第10話 買い物
バイクを市場の外の駐輪場に止めたら、鍵をかけて、市場入り口の検問所を通る。
「身分証を」
「ほら」
要求されたものを通行料と一緒に出して、同じ足所属の担当者にさっさと通してもらう。いちいち賄賂を渡さないとなんだかんだとゴネられて時間がかかるので、毎度毎度仕方なく出しているが、塵も積もればというやつで、累計すると結構な額になってしまう。どうせ金なんて女以外に使わんだろうに。
相手が同僚だけに殴り飛ばすわけにもいかん。
「通っていいぞ」
渡した身分証を見もせずに、金だけ受け取って門を開けられる。ざる警備もいいところだ。仕事しやがれクズ野郎。そんな罵倒を飲み込んで、片手をあげて通り抜ける。今まで取られた分は、今日の儲けでお釣りが出るので良しとしよう。
天気はいつも通りだが、道路に積もった塵に刻まれた足跡は多く、今日も大勢の人が買い物に来ている、来ていたのだと知らせてくれる。今日もここは平和なのだろう、たぶん。
さあ、俺も買い物をしよう。目当ての品を置いてる店はどこにある、と目を走らせていると、一つ、異物が目に入った。実際に目に入ったわけではなく、風景における異物。普段はそこにないものが、そこにあった……居た、の方が正しいか。
一瞬だけ、足が止まり、呼吸が止まり、心臓が跳ねた。視線が、白く長い髪を持つ少女に釘付けになる。
マスクをしているが、昨日見た服装と体格、あの真っ白な髪を見間違えるはずがない。
昨日殺したはずの猟犬の姿がそこにあった。確かに、殺したはずだ。対人機銃の使用弾薬は十二mm、それを二発、腹にぶち込んだのだ。体が半分に千切れ、血と臓物をぶちまけたのを確かに見たのだ。あれで死んでいないはずがない。
だが、間違いなく奴は生きていて、そこに居る。。
ふぅ、と深呼吸をして、心臓と思考を落ち着ける。
こちらはあちらの姿を見ているが、あちらはこちらの姿を見ていない。何事もなかったように、無視して歩けばいい。とんとんと、靴先を合わせるように地面を蹴り、立ち止まったのをごまかしてから、彼女の横を通り抜け目的の店に向かう。後ろからついてくる様子はない。
気付かれてはいない……気付かれるはずがないのだ。安心すればいい。
ドアを開け、店の中に入る。チリンとベルが鳴り、奥の薄暗いカウンターに突っ伏していた店主が頭を上げた。
「いらっしゃい」
マスクを外して息苦しさから解放されると、胸の中を鉄と油の混じった臭い空気が満たした。ここは刃物の専門店、人間が使うためのナイフから、アースの使用する鉄剣まで、色々なものを取り扱っている。店内の独特の臭いは、それの臭いだ。
ブレードといっても中にはアース用のメイスなんかもあるから、必ずしも刃物というわけでもない。メイスなんて誰が使うんだか。
「アースのブレード、形は標準、できるだけ質のいい奴が欲しい」
「形で棚を分けてる。こっち側から出来のいい代物で並べてあるから値札ちぎって持ってこい」
言われた通り、一つずつ見ていって……といっても、一番こっちに近い商品は錆や刃こぼれがあったり芯が曲がったりしているのでそれらは飛ばして。見た目が良い商品から、一つずつ眺めるが、見た目からは違いがわかるはずなどない。三番目くらいに高いものを選び、値札を千切る。
「これで」
「……丁度だな。配送は必要か?」
「そりゃもちろん。あの鉄塊を抱えて帰れって?」
「じゃあ追加費用」
「がめついな」
値札に書かれた金額に、さらに追加でいくらかを支払う。高い買い物だが、買ったものが良いものであることを願いたいものだ。これで鈍らなら、この店主を叩き潰し払った金を返してもらう……その時に俺が生きていれば、だが。不良品を掴まされて死んだら文句の言いようもないからな。
さあ、次の目的地に行こうとしたところで、新しい客が入ってきた。ただの客なら、その横を通っていけばいいのだが、そうもいかない理由が。
「あなたですね。先日私が殺し損ねたのは」
先ほど外にいた白髪の少女。もとい、猟犬。
「何のことかな。お嬢ちゃん」
……などと、震える声で言ってもすぐバレるものである。どうやら俺は嘘が苦手らしい。なにもこんなところで判明してくれなくてもいいだろう。
「ハァ……何の用だ?」
改めて。脅すように低い声を出して銃を向け威嚇する。だが相手は相変わらず無感情な瞳を向けるだけ。
普通なら怯えるなり、威嚇し返すなりするものだが、まったくの無反応だ。マスク越しでも眉一つ動かしていないのがわかる。
気味が悪い。撃ち殺したはずの相手が生きているのも、死を前にして無反応なのも。同時に、こんなガキを気味悪がっている自分が情けないとも思う。
「おい、店を汚すのはよしてくれ」
「汚したら後で掃除代を出す。答えろ」
「人探しです。私が殺し損ねた誰かを探していました」
「それが俺だが。どうする、今ここでやる気か」
「いいえ。今日は顔をおぼえたのでもういいです。さようなら」
猟犬というのはもっとしつこいものと思っていたが、予想を裏切る淡泊さに毒気を抜かれ、銃を下す。彼女は一礼して振り返り、もう一度外に出ていこうとする。その前に一度立ち止まって、こちらを振り返る。マスク越しの瞳と、もう一度目が合う。
「ですが、次は殺します」
「ああそう」
店の外に出た瞬間に銃を上げ、その背中を二度撃つ。「グェっ」あまりに軽い発砲音と、鈍い悲鳴。どちゃ、と地面に倒れる音を聞いたら振り返って、店主の顔を見る。
「店は汚してない」
「……そうだな。店は、汚してないな。だが店の前に死体を放置されちゃ困る」
「店の外だ。関係ないだろ」
「関係ないって? 誰が掃除すると思ってる」
「スカベンジャー」
「お前がか?」
「今日は非番だ。市場入り口に今日の当番が居るから、そいつに頼め」
「ならいい」
さて。そういうわけで次に行こう。残っているのは鹵獲したアースの売却と、弾薬補給だ。アース丸ごと一体なら、修理屋に見せればいいお値段がつくだろう。俺たちが普段使ってる量産型のアースは支配階級の使用するものよりもずっと鈍重。俺が昨日勝てたのは、骨董品の性能のおかげだ。
そんな素晴らしい代物は、必ず期待している金額になるはずだ。
「ぐ……ぅ、ふ……」
「なかなかしぶといな。さすが畜生だ」
パン。這いずって逃げようとしている猟犬の頭にもう一発撃ち込んだら、セイフティをかけてホルスターにしまい、キビキビと足を動かす。野外に長居するのは体に良くない。洒落みたいだが、まじめな話だ。
次に向かうのはは修理屋。猟犬の使うアースは性能がいい。丸ごと売れば、必ず大きな儲けになるはずだ……その儲けを、一体何に使おうか。
「……いや、ないな」
困ったことに特に思い浮かばない。せいぜいがアースの部品のアップグレードだが、今のところ必要ないし。骨董品の部品をこのコロニーで手に入る部品に交換したところでダウングレードにしかならない。借りものを返すときには俺の量産機が戻ってくるから、その時のために置いておこう。
修理屋とは、アースや車、果ては家電まで、さまざまな道具の修理を請け負う便利な店だ。不要になった道具も状態が良ければいい値段で買い取ってくれる。羽の連中も、外で発掘した骨董品の中から、使える部品があるようなものをこの店に持ってきて売って、小遣いに変えている。
その分、修理を依頼したときに要求される金も多いが。そこは腕が良いので目をつぶろう。
「おーい、居るかー」
「今は留守だ! 仕事の依頼ならまた明日にしろ」
留守なら返事するなよ。居留守でも意味がないだろ。
「仕事じゃない、売りだ」
仕事でないなら取り合ってくれる願って用件を伝える。これも仕事といえば、そうなるか。まあ、急ぎの用事でもないし駄目ならまた今度にしてもいい。
「何を売ってくれるんだ?」
奥のカウンターからにゅっと禿げ頭が出てくる。その様は朝日が昇るがごとく。汚染地帯並みの不毛の大地に、笑いのツボを突かれて腹を抱えて口を抑える……あちらから見れば、体をビクビク震わせてグフグフ言ってる変態だろうが、そこは許してほしい。
「ふぅ……はぁ~……ああ。猟犬の使ってる機体を鹵獲したんだ」
「へえ、随分とレアなものを。落ちてたのを拾ってきたか? 持ち主が殴りこんでくるとかないだろうな?」
「乗ってた奴はちゃんと殺したさ」
乗ってた奴も、今日来た奴も。不思議というか妙なことに、どちらも同じ顔だった。双子の可能性も考えたが、あいつは「私が」と言っていた。なら同一人物と考えるべきだ。そして二度あることは三度あるとも言う。間違いなく、また来るだろう。
しかし奴の標的は俺一人だ。周りに銃が向くことはないだろう。
「それならいい。で、どこにある」
「家のガレージに置いてある。レアものだから査定は甘めに頼むぞ」
「それは状態による。良ければ高く買うし、悪けりゃ安く。レアな代物だからって、それは変わらん」
「厳しいな」
「こっちも商売だからな」
商売なら仕方ない、生活がかかってるしな。まあ元手といえば弾薬費くらい、アース丸ごと一機分の値段を考えれば安い。少々買いたたかれても気にすまい。
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