第4話
ゴミ共の巣を通り抜け、ようやくコロニー外部に通じる唯一のゲートまでたどり着けた。ここまで何事もなく、とはいかなかったが、荷物は無傷だし良しとする。
「さて……ここから先、一人で帰れるか?」
左右に果て無く続く壁はコロニー全体を覆い、外部と内部の接触を分かつ。唯一外部に通じるのは巨大な鉄の門一つで、それを前にすると、『コロニー外へ踏み出すべからず』と言われているようで、足が止まる。
「無理」
「……だよなぁ」
まあ、実際踏み出さない方がいいんだが。コロニーの外は随分昔の戦争で汚染されていて、防護機材なしで踏み出せば、マスクをしていようがコートを着ていようが重大な健康被害がもたらされるほどの危険地帯だ。コロニーを囲う壁はずっと昔に、汚染された土壌が侵入しないようにと建てられたものだ。今よりは資材に余裕があっただろうが、それでも無駄遣いできるほどではなかったはず。にもかかわらず、膨大なコストを支払ってこの壁を建てた理由は、外の汚染がそれほどひどいからだ。
何度か機材に乗ってコロニー外へ出かけたことはあるが、汚いコロニーを基準にしていてなお汚染を警告する表示がモニターに表示されるほどの汚染量だった。それは今も健在だろう。
出たくない、けれど出なけりゃ仕事にならない。厳しい仕事ばかり押し付けられるのは、下っ端の辛い所だ。
「よし、行くかっあ!?」
ガクン、とアースの足がエラーを起こした。その瞬間、破裂音と同時に機材の装甲をチュン、と削る音がし、本能で危険を察知。エラーを起こし躓いている片足は仕方ないとして、そのまま機体をわざと転ばせてゲートの外へ出たら、ゲートの支柱を背にして隠れる。
「こっちへ!」
「うんっ!」
それから、ゲート開閉用レバーを引く。さっきの攻撃はコロニーの内側からのものだった。どこの誰の仕業かは知らないが、ともかく外側に出れば射線は通らないから安全。そう判断しての、咄嗟の行動だったが……満点だ。あとはこのままゲートが閉まり切れば、どこの誰とも知れない殺し屋とはオサラバできる。閉まるまでの間に脚部エラーを庇うように歩行システムを変更し、応急処置は完了。本格的な修理は向こうの集落についてからだ、屋外じゃ道具もなにもないのだし。
それにしても、手入れ不足に救われるとはなんとも妙な話だ。あそこで躓いてなかったら胴体を真横からぶち抜かれてたし……でも、こんな奇跡は二度も起きるようなもんじゃない。今度からメンテナンスはこまめにすることにしよう。
「逃がしてくれるといいんだが……」
門はゆっくり閉まりつつある。これなら、もう大丈夫だろう。そう、思いたいところだが。
『逃がしません』
短距離通信。若い女の声。サブカメラに映像を切り替えたら、狭い門の間から赤色の流星が飛び出してきた。
「けっ、猟犬め……都市伝説じゃなかったのかよ……」
これまでちょっとした噂に尾ひれがついたものとばかり思い込んでいたが、どうやら現実に存在するものだった……だが、予想外の事態が起きた時こそ落ち着くべき。まずは相手の戦力を考えてみるとしよう。
閉じてる最中の門をギリギリですり抜けてきたからには、そこそこ度胸があるんだろう。普通ならためらう。中身はそうとして、向こうの機体はどうだ? ご主人様の犬なら、こっちのろくに整備もされてないポンコツよりずっといい物を与えられているに違いない。
右手でガキをかばい、左腕では機銃を向ける。相手もこちらに大口径の対装甲用ライフルを向ける。ライフル程度なら一発二発なら耐えられるが、それ以降は怪しい。一方こっちの対人用の豆鉄砲じゃ、いくら撃ってもアースの装甲は貫けない。背負ったランチャーなら、直撃で撃破、至近弾でそこそこのダメージだが、射角が限定されるし、高威力なだけあって警戒されるだろう。撃っても避けられるかも。
「見逃してくれ。仕事だから仕方なくやってるだけで、ご主人様に歯向かおうなんて気持ちはかけらもないんだ」
素直に命乞いをする。相手が有無を言わさず殺しに来るなら、全力で抵抗して死のう。
『ではミュータントを殺しなさい』
そうすれば見逃してくれるのだろうか。だが、仕事を失敗するどころか、自分で殺しましたなんて言ったら頭に殺されるだろうな。一番無難なのは、『自分は頑張って守ったけど護衛対象は殺されてしまいました』と言い訳するくらいか。それでも『じゃあなんでお前だけ生き残ってるんだ、責任とって死ね』と言われるのがオチか。殴り合っても死ぬ、見逃がしてもらっても死ぬ……依頼失敗はどっちに転んでも死ぬしかないのか。生き残りたいなら成功するしかないな。
こんな仕事、受けるんじゃなかった。
とりあえず、交戦の意思がないことを示すために両腕を空に向ける。
「それはさすがに上司に殺される……あんたに引き渡すんじゃだめか」
「えっ!? た、助けてくれるんじゃなかったの!!」
「他人の命より自分の命の方が大事に決まってんだろ。馬鹿か」
普通のことだ。とても、普通。
『……いいでしょう。では、こちらへ』
「その前に、物騒な物を下げてくれ。渡した後にじゃあサヨナラ、はごめんだ」
外でぎゃん泣きしているミュータントのガキは無視して、ご主人様の犬と対話を続ける。この要求を飲んでくれさえすれば、なんとか逃げられる可能性も出てくるのだ。頼むから、飲んでくれ。
『わかりました』
「おっけー、あんたが話の分かる相手で嬉しいよ」
「やめて! 放して、まだ死にたくないよ!!」
「うるせえ。俺だってそうだ」
騒ぐ少女を捕まえて、引き渡す……
「じゃあ、くれてやる」
フリをして、肩のランチャーに装填された榴弾、焼夷榴弾、煙幕弾をまとめて相手の手前にぶち込む。
「逃げるぞ」
爆炎と土煙、それから真っ黒な煙幕がカメラの視界を埋め尽くすと同時に、バック開始。追加の嫌がらせに機銃弾を煙幕の向こう側へたっぷりばら撒いて、そのまま逃げる。
この場での勝利条件は、ガキと自分が生きてこの場を逃れることなのだから、撃破する必要はない。だから光学・熱源索敵を煙幕と炎で潰して、あとは相手が弾幕にひるんでいる間に、追いつけないくらい距離を取ればいいのだ。
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