第21話 押すか退くか
結局敵のおかわりに出会うことはなく、無事に拠点代わりの装甲車まで戻ってこられた。アースを格納車両に置いて居住車両に移ると、すでに話し合いが始まっているようで、狭い場所ながらガヤガヤと騒がしい。あちこちで早口でまくし立ててるせいで、会話の内容が拾えなくて困る。どういう方向に話が進んでいるのかわからないため、アンジーを見つけ話を聞くことにした。
「アンジー、今どうなってるんだ? 話の内容がよくわからん」
「おかえりなさい。今は被害報告が済んで、退くか押すかの話になってるわ」
「被害はどのくらい?」
「全十五機中三機が未帰還。戦闘で軽く損傷した機体が二機」
被害が軽いのか重いのか、いまいちわからないが。表情からすると深刻な感じがするのでたぶんそうなのだろう。
「出るかもしれない、とは思ってたから警戒はしてたから、被害は少ない方なのかもねぇ……」
「そうか……で、どうする。ほっといても話はまとまりそうにないが」
「私が一声出せばこの場は決まるけど、後のことを考えるとマズイのよねぇ……このクッソ狭い車の中で缶詰になって皆イライラしてるから、下手に権限使って押さえつけたら反発するでしょう。だからなるべく話し合いで解決させたいの」
「普段からは考えられんセリフだな」
俺の話なんて全く聞かないくせに。
「そこは仕事だから」
「公私は分けるって? ……まあいいや。で、お前はどっちだ?」
「もちろん撤退したい」
「俺もだ。で、一つ提案なんだが、ここは多数決で決めたらどうだろう」
耳に入る言葉から暴言を除いて、退くか押すかの意見を拾うことに集中すれば、どうも撤退したいという意見の方が多く感じる。そこへ俺とアンジー二人の数が加われば、数は確実にとれる。エーヴィヒはどうか知らないが……たぶん残りたいとは言わないだろう。
多数決で負けても残りたいという奴がいれば置いて行けばいい。
「あれ、エーヴィヒは」
「あの白い子? 一緒に戻って来たんじゃないの?」
「そうだが。まだ格納車両か」
あいつが居れば三人。四分の一を取ったことになるから、残りも合わせれば過半数を大きく上回るはずだ。撤退に反対派も文句は言えまい。
狭い車内に密集する人をかき分けて、もう一度格納車両に戻る。
「抵抗すんなよ……!」
「……! ――!」
男に押し倒されて衣服を剥がされ、今まさに犯されようとしているエーヴィヒが居た。必死に抵抗しているが、成人と華奢な少女だ。体格差からして、放置しておけばそのままヤられるのは時間の問題だろう。
これが猟犬じゃなけりゃ、めんどくさいから見逃したんだがなぁ。大事なお目付け役に何かあれば、後に自分の身に何が起こるか考えるだけで恐ろしい。
「はいストップー」
お楽しみに夢中になっていて、扉を開けても気が付かなかったので手を叩いて自分の存在を知らせる。
「!? な、なんだ邪魔すんなよ!」
「クロードさん、丁度いいところに。助けてくれませんか?」
「狭い車内に長い間缶詰で溜まってるのはわかるが、発散するなら別の奴にしろ。加えて言うなら今はそんなことしてる場合じゃない。タマが惜しけりゃその汚い玉を今すぐしまって話し合いに加われ」
「ご、五分だけ待ってくれ。なぁ、頼む」
「イエスかノーか。さあどっちだ早漏野郎」
銃をちらつかせて脅す。駄目なら弾をくれてやる。アンジーも理由を話せばわかってくれるさ、なにせ部隊全員が命の危機に対してどう対応するかで揉めているのに、一人だけ天国へ旅立とうとしてる屑だ。連帯感の欠片もない、部隊の癌になりうる人間なんて排除されて当然だろう。
「……くぅ。わかった」
「わかってくれて何より。エーヴィヒもさっさと服を着て戻れ」
「ありがとうございます」
礼は聞き流しておいて、未練がましくエーヴィヒを眺めるスカベンジャーのケツを蹴り上げる。恨まれるだろうが、コロニーに帰ったらまた足に戻るつもりでいるから全く問題ない。
「オラ、全員が死ぬか生きるかの決断なんだよ。部隊の一員の自覚があるなら急げ」
「くそ……」
服を着た二人を連れて戻る。
「トラブルがあったが連れてきたぞ」
「ご苦労様。じゃあ全員話を聞け!! これから撤退か敵の殲滅かで多数決を取る。少数の者たちは黙って多数の意見に従うこと! また二択のどちらにも挙手しない者は数に入れない! では、殲滅派は挙手!!」
一、二、三……四人。意外と少ない。いや、声の数からしてこんなものか。
「次、撤退派!」
残りの全員が手を上げる。数えるまでもない。圧倒的多数で撤退派の勝利だ。よし、これで家に帰れるぞ、と心の中でガッツポーズを取る。ただ家に帰ってもエーヴィヒの監視は続くので、愛しい我が家であっても居心地は以前ほど良いものではないだろう。
ああ、悲しい。
『警告! 周囲に敵の反応多数! 包囲されている!』
「最悪のタイミングだな」
周囲にざわつきが広がる。が、ここでアンジーがもう一度声を上げる。
「野郎ども! 撤退戦だ! 全員アースに乗って出撃!」
あれこれ考えず、命令には従おう。急いで出れば、包囲突破の芽も出るだろう。もう一度アースの格納車両に移動し、早速自機に乗り込む。
「システムチェック……異常なし。バッテリー残量はちょっと出るだけなら十分か。アンジー、弾の補給がまだでランチャーが使えない」
「補給してる暇はないわ。ライフルで不安なら二十ミリマシンガンを使いなさい。死んだ奴のが残ってるから」
「了解」
ライフルと同じ口径で、ライフルよりも連射がきくが、扱いも難しい。だが撤退戦で精度を求める必要はない、弾幕を張って敵の追撃をしのげれば十分役に立つ。壁にたてかけられているマシンガンを取り、弾を装填する。
「扉を開け! 出るぞ!」
さて、生きて帰れるか不安だが、やらねばどのみち死ぬのだ。だったらやるしかないだろうと、盾を構えつつ表に出る。
ガン、と早速装甲に何かがぶつかる音が。しかも盾には穴が。銃弾が撃ち込まれて貫通したが、装甲で止められたのか……持っててよかったな。これがなければ即死だった……本当に、生きて帰れるだろうか。
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