第19話 犬との散歩
何度寝て起きて、飯を食って、また寝てを繰りかえしたことか。あまりにも退屈すぎて気が狂いそうになっていた頃合で、ようやく目的地に到着したとアンジーに告げられた。
ああ、ようやくか、とため息交じりに伸びをし、固まった体をじっくりと解してから格納車両に向かう。他の羽のメンバーはすでに機体の準備を済ませて、次々車の外へ出ていっている。
「ふうむ。行くか」
アースに乗り込み、機体の自己診断を開始。異常なしとモニターに表示されたら、機体を動かして外に出る。個々から先は死の世界、気を引き締めて行こう。
そう、思っていた。
「……」
目にした光景に、絶句する。このこみ上げる気持ちをなんといえばいいのか……ああ。そうだ、感動だ。感動に言葉が詰まってしまったのだ。
天にかぶせられた蓋は取り去られ、紺碧の空の中心に太陽が力強く輝く。何年振りかに見る本物の光は、モニター越しでも俺の目には強すぎて、目を細めた。ずっとスモッグ越しにしか見ていなかったせいで、これほど眩しいものだったというのを忘れていた。
目線を下せば、今度は深緑。数えきれないほどの樹木が空に枝葉を伸ばし、光を全身で吸っている。コロニーの周囲では一切見られない光景。人が生きるために集まるコロニーでは、草木は育たず。人が生きられない場所では、こうして自然が大繁殖している。不思議なことだ。
モニターの端に放射線の警告が出てるし。
「綺麗な場所だから見とれるのもわかるけど、仕事は仕事。気を引き締めなさい。ここから先は、木が邪魔で装甲車は通れない。でもアースなら通れるから、ここを拠点にして森の向こう側にある廃棄都市、死都を探索するの」
「おう。で、あの森にはどこから入るんだ」
「何度も来て、道を作ってある。こっちよ」
アンジー機の先導で、森の中に入る道を発見する。ただ、道といっても舗装された平坦なものではなく、木の根や幹、あるいは岩がゴロゴロ転がっていて、その間を歩きやすいように削ったり退けたりして、道の体裁を整えただけのもの。さっきも聞いた通り、装甲車では通れないだろう。
「そうだ。マップデータを転送してなかったわね。送るわ」
ピコン、とメールマークが点灯したので、開封。添付ファイルも開封。視線操作で拡大し、歩きながら地図を眺める。しばらく一本道が続き、そこから先は区画ごとに枝分かれした道が描かれている。×印が描いてある場所は、探索済みか行き止まりのマークだろうか。
「まだ未探索の地域もたくさんあるから、手分けして捜索してる。頭からはあんたの監視をするようにって言われてたけど、信用してるから監視はしない。ただ死なれちゃ困るから、そこの猟犬とツーマンセルで行動すること……猟犬のお嬢ちゃん。私のお友達を殺したら、生きたまま手足をもいで食べるから。変な真似はしないように」
「彼がご主人様に反逆を企てない限り、私は監視に留めます」
「よろしい」
恐ろしいことを言う奴だ。アンジーの方が、猟犬よりもよほど獣らしい。
その後はほとんど会話することなく森を抜け、無事に廃棄された都市に到着した。
「ここが私たちの作業場。都市は広いから、ここから別れて行きましょう。なにか質問があるなら今のうちに」
「よそ者と接触したときは?」
「殺しなさい。できれば、相手に見つかる前に。捕まったらあきらめて、情報を吐かされる前に自殺すること」
「了解」
「交渉はされないのですか?」
「馬鹿なことを聞くのね。相手は私たちと同じ野蛮人よ。そこにパイがあったとして、相手と自分、お互いにパイを独り占めしたい。だったら相手を殺せばいい、相手も同じ考えを持ってるはずよ。だから遠慮はいらないわ」
野蛮だな、と笑う。しかし、しょうがない。事実なのだし。
「……わかりました。ではそのように」
「ほかに質問は?」
「ない」
「ありません」
「よろしい。あなたたちの割り当てはマーカーで示してあるから、その周辺を歩き回って地形情報を集める。それが仕事。探索は地形情報を集め終わった後にするわ。バッテリーが切れる前に戻るのよ」
表示されたマーカーを見る。区画の表示がない所は、未探索地域と。それを埋めるのが俺たちの仕事。なんて楽な仕事だろう。
二人でしばらく歩いて、マップの空白を埋める作業を始める。
「犬の散歩だなこりゃ」
「犬ではありませんよ」
「猟犬だろ。間違いじゃない」
「あまり侮辱が過ぎると、私も怒りますよ」
「ようやくその鉄面皮を割って、人間らしい顔を見せてくれるのか? あんまり顔が動かないから、感情がないのかと思ってたぞ」
何度も殺された相手を前に顔色一つ変えないくせに、馬鹿にされたくらいで怒るとはな。かえって見てみたくもある。そうすれば、こいつも同じ人間として見られるようになるかもしれない。
「……感情なら備わっています。不要なときには、出さないだけで」
「なら表に出せ。人形と話すのは気持ち悪くてかなわん」
「お望みとあらば、そのようにしますが」
「ぜひそうしてくれ」
これまでのは人形を壊すようで、それほど胸がすくような気持ちは得られなかった。どうせ憎いやつを殺なら、跪いて命乞いをする奴を殺した方が楽しいはずだ。
「わかりました。では、今後はなるべくそうしましょう」
よし、と心の中でガッツポーズをとる。
「ですが、恐怖・悲しみについては邪魔になるため意図的に麻痺させられています」
「なんだそりゃ」
そして、早々に肩を落とす。何もここまで期待を裏切らなくてもいいだろう。
「あなたは感情が豊かですね」
「……俺は人間だからな」
「私も人間です」
「犬の間違いだろう」
「人間です」
「じゃあ人形だな。ご主人様の思いのままに糸を繰り動かされるだけの。量産品の一つだ」
「違います」
「じゃあ、ここに居るのは誰の意志だ?」
「……ご主人様の」
「ハッ、やっぱり自分の意志がない人形じゃないか。俺は人形遊びに付き合わされてるんだな! 馬鹿にしてくれるぜ」
「私は、私も人間です!」
ようやく怒ったのか、畳んだ大砲を伸ばし、砲口が機体の背中につけられる。
「撃つ気がないなら人に向けるな。オートマタ」
振り向いて、砲身を手で逸らす。機体の中の顔はわからないが、声からしてちゃんと怒ってくれているのだろう。今度は期待通りだ。
「あなたと同じ人間です。発言の撤回を求めます」
「怒ったか? それが何度も殺されかけた俺の気分だ。良く味わえよ」
「それを言えば、私は何度もあなたに殺されていますが」
「正当防衛だ」
「過剰防衛で帳消しにはなりませんか」
「監視がついてマイナスだな。馬鹿なことしてないで仕事に戻るぞ。サボってたらアンジーに怒られる」
隣の小娘より、遠くの上司が怖いぜ。
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