第25話 戦争(上)

 二週間と少しぶりの我が家は、いつもと変わらず肌寒く受け止めてくれる。薄着で居ると風邪を引きそうな温度ではあるが、毛布にくるまってソファ(ベッド)に横になって寝ると一番気持ちいい。このまどろみは何物にも替えがたい、最高の幸せだ。いつまでもこうして寝ていたい。


 しかしそんな幸せを満喫できたのはわずかな間でしかない。ドォォォォン、と、遠くで雷が落ちたような音がした。だが、雷とは違うとはっきりわかる。例えに使ったのは、そう思かったから。

 その少し後に、大音量のサイレンが鳴り響く。雷が落ちたくらいでサイレンが鳴ることはあり得ない。ああ、勘違いであってほしかった。


「……まったく。帰って早々仕事かよ」


 雷でなければ、砲声か爆発音だ。それも、とびっきり大口径の。記憶の中には、さっきのような大きな音を出すほどの大口径砲はこのコロニーでは見たことがないし、あったとしてもまず使われることはない。では、一体誰がそれを使うかと考えれば、心当たりが一件。

 ついこの前、羽のメンバーを大勢殺してくれた糞共だ。


「エーヴィヒ!!」

「……はい、なんでしょう」

「起きろ! 敵襲だ! 出るぞ!」


 呑気に床で眠りこけていた猟犬を叩き起こし、マスクとコートを壁からひったくって羽織り。エーヴィヒの分もひっつかんで投げつけて、地下のガレージへ駆け込む。一難去ってまた一難とはまさにこのこと。少しくらい……せめて丸一日、休む暇が欲しかった。


「一体どうしたんですか……」

「さっきも言っただろう。敵襲だ。具体的に言うと敵性コロニーからの侵略だ」


 眠そうに眼をこすりながらも、しっかりついてきたエーヴィヒに説明する。


「なぜそうと判断したのですか」

「音だ。スカベンジャーの基本装備の中に、あれほどでかい音が出る武器はない。しかも俺たちはこの前よそのコロニーの連中と殺し合って、逃げてきたばかりだ。たぶん尾行されてたな」


 追撃を振り切ってそれで終わり、と安心していたが、安心ではなく慢心だったようだ。それだけならまだしも、まさか帰宅してすぐに仕掛けてくるとは。どちらもまったく予想外。だが、予想外はこれで終わり。状況は把握できたなら、あとは足の仕事だ。


 アースに端末をつないで、チェックを開始。その間に頭へコールする。


『こちら頭。誰だ』

「こちら足の三十二番、クロード。敵襲の報告は?」

『ついさっき受け取って、各部門のリーダーに迎撃態勢を整えるよう命令した。すぐにトーマスから各部署に指示が下るはず。俺は忙しい、切るぞ』

「了解」


 頭は状況を把握できている。なら、あとは楽しいお仕事の時間だ。働きたくない。


「チェックリストに問題なし」


 正面装甲を開き、足をかけて背中から落ち込むように機体へ乗り込んで、『袖』を通して電源を入れる。機体の内側にセンサーを内蔵したクッションが広がり、体に密着する。

 すぐアースを立ち上がらせて近くの壁に立てかけてある武器を手に取り、スロープを昇って外に出る。エーヴィヒも後を続く。

 今回の武装は死都探索時の装備、シールド・ライフル・機関砲・ランチャー・ブレード二種に、肩乗せ機関砲を追加した対装甲用の重装備。敵の戦力はアースと装甲車のセットが主力だろうと判断してのことだ。

 エーヴィヒの機体はライフルとブレード、折り畳み式の大砲の三点だが、あっちに火力的な問題はない。大砲の口径は四十ミリだし、装甲車でも駆除できる。


『クロード、起きてるか』

「起きてる。もう服を着て表に出てるぞ」

『結構。アンジーと合流してE3区画へ向かえ。お前らの担当はそこだ』

『はーい、おはよう。それともこんばんはかしら』


 トーマスからの連絡直後、アンジーのアースが隣の家から出てきた。あちらはライフルとブレードのみの軽装備。あちらも、前と同じ装備だ。


「そんな装備で大丈夫か?」

「前はこれで問題なかったわよ。それじゃ、今から私はあんたの下に入るわ。コロニーの中は足の方が詳しいでしょう?」

「じゃあいいんだ。トーマス、合流した。これよりE5区画へ向かう」

『了解。支援が必要なら言ってくれ。余裕があればそっちに回す』


 アンジーと、猟犬と、俺と。アースが三機で一個小隊。アンジーは一人で十人分の働きはしてくれるから、三個小隊分の戦力があるってことで。で、俺と猟犬は普通の量産機より少し性能がいいから、その分で。全部で一個中隊分の戦力か……悪くない。おまけにこっちには地の利がある。多少相手の数が多かろうと、なんとかなるだろう。


「たぶん支援はいらんな」

『そうか。なら他の場所に回す。死ぬなよ』

「こんなとこで死んでたら、とっくに死んでるぜ。心配するな」

『じゃあ俺も出る。何かあれば呼べ。生きてたら応答する』

「おう、じゃあな」


 とはいえ、油断は禁物。猟犬との殺し合いも、相手の油断に付け込んで勝ち取ったもの。それはあらゆる勝機を台無しにするのだ。死にたくなければ決して、気を抜くべきではない。


「さて、戦場へ急ぐぞ」


 アースの踵を踏んで、加速。三機が一列になって街道を直進する。今回も生きて帰れるといいんだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る