視対象から外すよう、私に命令を出されました」
「結構なことだ。やましいことはないが、監視が続くってのは息苦しくてかなわんからな」
「これで最後になりますが、ここに居る『私』、個体番号381はあなたの所有物となります。これも報酬の内となります。不束者ですが、よろしくお願いします」
「前言撤回だ。余計なことしやがって」
監視がなくなったというのはまず嘘だろう。何かしたら密告されるに違いない……クソ、息苦しい生活はまだ続くらしい。
一人の暮らしが楽でよかったのに、どうしてこうなった。
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