第11話 ゴミ掃除
猟犬のアースを売り、量産型アースが二機まるごと買える程度の金が手に入った。そしてミュータントのガキを護送した報酬も届いたし。弾薬費を気にせず大口径弾をばら撒けるし、レーザーブレードは接近されたときに隠し武器として使える。これでもう猟犬だって怖かない。
……嘘だ。少し怖い。どれだけ武器をそろえても死ぬときは一瞬だ。ブレードで真っ二つにされるか、大砲で風穴を開けられるか。死なないためには、相手の武器で貫けない装甲を用意する必要があるが、そんなものがあれば苦労しない。
ともかく、武器はあっても装備しなくては意味がない。レーザーブレードとアースの左腕をクレーンで持ち上げて、同じ高さに合わせる。それを鉄の輪で挟んで、ボルトを締めて固定。手でぐっと強く引っ張っても動かないのでよし。あとは説明書に従ってケーブルをバッテリーと機体につなぐ。それから機体を起動して火器認証をして使用準備。うっかり刃に焼かれないように離れてから、起動。
「まぶしっ!」
遮光グラスを貫通して目を焼く閃光。普段使うライトを何十倍にもした光量が、薄暗いガレージを隅々まで照らす。露出する皮膚をチリチリと焼く熱量を放つ光の塊は、鉄すら溶かすだろう。スイッチオフ。
大体の刀身の長さは掴めた。動作確認も完了。問題なし。バッテリー残量は九割。一度の使用で一割持っていかれるのか。コロニー内ならともかく、外での連続使用はできない。動けなくなったら困る……今のところ羽に鞍替えする予定はないが、この先ないとは言い切れないんだし。
さらにその上にシールドをかぶせる。オーバーヒート防止のために、一定以上の温度になると起動しないようになっているらしいし、開口部に被らないようになっているから熱は問題ないだろう。
あとはたわんでいるケーブルをバンドでまとめて、被弾したり何かに引っかかった際千切れないように上からカバーを被せて完了。
「これでよし」
やるべきことは終わった。バッテリーを充電して、今日は寝よう……そう思った矢先のことだ。
ジリリリリリリリ、とけたたましく呼び出しのベルが鳴った。今日は休めると思っていたんだが、まったく残念だ。受話器を取って、誰かからの連絡に応答する。
「おかけになった周波数は現在使われておりません。周波数をもう一度お確かめの上、お掛け直しください」
『仕事だ』
軽い冗談は無視されて、用件だけを告げられる。
「トーマス。俺は疲れてるんだが」
『Bの5、浄水場で暴動が起きた。20時に行動開始だ」
「……Bの5、20時了解」
腕を見るが、作業の邪魔だから外してたんだ。
「今何時だ?」
『オヤジ』
「今何時だ?」
『19時30分。十分後に迎えに行く。あとスルーされると悲しいんだが』
「了解。アースもちょうど使えるように準備してあるところだ。表に出て待っとく」
人の冗談は無視してくれたくせに、自分の冗談の相手をしてもらえると思うなよ、と。電話を切って呟いた。さて、仕事なら作業着のままはダメだな。降りることも考えて、着替えておかないと。
ガレージから生活用のフロアに上がって、作業着を脱いで仕事着に着替える。ガスマスクと拳銃を装備して、もう一度ガレージに降りる、アースに乗り込む。腕を通すと起動し、モニターが点灯し上から下に文字が滝のように流れていって……チェック完了、異常なしの文字が出る。文句なしだ、素晴らしい。
「よし。出るか」
シャッターを開け、表の通りに出る。街灯の灯りは薄靄に遮られて狭い範囲しか照らせていない。これじゃ通り魔が待ち伏せしててもわからないな、生身で夜は出歩きたくない。
外に出て何分か待っていると、通りの向こうからトラックの光源が寄って来る。轢かれないように道の端から動かず、じっとしていると、ちょうど家の前で停まってくれた。荷台からスロープが下ろされたので、それを昇って荷台に乗る。
何人も同僚が乗っているので、片手をあげてあいさつをして、落ちないように座っておく。
「発車するぞー」
トラックはゆっくり動き出し、靄の中を進んでいく。今日の仕事は、まあ楽なものだ。なにせ相手は生身の人間で、一発殴るか撃てばそれで死ぬ。おまけにこっちのアースを壊すほどの火器も用意できない。安全そのもの。猟犬のアースをぶち壊したあとだと、天国のような仕事に思える。
正しく言うなら誰かを天国に送り出す仕事だが。
しばらくトラックに揺られて、問題が起きている区画に運ばれた。
B-5区画、浄水場。下水やら雨水やら、そういった汚れた水を集めて処理し、生活に利用できるようにするための施設だ。そのままでは飲用に適さないので、各々煮沸したり蒸留したりする必要があるが、何も用途はそれだけではない。合成食糧の原料となる植物を栽培するのにも水は欠かせない。
そんな大事な施設の職員が暴動を起こしたとなれば一大事だ。
トラックの荷台からスロープが蹴り落とされ、暴徒を威圧するように大きな音を立てる。一つ、二つでなく、いくつもだ。集まったスカベンジャーが次々とトラックから降りていき、暴徒たちと対峙する。
しかし連中、ただの暴徒ではないようだ。珍しいことに、量産型のアースの姿が一機だけ見える。スカベンジャー以外がアースを持つことは許されていないので、施設の警備担当の機体を奪ったのだろう……まったく。手間が増えるだろう。
『暴徒共に告げる! 貴様らの代表者は前に出よ! そして速やかにこの集会を解散せよ! さもないと無用な死体が増えるだけだぞ!』
スピーカーで増幅されたトーマス足の最高責任者の怒号が、工場の稼働音を割って空に響く。怒り心頭といった様子だ。そりゃそうだろうよ、足の担当している仕事は治安維持なのに、暴動が起きたってことは仕事ができてないってことと同じだ。しかも起きた場所は、コロニーにとって非常に重要な場所。面子丸つぶれだし、あとで頭にたんまり怒られるだろう。
さて、対する暴徒側は? 何か口々に騒いでいるようだが、何を言っているのかまではわからない。というかよくよく見れば、連中の中にゴミが混ざっている。職員ですらないとは驚いた。一体だれが混ぜたのか。検問所の職員は何をしていた……いや、これは下っ端の考えることじゃないな。トーマスに丸投げしよう。
「トーマス。ゴミが混ざってるぞ」
『ああ。そんなもん見りゃわかる。職員じゃないなら、見せしめにちょうどいい』
ボン、と暴徒の中心で爆発が起きた。誰かが榴弾を撃ち込んだようだ。殺すのは良いが、ここの後処理は誰がするんだろうか。浄水場で人を殺して、腐った肉が水道に混じるとか俺は嫌だぞ。
「お?」
暴徒側のアースが腕を上げ、俺に向けて発砲してきた。咄嗟にシールドを構え、被弾を防ぐ。対人機銃の弾丸がキンキンと装甲に弾かれて、不愉快な音を立てる。
借り物を傷つけるわけにはいかんのだが、ゴミが人に向けて銃を放つとは。ゴミはゴミらしく、地面に打ち捨てられていればいいものを。
「おいトーマス」
『なんだ』
「あれ、壊すぞ」
『構わん。やれ』
短いやり取りの後に、ブレードを抜刀。スカベンジャーの真似をしても、ゴミはゴミだ。アースの操作に慣れていない相手は、脅威になりえない。そんな奴に弾を使う必要はない。使うだけ勿体ない。
タタンと素早く踵を踏み、ローラーを起動。重心を傾けて、弧を描きながら前進する。こちらの動きに銃口を追従させるが、偏差射撃もできてないのに当たるわけない。
そして、いよいよ目の前に。突進のスピードを乗せて、機体の頭部と胴の間にブレードを振るう。卸したてのブレードは素晴らしい切れ味をもって、中身ごと、鋼鉄の首を落とした。その後に、断面からブレードを突っ込んで、グリグリとかき回してさらに傷をつける。不要な追撃だが、ただの八つ当たりに理屈は関係ない。
『お前たちの頼りにしていたアースは今壊れた。これ以上の抵抗は無意味だ! 代表者は前に出よ! さもなくば、貴様ら全員皆殺しだ!』
不平不満の声は鳴りを潜め、代わりに動揺のざわめきが大きくなる。まさか勝てるとでも思っていたのだろうか……馬鹿な連中だ。アース一機で何ができるものか。まして、乗っているのが動かすだけがやっとのド素人では、苦戦どころか戦いにすらならない。
それから一分もしない内に、代表者らしき人物が暴徒自身の手で引きずり出されてきた。あれがスケープゴートだろうと、見せしめのための死体が用意できればそれでいい。
『お前が暴徒共の代表か。コロニーの秩序を乱した罪は重いぞ』
アースの前に跪かされる男は、顔を真っ青にして否定する。
『では、死ね!』
直後、ブレードで頭から潰された。
『お前たちもこうなりたくないなら、その場から動くな! 動けば撃つ!』
目の前で死体を作られ、銃を向けられた暴徒は、たった今群衆に成り下がった。
『生身の奴はゴミの分別を始めろ。アースは包囲。逃げる奴は殺せ』
隊長からの指示を受け、集まったスカベンジャーは各々行動を開始しようとする。が、そうはならなかった。
『こんばんは。昼間の宣告通り、会いに来ました』
ゴミ共の奥、浄水場の施設内から真っ赤なアースが出てきたからだ。
ライトに照らされたその機体、その声、どちらにも覚えがある。今日の昼間に売り払った機体。今日の昼間に殺した女の声。思い出すと同時に、眉間にしわが寄る。
「トーマス」
『俺たちは猟犬には手出ししない。一人で片付けろ』
「薄情者め」
『大事な部下を見殺しにするのは悪いとは思うぞ? だが他人の命より自分の命の方が大事だろう』
「ケッ、吐き気のする正論だな。わかったよ。自分で片づける」
火器のロックを解除して、相手に向ける。しかし動かない。
『用があるのはあなた方の内一人のみです。あなた方の仕事の邪魔はしろとは命じられておりません。どうぞ、先に用事をお済ませください。コロニーの安定は、ご主人様が望むものです』
「この暴動はお前が起こしたんじゃないのか? 俺をおびき出すために」
『はい。その通りですが、あなた以外の方を殺せとは命じられておりません』
『優しいことで。だってよ、お前ら。さっさと分別しろ』
どこが優しいのか。この暴動を起こしたクソの大本が目の前にいるのに撃たないのはおかしいだろう……それとも、猟犬がそんなに怖いのか。そうだろう、俺だって怖い。というかめんどくさい。
しかし上司の命令だ。ここは従っておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます