第27話 戦争 後

 ローラー移動で指示された区画へと向かっていると、ノイズ混じりに悲痛な叫びが耳に入ってきた。


『……! 攻…が……じない! 弾かれ……る!!』

『こっちを向……! 逃……』

「バケ…ノだ! 勝てるわけない!』


 急に行きたくなくなってきた。だがこいつは仕事だ。仕事から逃げるわけにはいかない。というか逃げたところで最後には追い詰められて死ぬ。戦えばここで死ぬか、運が良ければ生き残れるだろう。

 逃げるか残るかは、前から撃たれるか、後ろから撃たれるか、どっちが好みかって話だな。どっちもごめんだが、どちらかを選ばなきゃならん。なら前から撃たれよう。死ぬときは苦しまないように願いたく、さらに欲張るなら無傷で生還したいもんだ。


 移動の間に腹は括った。あとは何が出てくるかが心底楽しみでならない。ああ、嘘じゃない。本当だとも。


「……で、付いてみたらこれか」


 そこにあるのは敵味方入り混じったアースの残骸と、真ん中に一つ居座る戦車。ああ、戦車だ。陸上最強の兵器だ。生半可な火器は一切通用せず、ロケットランチャーでも撃破が難しいほどの装甲。しかしアースを一撃で粉砕できる火力を持っている。

 ロケットは撃ちきってしまったし、エーヴィヒの大砲でも撃破は難しい。レーザーブレードならどうか? 近付いて、装甲の薄い部分を狙えばあるいは。問題は近づけないことか。近付く前に吹っ飛ばされるな。いやどうしたものか。


「げ、こっち向いたぞ。隠れろ!」


 思案していると砲塔が回転し、黒い眼がこちらを見据えた。

 俺とアンジーは即路地に飛び込んで難を逃れたが、反応が遅れたエーヴィヒの機体は、戦車砲の直撃を受けた。『残』るものが『無』いと書いて無残というが、まさに言葉の通りになっている。爆炎が舞い上がった後には、何も残っていなかった。

 アースを相手にするには過剰すぎる火力。至近弾でも行動不能になりうるだろう。


「アンジー、どうやって壊す?」


 建物に隠れて作戦会議開始。何か名案があれば是非教えてほしい。人肉食主義者なら人の脳みそも食ってるんだろう、その分知恵があるはずだ。


『思いつかないわねー。いい案があるなら言ってみて』


 残念ながら、そうでもなかった。落胆しつつ、他の案を考えるも、何も出てこない。


「俺たちの火器じゃ装甲を貫けないからなあ」


 手持ちの機関砲の口径は二十ミリ。どこを撃っても撃破は狙えない。潰すなら同口径の対戦車砲でも持ってこないと。


『レーザーブレードならどうよ』

「あれに近付けって? 無茶言うな」


 運動エネルギーじゃなく、熱エネルギーなら対策されてないかもしれない。だが、近づくには敵の攻撃を一発も受けないことが前提で、あまり現実的な案じゃない。とはいえ、他にいい案がないのだからそうするしかないか。もっと他に選択肢が欲しいな。


『二人同時に飛び出して翻弄するってのはどう』

「一発でも当たればお終いだな」

『引きこもってても何にもならないわよ』

「少なくとも死にはしない」

『一緒に出て、生きて帰れたら抱いてあげるってのはどう?』

「はは……あとが怖いから遠慮しとく。だが、まあ仕事だからなぁ。やらなきゃならん。どうせなら生きて帰ろうぜ」

『あら、行くのね。じゃあ三つ数えたら行きましょう……三、二、一!』


 二人同時に路地から飛び出して、敵に向かう。一瞬どちらを狙うか迷うようなそぶりを見せて、狙いを定めたのはこっち。被弾すれば即死、なので当たらないように蛇行軌道を取……

 発砲。着弾、閃光と轟音が五感を潰し、機体が制御できずに転がって、装甲で吸収しきれなかった衝撃に全身をシェイクされて、少しの間体が言うことを聞かなかった。


 しかし、それもつかの間、すぐに意識を取り戻して機体を立ち上げようと体を動かすが……重い。空洞の中で腕は動くが、それ以上は一切動かない。体が鉛になったようだ。ああ、違う。衝撃で頭もシェイクされて、思考が働かないせいで状況がわからなかったが、今ようやくわかった。

 俺のアースは撃破された。中身が死んでないってことは直撃はしてないんだろうが、それでも機体は死んだ。借り物なのに壊してしまったとは、なんともまずい。いや問題はそこじゃない。このままじゃまずい。追撃がないってことは、もう死んだ物と思われてるんだろうが、それならアンジーが狙われてるはず。じゃあ、あいつも死んだらどうなる?


「わからん。わからんが、まずいことだな」


 見知った同僚が死ぬのはもう勘弁願いたい。だが、壊れたアースの中にいてもどうにもならない。引きこもっていて何ができるというのだ。たとえ非力だろうと、生身だろうと、外に出なければ始まらない。

 外に出るために袖を抜いて、正面装甲を開くために押し上げる。が、なかなか開かない。いつもなら簡単に開くはずなのに、今回に限って開かない。被弾のせいで装甲が歪んでいるのか。だが、無理というほどでもない。力めば行ける。


「んぬぅ! どりゃあ!!」


 気合で、開けた。開けたらすぐに外に出て、戦車に向かって走る。幸い狙いはアンジーの方へ向いたまま。こっちは死んだものと思われていたのかノーマーク。自分に出せる最高のスピードで戦車に駆けつけ……途中転がっていた誰かの遺品のグレネードを拾って、飛びつく。飛びついた直後にもう一度砲撃が行われ、至近距離での砲声に意識をまた持っていかれそうになって。耐えて、よじ登る。コイツが動いてたらまずかったが、もう死んだ友軍たちが履帯を破壊してくれていたおかげでコイツは動けない。ここまでくれば、俺がヘマをしなければ勝ちだ。

 砲塔の上にまで上り詰めたらハッチを開こうとして手を伸ばしたら……開いた。中身と目が合った。拳銃を持っている。


「こっちの方が早かったな」


 ひゅっと抜き打ち。ナイフをこめかみに突き刺して殺し、死体を中に蹴り落とし、もう一個誰かからのプレゼントグレネードを放り込んで、飛び降りる。

 車内から悲鳴が上がったが、一つ爆発音がしたらすぐに静かになった。片付いた、とみていいだろうが、念のためにハッチを開けて確認しておく。中は血まみれ、動くものはなし。見るんじゃなかった。


「よし片付いた」


 煤まみれのアンジー機に向けて腕を振り、勝利を知らせる。残党が居るかもしれないが、それはまあ残る足の連中がどうにかしてくれると信じよう。

 借り物のアースを壊したのは……まあジャイアントキリングを成し遂げたんだ。頭だって大目に見てくれるだろう。きっと。

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