第17話 予期せぬ来客

「やあ、お帰り。待っていたよ」


 買い物を終えて家に帰ると、丸々太った男……コロニーの支配者たるご主人様と、猟犬がもう一人ソファに座って待っていた。

 ご主人様の顔はここで初めて見たが、コロニーで太れるほど裕福な暮らしができる人間など、ソレ以外にまずいない。猟犬の護衛が付いているのも、それを裏付ける有力な証拠となる。


「なぜ……あなたがここに居るのです?」


 緊張から頬が引きつり、声も震えて、口からは慣れない敬語が自然と出てくる。相手は気分一つで自分を殺せるのだから、仕方ない。普段は散々陰口をたたいている相手でも、実際に目の前にして平気で居られるのは頭くらいの、常に護衛を纏っている人間くらいだ。


「娘が世話になっているからね。挨拶の一つでもしておいた方がいいと思ったんだが、迷惑だったかな?」

「いいえ、とんでもありません。しかし、鍵はかけていたはずですが……」


 当たり前だ糞野郎、と本心を吐き出せたらどれだけ楽か。猟犬に両脇を固められているせいで、下手なことを言えば両側から銃弾がぶち込まれるのが目に見えている。おかげで小さな疑問を口にするだけで精いっぱいだ。

 しかし、娘か。娘を繁殖させて使い走りにするとは、ひどい親もいたものだ。


「君の上司から借りたよ」

「ああ……なるほど」


 どいつもこいつも、勝手に人の家に入り込みやがって。頭も頭だ。どうしてこんなに気軽に人の家の鍵を渡すんだか。アレか、上司には逆らえないってか? 普段はご主人様なんてクソクラエと言ってるのに。どっちもクソだ。ああ、今更だな。わかってたことだとも。


「ところでエーヴィヒ」

「なんでしょう」

「なんでしょう」


 あちらとこちらの猟犬二人が同時に返事をする。どちらも同じ名前だから、呼んだだけではどちらに話しかけたのかは当人にしかわかるまい。


「えーと、君の名前はなんだったか」

「……クロード」


 聞かれたから仕方なく、としぶしぶ答える。できればさっさと忘れてもらいたいのだが。こうして直接出向いてきたからには、それは望めないだろう。


「そうだ、クロード君の方のエーヴィヒだ」

「はい」

「報告したまえ」

「反逆の気配はありません。ですが、監視を嫌がり、スカベンジャー内で転属してコロニー外へ出ていこうとしております。監視継続のために、外出の許可をください」

「もちろんいいとも! 娘の頼みだ、断る筈がないさ。ところで何か必要なものはあるかい?」

「ありません」

「そうか……では、今後も頑張ってくれよ」

「はい」


 親子の会話にしては、子の側の愛想が悪すぎる。上司と部下の会話でももう少し愛想があるだろう。


「あの……監視はいつまで継続されるのでしょう」

「ミュータントを保護して、私の娘を三度も殺しておいて、解いてもらえるとでも? 猿らしく、腕だけが自慢なのか?」


 指がひくついて、胸にしまった拳銃に手が伸びそうになる……が、拳を握りしめて抑える。深呼吸して、落ち着こう。ここで銃を抜いてもいいことはない。そのくらいはわかるだろう。

 安い挑発には乗らず、ここは銃弾ではなく言葉で反撃してやろう。怒れば相手の思うとおり、俺の頭が空っぽだと喧伝するようなものだ。


「ご主人様のように、生活に余裕があれば頭に栄養を回せるんですがね。自分の役割を果たすだけで精一杯です」

「もう少し勤勉に働き、多くの報酬をもらうことだ」

「ええ。そうしますよ」


 さすがお上の言うことは、ありがたくないな。何もわかっていない。俺だって下っ端の中では貰ってる方だ。なにせアースを支給されて、それを維持できるだけの給与をもらっているのだから。同じ足所属でも、アースを持っていない奴だって大勢いる。

 まあ、持っていないやつはアースを維持する分の給与が浮くから、生活水準はそう変わらないのだが。


「では、用事も済んだし私も帰るとしよう……しかし、歩いて帰るのが面倒だ。少し部屋が汚れるが、まあ気にしないでくれ。エーヴィヒ」

「はい」


 ご主人様に付いている方の猟犬が、ぶら下げていた小銃を持ち上げ……こちらが抜くよりも早く、ご主人様の頭を撃ち抜いた。

 何が起きたのか、状況の理解ができないまま、引き抜いた拳銃をゆっくりと胸に戻した。

 とりあえず確かなのは、部屋がひどく汚れたということだけだ。ガレージならともかく、部屋の中が血だらけというのは困るな。ベッド代わりのソファもこれじゃあ……


「……」

「ご主人様は私たちと同じように死んでも生き返りますから、気になさらないでください。本当に歩いて帰るのが面倒なだけだったのでしょう」

「ああ……わかった」


 納得はできないが、なんというか。疲れた。  


「部屋は掃除してくれよ……あとソファも。それをベッドに使ってるんだから、綺麗でないと困る」

「元々汚れていましたが」

「普通に使ってて汚れるのと、血まみれとじゃ全然違うだろ。それがないと、今夜はどこで寝ればいいんだ?」

「では、お詫びにベッドを持ってきましょう」

「……掃除もしていけよ」

「わかりました。掃除のために三人ほど呼んできます」


 ……また三人も増えるのか。しかも、掃除のためだけに。総勢五人も居れば死体一つの掃除くらいすぐに片付くだろう。うん、まあ、汚した後をキッチリ片付けるなら文句はないとも。しかも新しいベッドがついてくるなら、部屋を汚したことも許してやろう。


「いいだろう。俺は上司に話をしに行くから、その間に終わらせておけよ」

「はい。お任せください」


 ストレスで痛みはじめた頭を抑えながら地下に降りる。あとは放っておけばいいようにしてくれるだろう。


 その後外出の準備をしていたらアースに乗った猟犬が三匹追加されて、ガレージがいっぱいになってしまった。同じ顔の人間が五人……夢でも見ているような気分だ。

 非現実的な光景に頭を抱えていると、頭から呼び出しの電話がかかってきた。

 買い物に行ったついでに説明しに行けばよかった、と今更思っても仕方がない。頭の居るシェルターと市場は逆方向なので、ついでに行くには面倒だったのだ。

 きっと色々誤解されてるだろうから、解くのも一苦労だろう。

 どうして俺はこんなにも運がないのだろう。それとも、猟犬との遭遇で運を使い果たしたか。考えていても仕方がないので、さっさとアースに乗り込んでガレージを出た。


 頭への説明は、誤解を解くことに終始した。

 悲しいことに、いやあれだけのアースを一か所に集めるなんてのは警戒されて当然のことであり……まあ。一言でいえば、謀反を疑われたようだ。説明をしにいくのが少しだけ遅かったらしい。

 潔白を証明するために、鹵獲したアースを無償で研究所に引き渡すようにとも命令を受け……命令に従うことで、ひとまずは事を収められた。


 借りている骨董品を返せば、極めて貧弱な性能の量産型アースが自機となる。猟犬の脅威が取り除かれていないのに手放すには、あまりにも惜しい代物だ。しかし、スカベンジャーと支配階級の両方から睨まれては生きていけない。機体とは自分の命を守るものだ。機体に執着して命を捨てては本末転倒だろう。


「いいだろう。だが、外に出るにしても監視は付けさせてもらう。その役は……アンジーに任せよう」

「俺が一体何をしたって言うんですかねえ」


 別にあいつが監視につく分には構わない。気の知れた友人だし、どうせ探索中は同じ装甲車の中で過ごすのだから、監視の有無にかかわらず状況は変わらない。ただアースを引き渡すのは辛いなぁ。


「何もしてないが、問題は起きてから対処するより、起こさせないに限る」

「ご尤もで。疑われる側からしたら、たまったもんじゃないがな」

「お前らが日ごろ市民にやってることだろう?」

「何もしてないなら監視どまりだ。財産差し出せまでは言わねえよ」


 これほどひどい仕打ちを受けるとは思わなかった。他に手段はなかったのか……残念ながら、貧弱な俺の脳みそでは思いつかない。脳だけに、ノーアイデアってな。


「研究所のマッド共が、ご主人様のアースを解体したがっててな。量産型の性能向上に貢献してくれ」

「渡すのはしょうがない。だが、バラしたら元通りにして返してくれ、と伝えておいてくれるとありがたい」

「伝えておこう。戻ってくるかは連中の気分と、お前の行動次第だがな。俺の思い違いであることを願っている」

「俺は間違いなく潔白だぞ。あんな狂人の下で働けるもんか」


 歩いて帰るのが面倒だからって、自分の頭を吹っ飛ばすような輩の部下になって、一体どんな命令が下されるか。思考がさっぱり理解できないだけに、予想できない。


「言葉は不要だ。結果で判断する」

「……」


 肩をすくめて返事とし、踵を返してシェルたーから出ていく。馬鹿にしていると思われたなら、それでもいいさ。黙れと言ったのは相手の方だ。


「ああそうだ。アンジーから聞いてるかはわからんが、前回の探索で他コロニーの部隊の痕跡を発見した、と報告があった。気を付けろよ」

「……どうも」


 一応礼は言っておいて、マスクをつけてシェルターの扉を潜る。

 外に出ると、生身の猟犬が出迎えてくれた。両脇を固める門番から察するに、中へ入ろうとしたところを止められたようだ。これが大人だったらハチの巣にされていただろうな。外見というのは大事だ。


「お話は終わりましたか?」

「ああ。で、掃除は?」

「こちらも終わりました」

「ご苦労。つっても、明日から出ていくんだが」

「死体の掃除は、時間が経てば経つほど手間が多くなります。今しておいて正解かと」

「そうだな。帰るぞ……歩きは疲れただろう。乗せてやる」

「ありがとうございます」


 徒歩で来たであろう猟犬を、アースの腕に乗せて運ぶ。あんな頭のおかしい奴の下でずっと働き続けている彼女への、ささやかな同情として、少しだけ楽をさせてやろうと思っただけだ。決して、心を許したわけではない。

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