第20話 遭遇戦

猟犬と二人で死都を探索しはじめて何時間か。適当にぶらついて地図の空白を埋め。あらかた埋め終わったので、近くの廃墟に目を付ける。探索と命令されていたが、別に漁ってもいいだろう。バッテリーには余裕もあるし。

 廃墟の入り口をふさぐ瓦礫をアースの腕で押し退ける。生身ではとても退けられそうにないサイズでも、アースならば軽々と。戦闘で重い武器を振り回せるのなら、重機としても十分に役に立つのは自明の理だ。


「ご開帳」


 ゴトリと音を立てて、扉が開く。中は埃が積もっているが土の流入は少なく、使えるものがありそうな気がしないでもない。経年劣化に負けていなければ、だが。

 結構な広さがある内部を探索してみる。原型のない、食品だったものを並べる棚。さび付いた缶詰。経年劣化で表面が脆くなり、持ち上げるだけで外装が割れる電化製品などなど……品ぞろえから察するに、戦前は百貨店だったのだろう。今はもう見る影もないが。


「使えるものの二つや三つありそうだな。アンジー達も呼ぼうか」

「待ってください」

「なんだ」

「アースの駆動音が接近中。数は、五つ」

「敵か、仲間か。どっちだ」

「仲間ではありません。解散前に取得した音のパターンのいずれとも異なります」

「じゃあ敵か……面倒な」


 瓦礫を動かした音を聞きつけられたのだろうか。だとしたら、早まった真似をしたな……ちゃんと上司の言いつけを守ればよかった。しかし、敵に察知されてしまったなら仕方ない。ヤルしかない。


「どうなさいますか?」

「上司の方針に従う。物陰に隠れるぞ。奇襲で数を減らす。手伝え」


 幸い入り口は一つだ。入ってきたところにランチャーの弾を全部ごちそうしてやれば、一人二人はやれるだろう。猟犬の大砲があればもう一人。うまくいけば一度で三人だ。そのあと一対一、もしくは二対三に持ち込めば勝ち目もある。

 ……しまった。無意識に猟犬をアテにしてしまった。ご主人様の犬は潜在的な敵だというのに、頼りにしてもいいものか。


「わかりました」

「頼んでおいてなんだが、後ろから撃つなよ」

「裏切って、利がありますか?」

「一人の犠牲で俺を殺せば、資源の節約になるだろう」

「いいえ。私でもあなたでも、敵に捕まれば尋問を受け、コロニーについての情報を絞り出されるでしょう。それはご主人様の『コロニーを守る』という義務に背きますし……恐怖はなくとも痛覚はありますので、尋問は受けたくありません。ですから、ここは信用していただけると」

「今だけは、信用しよう」


 信じる者は足元をすくわれるが、この状況では信じて裏切られるのも信じないのも同じ結末になる。とすれば信じるほかない。

 柱の陰に隠れて、ランチャーと頭部だけ覗かせて、あとは待つだけ。

 心臓が高鳴る。これは恋ではなく、闘争への恐怖から。久々に遭遇する命の危機に対しての動悸。全くついてない。ご主人様に目を付けられて、嫌になって逃げ出した先で、今度は他所者とのエンカウントとは。


「地獄から逃げた先はまた地獄。天国はどこにあるんだか」

「死ねばよいのでは?」

「死ぬのはベッドの上でと決めてるんだ。さあ来たぞ」


 うちのコロニーと同じような量産型の機体が五機。武装はランチャー、ライフル、ブレード、シールドとオーソドックスなものだ。それだけに厄介。先手を打って潰さねば、こちらが圧殺されるだろう。


「エーヴィヒ、という名前だったよな。確か。用意は?」


 信じるに足る相手なら、それは仲間だ。猟犬という呼び方は、敵としてのもの。仲間であれば名前で呼ばねば、相手からの信用は得られない。


「合っていますよ。こちらはいけます」


 では、とランチャーを九発全弾発射。今回使用の弾は全てHEAT成形炸薬弾頭、直撃すればお終いだ。シールドで防がれても腕を吹っ飛ばすだけの威力を持っている。まったく爆薬は素晴らしいな。

 白い尾を引き飛んでいく九発の砲弾。一秒と経たず、着弾。炸裂し、衝撃で土埃が舞い上がる。少なくとも一機は落としただろう。

 今度は盾を前に、舞い上がった埃の中を前進する。


「カバー!」

「了解」


 何度か狙われたことがあるが、今その砲口が向いているのは俺じゃなく、敵だ。その口径を知っているだけに、威力は信用できる。

 ライフルよりもはるかに大きな轟音が響き、埃の向こうで一機が吹き飛ばされた。アースの装甲で防げるのはせいぜい二十が数発まで。三十以上となれば直撃で撃破は確定だから、残りは三。

 ランチャーは使い切ったし、ライフルじゃ荷が重い。ということで、嫌いで嫌いで仕方ない白兵戦だ。何が悲しくて恐ろしい相手に接近しなきゃならないのか。そう胸中でぼやきながら瓦礫の山を踏み越える。


「一匹は獲れるが後はわからんな」


 ブレードとシールドを構えて。突撃している間、銃弾が盾を叩く音がする。相手は奇襲を受けた上で、視界が悪い中でもこちらに正確に捉えて反撃できるほど練度が高いそうだ。そんな相手に正面から殴りかかるなんて、やりたくないが。相手はもう目と鼻の先。やるしかない。


 狙うのは一番手前の敵。ブレードを上段に振りかぶり、頭を叩き割るように下ろす。軌道がわかりやすく、防ぎやすいが避けられない一撃を、盾で防がれる。反撃に横一文字に振るわれるブレードをこちらもシールドで受け止め、拮抗するが、それでよい。受ける角度を変え刃をずらして懐にもぐりこみ、シールドの裏に付いたレーザーブレードを起動して、胴に刃の先端を突き刺す。

 光学兵器は実体剣と違って、速度が乗っていなくても破壊力は変わらないのが利点だな。

 黒く塗装された装甲に赤い点が刻まれて、ブレードを防ぐ腕が落ちた。残りは、とすぐに視線を動かす。視界外、いや探知範囲内ではある。背後からの接近を知らす警告音。

 迂闊、一人に気を取られすぎて、後ろを取られた。


「くそ!」


 ローラーを使って素早く反転し、突き出されるブレードを防ごうとして、こちらのブレードを弾き飛ばされる。追撃を盾を振りかざして耐えるが、これでは攻撃ができない。と、思っていたが、ここでもう一度砲声が響き、敵の機体に大穴が空く。


「片付きました」


 ほう、と安堵の息を吐きエーヴィヒの方を向く。片手にブレードを、もう片方には大砲を持ってこちらを見ていた。傍らには胴に深く切り込みが入ったアースが一機。シールドごとばっさりやられている。

 そういえば、彼女の剣は妙なギミックが付いていた。それを知らずに防いだら、ガードの上からバッサリいかれたというオチだろう。


「俺が二、そっちが三か」


 スコアで負けた。競ってるわけじゃないが。


「共同一ということで。以前私を殺した武器は、ソレだったんですね」


 隠しておきたかったのだが、見られてしまったものは仕方ない。次に殺し合いをするときはうまくやろう。


「貴重な骨董品の一つだ。それより、応援が来る前に撤収するぞ」

「異論ありません」


 その前に、アンジーに報告せねばと、無線をつなぐ。


『こちらアンジー。どうかした?』

「余所者と接触して、殲滅した。一旦装甲車に戻る。詳細は戻ってから話す」

『ああ、そっちにも居たの。ちょうどこっちも三人ほど殺したから警告を入れようと思ってたのだけど、必要なかったようね。いいわ、他のメンバーにも撤収の指示を出す。敵と間違えて撃たないように』

「了解」


 時間が許せば死体を漁っておきたいところだが、レーザーブレードが電気を馬鹿食いしたせいで時間も余裕がない。寄り道せずに戻るとしよう。

 マップを開いて、装甲車までの最短ルートを選択。指示に従って走り出す。

 ここ最近はやたらと不幸が続くが、いつになれば幸せが訪れるのだろうか。神様なんて信じちゃいないが、祈るのはタダだし、寝る前にでもやってみるか。

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