第23話 閑話

「全十五機中、九機が未帰還。装甲車への被害は、足回りの損傷がいくつか。コロニーへ戻れば修理は可能……手ひどくやられたわねぇ」


 なんとか敵の追撃を振り切って、生き残りを車内に格納し、敵にもある程度の損害を与えたとはいえ、部隊は壊滅状態。相手がどれほどの規模かもわからない以上、勝敗はこちらの被害から判断する他なく……結果は惨敗と言えるだろう。


「いい方に考えよう。皆殺しにされた上で装甲車も奪われました。という結果よりはマシじゃないか?」

「一個中隊が一個小隊に早変わりしましたなんて、どうして報告したくなるものかしらね?」

「俺たちが死ぬ代わりに、リーダーが胃を傷めるだけ。これほどありがてえ話もないな」

「帰ったら酒飲んで忘れようぜ」

「あんたたち……帰ったら指一本齧らせなさい」

「自分から戦力低下を進めるとは恐れ入った」


 などと皆でアンジーを茶化して慰めてはいるが、各々の顔には憔悴が見て取れる。つい先日まで狭い車内で缶詰にされながら、どんなお宝を見つけられるかと期待に胸を膨らませていた同僚たち。その半分以上が、一時間足らずの戦闘で鉄の棺桶に抱かれて死んでいったのだ。

 新入りの俺でも少しは惜別の情を抱くのだから、以前から行動を共にしていたメンバーならもっと辛いだろう。それを隠して上司に話しかけるとは、アンジーはいい部下を持ったものだ。


「あの状況じゃ最高の結果だよ。頭もわかってくれるさ」


 誰かの言に深く頷く。本当に、よく生き残れたものだ。あの状況じゃ全滅していてもおかしくなかった。それをなんとかこれだけ生かして戻れたのは、アンジーの指示と戦闘力あってのものだろう。銃座から援護していたときに見ていたが、一人で敵の前衛に突っ込んでめちゃくちゃにかき回して、それで生還してきたのだから恐ろしくも頼もしい。あれを見れば、アンジーが羽のトップに立つにふさわしい実力者であると、誰もが認めるだろう。


「頭の裁量がどうなるかは知らんがな」

「人が減って空調の利きがいいんだ。寒いことを言うと凍え死ぬからやめてくれ」

「私の肝も冷えるわ……はぁ。生き残れただけ幸運だったと思わないとやってられないわ」

「いいや、事実その通りだ。生き残れただけ幸運、その幸運もお前のおかげだアンジー。お前が暴れてくれたおかげで俺たちは助かった」

「……いやね、照れるじゃない。褒めても何も出ないわよ。お礼に溜まってるのを出させてあげてもいいけど」


 褒められることに慣れてないのか、顔を赤くして露骨な下ネタに走った。何にせよ元気を取り戻したのはいいことだ。上司がへばってたら部下もつられて士気が下がる。いや既に下がり切ってるから少しでも上げてもらわないと、帰るまでに鬱になって自殺でもされたら、始末が面倒で困る。

 いや、自殺者が出てもアンジーが美味しく食べてしまうか。なんだあまり困らないじゃないか。不思議。


「やれることはやった。そう主張すりゃ、お前相手だ。頭もそう重い処置も出さんだろう。お前、足の連中になんて呼ばれてるか知ってるか?」


 もう一手、気分を盛り返すための矢を放つ。


「なによ。その言い方だとあまりいいようには聞こえないけど」

「コロニーで一番恐ろしい女」

「いいわ、望み通り殴り殺してあげる」


 笑顔で立ち上がったアンジーを、周りの羽たちが抱き着いて制止する。貴重な生存者をわざわざ減らしてどうすんだ、と。しかし怒らせるのが目的だから、それでいい。怒れば少しの間はそれだけに意識が集中して、いやなことは忘れられる。

 もう少し口がうまけりゃ他のやり方もあったかもしれんが、俺にはこれが精いっぱいだ。許してくれ。


「どうどう、俺が言ってるわけじゃない」

「じゃあ誰が言ってるの」

「トーマスとか」


 実は俺も言っているのだが、殴られて喜ぶ趣味はないのでスケープゴートを差し出すことで回避する。すまないトーマス。俺の身代わりになって殴られてくれ。そう心の中で謝ってよしとする。

 あいつはたぶんマゾだから喜んで殴られてくれるだろう。実際のところどうかは知らんが、たぶんそうに違いない。


「……帰った後の予定が決まったわ」

「まあそのくらい腕が立つって見られてるんだ。今戦力が低下するのは避けたいはずだし、心配するだけ無駄骨。気軽に構えよう」

「はぁ。ありがとう、少しは元気が出たわ」

「おう。凹んでるお前はらしくないからな。上司なら胸を張れ」


 もっとも、どこかの猟犬とは違って張るまでもなく胸はパツパツだが。何を食ったらそんなにふくよかになるんだか。やっぱり肉を食ってるからか?

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