第16話 買い物再び

 市場に来るのは今週二度目となる。いつもなら週に一度、水と食糧を買い込んだら、次の週まで来ることはないのに……後ろを歩く猟犬のおかげで、余計な苦労と出費を強いられている。


「さて。エーヴィヒ」

「なんでしょう」


 買い物かごに必要な商品を放り込みながら声をかけた。突然だが、驚くこともなく返事をされる。


「来週から俺は羽に移ることにした」

「羽とは?」

「スカベンジャーの部署の一つ」

「……今思い出しました。コロニーの外部へ遠征し、戦前の機材を漁る方々でしたね。ミュータントとの取引も、そこで行われているのでしょうか」


 猟犬の認識で全く合っている。バカでかい装甲車にアース・生活資材・人員を乗せてコロニー外の廃棄都市に出かけて、戦前の機材、それを遺産と呼んでる。遺産を発掘するのだ。今のコロニーで使用されている機材の多くは、発掘した遺産を持ち帰り、研究し、コピーして量産したもの。

 その最たるものが、地味だが空気清浄機。これがあるおかげで、室内では多少マシな空気を吸えるし、コロニー外での活動もより長期間行えるようになった。


「俺の担当じゃないから知らん。確かなのは、放射能汚染された場所へわざわざ出かけたがる頭のいかれた連中ばかりってことだ。そして、俺もそこに移る」

「なぜ?」

「監視と殺し屋との同居でストレスが溜まって健康に悪い」


 それなら羽に混じってコロニー外でしばらく過ごす方がいい。家で殺し屋と同居するよりも、ストレスは少ないだろう。むしろ新鮮な生活が案外楽しいかもしれない。


「なるほど。では私もご主人様にコロニー外へ出る許可をもらわなければいけませんね」

「ついてくる気か? 冗談だろ?」


 これで逃げられると思ったのに、付いてくるとは予想外。


「私の役割はあなたの監視です。ご主人様から命令の更新がなければ監視は継続されます」

「勘弁してくれよ」 

「帰り次第許可をもらいます。許可は下りると思いますので、薬品等必要資材は二人分買っておいてください」


 俺の要求などどこ吹く風と、一人で話を進める猟犬。彼女の中では、俺についてくることは決定事項らしい。また許可も出ていないのに、と思いながら、買い物かごに同じ商品をもう一セット放り込んでいく。

 以前の臨時収入のおかげで、これだけなら大した出費ではない。

 しかし借り物の弁償と、自分用の装備の補給を考えると……いくら残るだろうか。


 少し浮かれていたが、一転最悪の気分だ……こんなことになった原因をたどれば、上司から受けたたった一つの命令だ。あんな依頼受けなきゃよかった。


 日用品を山積みにしたカゴをレジに持っていき精算。自宅に配達するよう手配したら、また次の店に。


 今度は、先日も買い物に来たブレードショップ。店の中に入ると、相変わらず鉄さび臭い。


「いらっしゃい。て、またあんたか……噂は聞いてるよ。前と同じロットの品を出してやろう」

「二本くれ」

「二刀流でもすんのか? こっちは構わんが……」

「いいや。二本折られたんだ。一本自分のを。もう一本は人から借りたのを」

「どんな無茶をすればそんなに折れるんだ」

「馬鹿みたいな切れ味のブレードとぶつけ合った。そんだけだ」

「へぇ……世の中には訳の分からんものがあるんだな」


 訳の分からんもの。確かにそうだな。ご主人様の考えてることも、使ってる兵器も、わけがわからんものだ。あのブレードはその代表格と言える。叩き付けるだけで鋼鉄製のブレードが真っ二つになるなんて、どうなってるんだか。

 まあ、それを解明するのは研究所の仕事だ。スカベンジャーの仕事じゃない。


「というわけで。一本はトーマス・チーフの家に。もう一本は俺の家に配達してくれ」

「あんたはもうお得意様だから、送料は一人分だけにしとくよ」

「どうも」

「……ところで、後ろのお嬢ちゃん、気のせいじゃなけりゃこの前あんたに殺されてなかったか?」

「そうだが」

「どうして生きてるんだ」

「説明すると長くなる。ゾンビとでも思っておいてくれ」

「ゾンビね。随分可愛らしいゾンビだな」

「そんなものではありません」

「似たようなもんだろ。あと、見た目はコレでも今まで何人もスカベンジャーを食ってる猟犬だ。気を緩めるなよ」


 殺しても殺しても、次から次に現れる。それを例えるなら、ゾンビでなけりゃゴキブリかネズミだ。まだ例えが人間な分、ありがたいと思ってもらいたい。


「あとシールドを一枚くれるか。30ミリを一発くらいなら耐えられるのがいい」


 猟犬の抗議を受け流して、追加の注文をする。シールドをアップグレードするのは、またこいつと戦うことを考えてのこと。最初に撃ってきた大砲を受け止めるには、前のシールドでは一発も受けられないだろう。だが少しいいものを買えば、一発は受け止められるのだ。たかが一発、されど一発。この差による安心感は大きい。


「重いし高いぞ」

「構わん。臨時収入があったのと、機体もいいのに乗り換えたからな。積載量にも余裕がある」

「ならいい。送料はブレードと合わせておく。支払いはこちら」

「ほれ」


 会計用の機械に貨幣チップをジャラジャラと流し込み、待つこと少し。お釣りが下の皿に出てくるので、一枚残さず回収する。


「毎度。また来てくれよ」

「できればもう来たくないな」


 ここに来るときは、盾かブレードが壊れたとき。この二つは弾薬と違って消耗品じゃないんだし、本来ならそうそう来ることはないはずなのだ。だってコロニー内でアース同士の戦闘は、滅多に起きることはない。喧嘩だって生身の殴り合いで、たまに銃とか刃物が出てくる程度のかわいいものだ。

 当たり前になってしまったが、今の状況は異常すぎる。


「さて次だ」

「まだ何か買うのですか」

「弾。お前のために散々使ったからな」


 補給が必要なのは、重ライフル用の20㎜AP《徹甲弾》、機関砲用20㎜APHE《徹甲榴弾》。60㎜ロケットのHEAT《成形炸薬弾》と発煙弾。万一他のコロニーの連中と鉢合わせした際には撃ち合いになるし、多めに持っていく方がいいだろう。

 アンジーと話してて、よそ者と接触したって話は一度も聞いたことがないが、用意しておいて損はない。腐るものでもないしな。 

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