第24話 帰宅

「よう、お帰りクロード。旅行の土産は何だ?」

「素晴らしく楽しい旅行だった。もう二度と行きたくない」

「そんだけ?」

「土産話って言うだろ」


 すっかり不法侵入されるのがデフォルトになっている我が家だが、俺にはプライベートなど存在しないのだろうか、と疑問に思いながら。人のベッド(ソファ)に堂々と腰掛けている上司に感想を伝えて、押し退ける。そこは俺の場所だ、と。


「ところでトーマス。猟犬を見てないか?」


 自分の居場所を取り戻した後に尋ねる。奴には聞かねばならんことがある。本当に不意で死んだのか。それとも俺をあそこで死なせるためにわざと死んだのか……前者だと思いたいものだが、現実とは常に希望を裏切るものだ。

 もし故意になら、もう一度羽の仕事に出ないといけない。出たくないが。


「ああ。それなら地下ガレージに居るぞ。ここで待ってたが追い出した」

「ありがとう。しかし、なかなか怖いもの知らずだな」

「アレはご主人様に逆らうものを殺すだけ。あいつ自身なら多少雑に扱っても問題ない」

「度が過ぎればあいつも怒るぞ」


 実際怒らせた俺が言うのだから間違いない。本気で怒らせたらどうなることやら。いやしかし、あの時は少しばかり軽率だったな。ストレスが溜まっていたとはいえ、自分の命をベットしてまで怒らせる必要はあったかどうか。いやないな。あれは俺が馬鹿だった。


「怒ったところで大したことはないだろ。お前で勝てるんだからな」

「まあ腕は大したことないな。機体性能が少しいいのと、武器が厄介なだけだ」


 ライフルは汎用武装、こちらのものと同じような性能だが、特注品がやばい。ブレードも大砲も、当たれば即死だ。仲間であれば頼もしいが、敵に回せば恐ろしい。

 敵に戻ったか、中立のままかを確かめるために、詰問せねばならん。


「一人じゃ不安だ。ついてきてくれ」

「いいぜ。行こう」


 二人で地下のガレージに降りる。ドアを開いてフロアを見渡し彼女の姿を探すと、居た。赤い機体の下で、じっとうずくまっていた。ドアを開けた音にも反応しないので、寝ているのだろうか。言えば毛布の一枚くらいなら貸してやるのに……て、奴が来たときには俺はまだ帰ってなかったな。

 休んでいる彼女には悪いが、話をするには起きてもらわないといけない。


 ここでふと、悪い、と思うほど猟犬と仲が良かっただろうかと自分の認識を掘り返してみる。


「一度背中を預けて信頼したか。いかんな」

「何か言ったか?」

「独り言だ。気にしないでくれ」


 敵ではないが、味方でもない。信用してはいけない。眠る彼女に近寄って、肩をゆする。


「ん……? おはようございます」


 赤い眼が薄っすら開かれ、こちらを見つめ、少しの間を置いて眼前に立つのが誰かを認識した。


「早速だが、質問がある」

「なんでしょう」

「撤退戦の時、いきなり死んだのはわざとか?」

「……おそらく、いいえ」

「おそらく、というのはどういうことだ。自分の事だろう」

「説明させていただいても?」

「言ってみろ」

「まず一つ。あなたと共闘した私と、ここに居る私は別人です。あなたと共闘した私は、ここに居る私ではありません。

 そしてもう一つ。記憶は引き継がれていますが、遠隔地のため記憶の転送が上手く行かず、その部分は憶えていません。ですから断定は避けました。

 最後に、あなたを害する命令は受けていませんので、故意に死んでコロニーへの脅威を放置するという選択はあり得ません。疑惑は否定します。納得していただけましたか」


 記憶を転送するって、頭の中に何か埋められてるのか。ご主人様も悪趣味なことをする。

 それはともかく、これで一つの疑問と一つの懸念が解消された。死人が歩いているわけじゃない、とわかれば気持ち悪さも少しは薄れる。懸念していた寝返り(元は敵側だが)も気にしなくていいとなれば、今夜は久々に安心して熟睡できそうだ。


「十分だ」

「ではもう一つ。おかえりなさい、よく生きて帰ってきてくださいました」


 急に丁寧な挨拶をされて困惑する。はて、こいつはこんなことをするような奴だったか、と。初対面で人を殺そうとするやつには見えないが、実際そうなんだから、余計混乱が加速する。


「……ああ。ただいま」


 長旅の疲労で鈍った頭では、その言葉を返すのがやっとだった。


「なんだお前ロリコンか?」

「とんでもない。何度も殺し合った相手だ」

「喧嘩するほど仲がいいって言うだろ」

「殺し屋相手に丸腰になれるとでも?」

「見た目は悪くない」

「それには同意する」


 彼女は……俺が知る女の中で一番美しい。それは認めよう。事実は正しく認識するべきだ。だが。


「お前は殺し屋の前で丸腰になれるか?」

「無理だな」

「だろ?」


 そういうのは気分が大事だ。いくら相手が美人でも、やる気にならなければモツも起きない。モツが起きなければナニもできない。


「変われるもんなら変わってくれ。美人は好きだろ?」

「残念だが守備範囲外だ」

「こっちも残念」


 面倒ごとを押し付けられるチャンスかと思ったんだが。本当に残念だ。


「ところで。俺もお前に一つ聞きたいことがあったんだ、思い出した」

「どうしたトーマス」

「アンジーは無事なんだろうな」

「無事だ。頭への報告が終われば、酒飲みにうちに来ると思う」

「おう。そうか」


 報告はあらかた済んでいるから、そんなに時間はかからないはずだが。たぶん、そろそろ来るんじゃないだろうか。

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