第14話 飴と鞭

夜明けの直後。日が上ったばかり、スモッグが朝日を拡散させるため、澄んだ光ではない。ぼんやりと明るくなってきた頃。普通の人ならまだ寝てる、俺だって玄関の呼び鈴が鳴らなきゃまだ寝てた。

 こんな朝から一体どこのクソが起こしてくれたのか、と寝ぼけ眼を擦りながら、マスクをつけて玄関の扉を開いた。


「おはようございます」


 ああ、俺はきっと夢の中に居るのだ。普段ならこんな早い時間に起きることはないし、夢に違いない。もう一度寝れば、目の前の異様かつ恐ろしい光景も消えてなくなるだろう。


 いや、目は覚めてる。朝起きて玄関を開けたら、昨日殺した少女とアースが一機居た。そんなショックな光景を見たせいで、心臓が一回止まってまた動き出した。。

 しかし、二度あることは三度ある。三度目があれば次は四度目もあるとでも言いたいのだろうか。馬鹿な、馬鹿な。三度も殺されておいて、それでも来るか。普通なら……いや、普通の人間は一度死んだ時点でそれでお終いだから、普通の基準を当てはめるのは間違いだろう。


「帰れ」


 盛大なためいきを交えて、切実な願いを口にする。


「いいえ。帰りません。ご主人様より、あなたを監視するよう命令を受けましたので」


 返ってきたのは死刑宣告に等しい言葉。ああ、そりゃあ退屈な日常に飽きて刺激を求めたことの、一度や二度はあるさ。だが、理想と現実は大きく異なることを先日身をもって学んだ。

 学んだ感想は……退屈に勝る幸福はない。失って初めて良さがわかるもの、というのもあるものだな。


「拒否した場合は殺せとも」

「できるのか? 三度も失敗してるのに」

「成功するまで繰り返させていただきます。十回でも百回でも」

「……」


 ……これが他の奴ならホラ吹きめ、と笑ってやれるんだが、コイツが相手だと冗談になってない。なにせこれで四人目だ。五人目、六人目だって居るだろう。それなら十人以上というのも現実味がある。

 さすがにそれほどの回数を相手にできるほど絶倫じゃない。


「参った、監視程度なら好きにしろよ……探られて痛い腹はない」

「ではこれからよろしくお願いします」


 命令でなきゃご主人様に歯向かおうなんて考えない。損しかないしな。

 頭も監視役が目の前に居れば、無茶な命令もしないだろう。もしそんなことがあっても、猟犬の目標は頭に移るだけ。俺にとって損はない、か。


「ところで機体はどこに置きましょう?」

「地下のガレージにでも。鍵は開けておく」


 リモコンでガレージのカギを開ける。元々は駐車場だっただけに、結構広めの空間だ。鹵獲した機体と、自分の機体の二機を置いていてもまだまだ余裕がある。三機目を迎え入れても場所の心配はない。俺個人の心境の問題はあるが。

 猟犬を受け入れて、ご主人様の側に寝返ったのかと思われても困るし、早めに報告しておこう。


「わかりました」


 返事を一つだけして、彼女は機体に乗り込んでガレージに向かう。さて、いくら探られて痛い腹はなくても、常に監視を受け続けるのを想像すると……不快だな。美少女を家に迎え入れるのは、字面だけ見れば悪くないが、手を出せないなら生殺しだ。あれは人の皮を被った猟犬、狼になって襲おうと手を出しても噛みちぎられるのがオチだ。

 子供が欲しいと思ったことはないが、だからといって性の楽しみを捨てたくはない。


 玄関の扉を閉めて、屋内の階段を使いガレージに下りる。

 猟犬の機体が二つ、借り物が一つ。合わせて三つのアースが我が家に揃った。動かす人間が居れば、頭に急襲をかけて殺すことも不可能じゃないだろう。


 ……改めて見ると、単独でこれほどの戦力を持つのはまずい。誤解される前に説明しておかねば。


「では、今日からよろしくお願いします」

「……ああ、よろしく」


三度も殺されている相手に、無表情かつ無感情で身を寄せる。何を考えているのかさっぱりわからない、それとも命令を遂行すること以外何も考えていないのか。糸を持つ主になされるがままの人形のように。


「そうでした。もう一つお伝えすることが」

「今度はなんだ」

「ご主人様より『こちら側に付くなら監視を解く』と申しつかっております。ご一考ください」

「断る。他を当たれ」


仲間を裏切れない、というわけではなく、単純に信用できない。三度も殺し屋をけしかけてきた相手の手を、一体どうして握れるだろうか。

監視を受け入れるのが最大の譲歩だ。


「では。これから監視を勤めさせていただくにあたり、まずは自己紹介を。私のことはエーヴィヒとお呼びください。所属はすでにご存知のはず」

「クロードだ。できれば監視も勘弁してほしいんだが」

「どちらも嫌ならコロニーから出て行ってもらう他ありませんが」

「……まぁ、そうなるよな」


予想通りの問答をしてから改めて観察すると、白い肌に赤い瞳は、いわゆるアルビノというやつだ。通常の人間を正規品と見れば、こいつは欠陥品。ご主人様も欠陥品をわざわざ兵器に使うほど馬鹿じゃないだろうから、複製による劣化でこうなったか。

なるほど。どうりで殺しても殺しても湧いてくるわけだ。ご主人様め、人間のクローンを作るとは、趣味が悪い。


「で、お前は『何人目』だ?」


だが、複製にしても何体居るのかはわからない。ダメもとで尋ねてみる。


「私は一人です。体はわかりません」


 わからない……数えられないほどの複製がある、と考えるべきか。監視から解放されるために殺すのは徒労だな。


「ところで、なんで今更監視なんて穏便な手段に移った。失敗するなら成功するまで繰り返せばいい、さっきそう言ってたじゃないか」

「資源の節約、とご主人様は仰っていました。しかし監視の最中に、ミュータントを保護するなどし脅威になると判断すれば。その時はそうなります」

「……なるほど」


 ご主人様は意外なことに倹約家だったらしい。おかげで命の危機は去った、か。ご主人様に不満はあれど反旗を翻す予定はない。


「では、俺からも言っておこう。ご主人様に歯向かうつもりは一切ない。だが頭からの命令があればそれに従う。お前と同じように仕事だからな。その時は頭を殺せよ、俺みたいな末端一人死んだところで、全体には何の影響もない」

「ご主人様には伝えておきます。しかし私の役割はあなたの監視ですので、命令の更新があるまでは務めを果たさせていただきます」

「そうかい……で、お前はどこで寝る」


 こう目の前に来て監視する、と伝えてきて。そして家の中に踏み込んできた。まさかとは思うが。


「お世話になります」

「食い物は?」

「お世話になります」

「その金は?」

「以前私を殺した際、私のアースを持ち帰ったのでは?」

「……ありゃ戦利品だ」

「あなたがどう言おうと、監視の間の私の生活費はあなたが出すことになります。ご主人様から預かったのは、命令のみですから」

「……クソが」


 倹約は美徳ではない、はっきりとわかる……まあいい。一人分の生活費なら、こいつが言った通りアースを売り払った分の金で余裕で賄える。なぜ俺がこいつの世話をしなけりゃならんのか、それは大いに不満だが、解決するものでもない。あきらめて受け入れた方が、長い間内側でくすぶらせるより心の負担が少なく済むだろう。

 本当、ついてない。


「もちろん、何の対価もなしにとは申しません。壊さない程度であれば、私の体を好きになさってもかまいませんよ」

「あほ。誰がそんな見え透いた罠に手を伸ばすか」


 それに、俺はもっと成長した体が好みだ。もう少し育っていればまだ手を伸ばしたくなったかもしれないが、こいつは貧相すぎる。胸なんてありはしない、起伏どころかプレスした鉄板だ。そりゃそこらに居るガキよりも多少肉付きはいい。だが、命を秤にかけてまで手を出すほど馬鹿じゃないとも。

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