第5話

 犬の脅威は一時的に去った。コロニーへ戻ればどうせまた居るのだろうけど、それはそれとして、今はまた違う問題に悩まされている。


「汚染地帯の真ん中で立ち往生か……」


 中身が足を動かしても、追従するはずの機体はガクンガクンと妙な動きをして、一向に前に進まない。自己診断でモニターには膝関節部品の破損と出ているが、そうなった理由に心当たりはある。


「こんどは整備不良で命の危機

とはなぁ……」


 それも命拾いした直後に、とは。乗り捨てて徒歩で行くにも、ミュータントの集落まで人間の足では少し時間がかかりすぎる。体が汚染に耐えられず、途中で倒れて死ぬだろう。集落に向けて救助要請を出そうにも、送信機にまで異常が出たようだ。通信不能のマークが点滅している。整備はちゃんとしておくべきだった。

 とはいえ、現状を嘆くだけでは何も変わらない。変化を求めるなら行動すべきだ。こういう時のために、応急修理キットをバックパックに仕込んであったはずなので、それを使うことにする……修理のためには一度機外へ出なければならないが、機内からじゃどうしようもない問題なのだから、仕方ない。


 正面装甲を開いて、外に生身で出る。防護装備は厚手の服とマスクのみで、過酷な汚染環境に対しあまりに貧弱。時間をかければかけるだけ、先の短い寿命も縮まる。可能な限り、手早くやろう。地面に降り立ち、すぐに機体の後ろへ回り込み、バックパックの蓋を開いて工具を一通り取り出し、機体の膝部分の装甲を取り外す。ボルトを取り、装甲をはがすと、内部にはビッシリ人工筋肉の束が詰まっている。問題の部分はもっと奥なので、束をかき分け問題のギアを露わにする。


「やばいなこれは」


 ギアに亀裂が入っている。動かなくなったのは安全装置が作動したからだろう。完全に割れてないならまだ対処できる、不幸中の幸いとはこのことか。

 早速機体のバッテリーとグルーガンのようなものをつないで、低温で融解する金属棒をセットしノズルの先端を亀裂に押し付ける。すぐに熱で解けた金属が亀裂に入り込み、亀裂を埋める。

 応急処置はこれでひとまず完了、本当に応急のものなので、後で部品を交換しないといけないが、集落にあるだろうか。なければコロニーから迎えを寄こしてもらわないといけなくなる……

 ともかく、処置は完了したのだし、いそいそと道具を片付けアースの中に引きこもる。


「いまので寿命が何年分縮んだか……」


 自覚できる症状は今のところない。だが、汚染地帯に生身で出たからには確実に被害があるだろう。出ている間に野生動物が来なかっただけ……まだ応急処置でなんとかなる範囲だっただけ……ただ生きているだけで幸運だ。


 少しの間、溶かしたパテが固まるのを待つ。


「大丈夫なの?」

「一応な」


 そろそろ固まっただろう、と歩行プログラムで左右の足にかかる負荷バランスを変更し、歩き始める。

 そこからはもう何の問題もない、野生動物が現れることもなく、ひたすら歩き続けて、霧の向こうにミュータントの集落が見えてきた。


 集落入り口の門は、コロニーのものほど大きく、頑丈そうには見えないが、野生動物の侵入を防ぐには十分だ。ミュータントのガキが急に走り出して、門の前でこちらを振り返って止まった。


「ようこそ! 私たちの村へ!」


 その後ろで住人の帰還を歓迎するように門がゆっくりと開かれたので、少女の横を通り過ぎて、集落の中へ。


「あ、待ってよ! 反応なし!?」

「うるさい。俺は早く帰りたいんだ」


 早く用事を済ませて、早く機体の修理をして、早く帰りたい。いくらアースの中でも、生存不能領域内で棒立ちというのは、安全と分かっていても気分が悪い。

 アンリも釣られて集落の中へ入る。すると、集落内の人……もといミュータントが集まり出して、少し騒がれる。群がられると鬱陶しい……

 

「退いて、退いて……」


 ほどなくして、人込みをかき分けて老婆が現れた。ついでに、その左右を銃を持った男二人が固めている。銃口は下げられたままだが、安全装置は外れてるし引き金に指はかかっているし、歓迎にしては随分と物々しい。歩兵の銃ごときで抜ける装甲じゃないけども、おかげで気分の悪化が留まることを知らない。

 

「ああ……おかえりアンリ。お前だけでもよく無事に帰ってきてくれたねえ……!」

「おばあちゃん、ただいま……うん。何とか帰ってこれたよ」


 どうやら二人はかなり親しい間柄のようだ。路上で二人抱きしめ合って、涙ぐんでいる……のはいいんだが、護衛の男二人の顔が気に入らない。小娘一人のために命を危険にさらして、こんな糞みたいな場所まで来てやったというのに、まるで罪人みたいにこっちをずっと見続ける。

 

「再開の感動に浸っているところ悪いんだが、頼みがある。いいか」

「ええ、どうぞ……孫を生きて送り届けてくださったのです。何なりと申し付けください」

「アースの修理と充電を。膝のギアが壊れてしまって、応急処置だけ済ましてあるが、帰りは持たない」

「わかりました。部品があればよいのですが……」

「なければコロニーから取り寄せるから、無線機を貸してくれたらいい」

「ええ。ええ……ではまず、あちらで」


 老婆が指さしたのは、集落中央の一番大きな建物。ぼろっちいが、一番頑丈そうでもある。

 

「コロニーからの来客用に、旧人類の方でも生身で居られる部屋を用意してあります」

「そりゃありがたい」


 機体に乗ったまま修理をするわけにもいかない。その間外で生身で居ろと言われるのは、死ねと言われるのと同じことだ。

 だから、ちゃんと生身で過ごせる場所があるのは非常にありがたい。軽い感謝の言葉には、それ以上の重い心中を含めているのだ。

 銃を持った護衛は見ないことにし、先を行く老婆についていく。それから、建物横のガレージに案内され、そこに入るとシャッターが閉まり、天井から滝のように水が降り注いだ。なるほど洗浄室、と納得し、待つこと数秒。水が止まり、左右から強い風が吹きつけて水を飛ばす。

 風が止んだころにガレージ奥の扉が開いて、さっきの連中とは違うミュータントがやってきた。

 

「もう降りて大丈夫ですよ」


 そう言われても、一応機材で確認しておく。外気チェック、汚染レベル2、皮膚の露出を避け、マスクをつければしばらくは生身でも大丈夫な程度だ。機体の正面装甲を開いて地面に降りると、水たまりを踏みしぶきが舞った。


「こちらへどうぞ」


 ついていった先に、実りある話が転がっていることを願おう。

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