第18話 旅立ち



 アースを収容するコンテナ、居住区として機能するもう一つのコンテナを連結し、牽引する巨大な装甲車が、車両のサイズに見合った排気と轟音をまき散らしながら道を進む。

 目的地はコロニーの外へ抜ける唯一の道、ゲートである。


 車窓から眺める景色は、警備の仕事で見慣れたものだ。変わる要素といったら日光を遮る靄の濃さくらいで……今日は東向きの風が吹いているおかげで、いつもより少しだけ遠くまで見渡せる。だが、見える範囲にあるものはコンクリートのグレー一色だ。


 やがてゲートにたどり着き、一瞬だけ鉄色の壁が視界をよぎると、そこからは景色が一変する。どこまでも続いていそうな、薄汚れた不毛の大地が延々と広がる。

 スカベンジャーも支配階級の権力も及ばない世界。ミュータントのような例外にとっては自由な世界だが、普通の人間にはただの地獄だ。


 そんな地獄にわざわざ繰り出して何をするかと言えば、大昔の戦争で焼き払われた都市に乗り込み、アースを使って探索し、めぼしい物資を漁るのだ。何か役立つものがあれば儲けもの。壊れていても、修理すれば使えそうなものは拾って帰る。修理できなくても無事なパーツを抜いてニコイチすれば案外動くらしいので、手あたり次第持って帰るらしい。



 さて、ここでご主人の影響圏から抜けたばかりの猟犬の様子を見てみる。飼い主の手から離れた猟犬は、一体どんな顔をするのだろう。


「外に出るのは久しぶりですね」


 つまらないことに、何の変化もなかった。相変わらず期待を簡単に裏切り続けてくれる奴だよ。こいつは。


「何ですか?」


 見ていることに気付かれた。黙っているのも気まずく、何か聞くことはないかと考えて。咄嗟に思い浮かんだことを聞いてみる。


「……お前の機体、外で使っても大丈夫なのか?」


 咄嗟に出た質問にしては良い質問だ。そう思ったが、よく考えれば馬鹿な質問だな。。ご主人様の所有しているアースは、量産型の上位互換だ。外で動けないはずがない。


「機体に大きな損傷を受けなければ、問題ありません。そちらのものは……そういえば、ミュータントの集落から帰ってきたんでしたね」


 やっぱりそうだよなぁ、とため息。駄目なら最初から追ってはこないだろうし。


「ああ。大丈夫だ」


 こんな世界にしてくれたことは、過去の人類を恨む。だが機体を用意してくれていたのは感謝する。おかげで仕事ができる。

 プラスマイナスでいえばゼロを通り越して、大幅にマイナスだが。そもそも過去の人類が馬鹿なことをしなけりゃ、今の世界にはなっていなかったのだし。


「その集落はどこにあるのですか」

「言えるか」


 言えばそれこそ明確な謀反だ。弁解の余地なく殺される。


「ねえクロード。気のせいじゃなかったら、その子前にも見たことあるような気がするんだけど」


 話しているところで、アンジーが首を突っ込んできた。丁度、どう話を切るか、続けるかで困っていたところだ。助かる。


「気のせいじゃないぞ。こいつはゾンビだからな。殺しても生き返る」

「うそ、骨だけになるまで肉を削いだのに?」

「ああ」

「食べ放題じゃない! 殺していい!?」

「ゾンビではありません。ちゃんと生きています。あと仕事があるので殺されると困ります」


 彼女にしては珍しく、少し感情がこもった声が上がる。ご主人様の命令を果たせないのはよほど困るらしい。それが面白く、一人で小さく笑っていると。


「スカベンジャーの方が私を殺せば、コロニーに戻ってすぐクロード様を殺さなければなりません」

「やめろアンジー。せっかく拾った命をこんなところで捨てたくない」


 愉快な気分から一転冷や汗が流れる事態に。


「へえ、私に命令するの。上司に向かって?」

「やめてください。お願いします」


 気持ちは込めず、ポーズだけ頼んでみる。いくら親しい間柄でも、今の関係は上司と部下となれば、相手の威厳を損ねないためにも低い姿勢を持たねばなるまい。加えてこのフィールドで俺は新参者なのだから、あまりでかいツラをしていてはよく思われないだろう。

 顔は以前の猟犬との一騎打ちのせいで、よく知られているだろうが。


「ふんっ!」

「ぐぅっ」


 力強いかけ声と共に飛んできたのは鉄拳。動きは見えていたが、歯を食いしばり、頬を打たれる痛みと、頭を揺らす衝撃に耐える。


「今回はこれで許してあげるけど、次からは立場を弁えて口をききなさい」

「……イエス、マム!」


 じわりと口の中に広がる鉄の味。不必要なほどに大声を上げて、返事をする。かなり痛いが、これは必要な禊だ。アンジーは舐めた口を聞いた新入りをぶん殴ることで、部下にケジメを示し。俺は口が切れるほど強く殴られたことで、周りからの同情を買い、普通に過ごすよりも早く周りになじめる。

 双方に利があることと、アンジーも理解した上でやっているはず。単細胞に見えてなかなか頭の切れる女だ。

 猟犬については……完全な部外者だ。配慮も必要ないだろう。のけ者にされるならされるといい。


「さあて、あんたも同じ棺桶に閉じ込められる仲間なんだし。自己紹介でもしましょう。少しの間の退屈しのぎにはなるわ」

「自己紹介ねぇ……必要か?」

「必要よ」

「了解。じゃあ、皆様ご注目ください! 俺が、ご主人様の猟犬と殺し合って生き延びたクロードだ! 糞鬱陶しいご主人様の監視から逃げるために羽に移ってきたが、それでも猟犬がケツに噛みついて離れねえ! こいつを引きはがす名案を考えてくれた奴が居たらこっそり教えてくれ、無事こいつがどっかに行ってくれたらケツにキスしてもいいぞ」

「糞を食わせてやったらどうだ!」

「鉄の糞を食わせてもはがれないから困ってる!」


 狭い車内に仲間の笑い声が響く。狙って言ったわけだが、思った以上に受けたらしい。どうやら、すぐに受け入れてもらえそうだ。

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