第6話 お取替え
案内された部屋は、窓のない狭く小さな部屋だった。家具はソファとテーブルと、部屋の角に置かれた箱型機械の三点。生活用ではなく、ただの応接間のよう。
綺麗に拭かれたテーブルを汚すのは気が引けたので、床の上に蒸留水と合成食糧などの荷物を入れたバッグを下す。
「ここは空気清浄機が置いてありますから、マスクを外しても大丈夫です」
「本当か? 助かるな」
つけっぱなしに慣れているとはいえ、苦しいものは苦しい。できることなら外したままで過ごしたいものだが……まさか、汚染地帯の真ん中で外せるとは思わなかった。うれしい誤算だ。
マスクを外し、それから一度深呼吸。自室のような悪臭はなく、咽ることもない。空気清浄機もいいものを使っているのだろう。できれば持って帰りたい。無理だろうが。
「じゃあ、少し待っていてくださいね。村長をお連れしますので」
「はいよ」
ソファに背中を預ける。多少補修の痕はあるものの、自宅で使っているものよりも柔らかく、大変座り心地がよい。気に入った。許されるなら、空気清浄機と一緒に持って帰りたいくらいだ。
じっとそのまま待つこと数分。やってきたのは老婆と、銃をぶら下げた付き添いが一人、大きな無線機を運んできたのがもう一人の合わせて三人。銃の威圧感が強く、はっきり言って不快だが、文句は言うまい。
今回こうして俺が出張ってきた元凶は、うちの支配階級が馬鹿をやらかしてくれたせい。スカベンジャーとミュータントはお互いに重要な取引相手だが、しかし支配階級とスカベンジャーは同じコロニー内の人間だ。支配階級がミュータントを殺したのは、コロニーの人間がミュータントを殺したのということ……歓迎されないのも当然だ。
……そう理解はできても、納得できるかどうかは別だ。自分のケツも拭けない馬鹿のせいで、とんだ迷惑を被ってる。
「お待たせしました。孫を無事に連れ帰ってくださり、本当にありがとうございました」
「仕事なんで、どうぞお気になさらず。それよりも無線機を貸してもらえませんかね」
「ええ。もちろんです、どうぞ。すでにコロニーに周波数を合わせてありますから、そのまま使って大丈夫ですよ」
「ありがとう」
早速無線機を貸してもらって、コロニーに通信を入れる。数秒ほどノイズがかかったが、すぐに出てくれた。
『誰だ』
「クロードだ。用件だけ伝えるぞ。アースの膝関節のギアが壊れた、部品を持ってきてくれ」
『無理だ』
「は?」
即答で拒否されるとは思わず、つい苛立ちを隠さずに返事をしてしまった。相手は上司なのに。
もう一度深呼吸して、気分を落ち着かせる。いくら頭でも理由なく断ったりはすまい。替えが利くとはいえ、数の限りがある駒の一つをポイ捨てしたりしてくれるな。
「理由は?」
『ゲートにご主人様の犬が張ってる』
「排除、は無理か」
『当たり前だ。正当防衛ならまだしも、正面から殴りかかるなんて宣戦布告もいいとこだ。だが考えはある、ミュータントのババアは居るか。ちょっと代われ』
そっと通話機を老婆に譲る。
「……はい、代わりました」
『そっちにもアースの部品くらいあるだろう』
「うちのものはほとんど発掘品です。そちらのものとは規格が合いませんよ」
『ほとんどってことは、こっちと合うものもあるんだろう。後日使わせた分はこちらから送る。それでいいだろう』
「……約束は、守ってくださいね」
『孫は無傷で届けさせたろ』
「一度の成功だけで信用しろと?」
『駄目ならお互いに信用を損なうだけだ。損しかない』
なにやら難しい話をしている気がする。とりあえず俺はコロニーに帰れたらそれでいいので、内容はどうでもいいからささっと話を纏めてくれたらありがたいのだが。
「そ、村長!」
なにかアクシデントでもあったのか、もう一人新しくミュータントが乱入してきた。ノックもなしに失礼な奴だが、それだけに緊急の要件なのだろう。野生動物の群れとか、他のコロニーからの侵略者とかがやって来たとか。どちらも最悪だが、せめて前者なら対応できる。
「申し訳ありません! お客様から預かったアースを……」
「何、俺のアースがどうかしたか」
どちらでもなかったようだが、ろくでもないことには違いなかった。
「こ、壊してしまいました」
「……」
ババアの方を見る。どうしてくれるんだ、と。無言の威圧を察してくれて、部下とそろって頭を下げられるが、それで事態が好転するわけじゃない。
「……どうしましょう」
「じゃねえよ。帰れねえじゃねえか」
この馬鹿かどの馬鹿かは知らないが、もともとボロだった俺の愛機にトドメを刺してくれたらしい。なんてこったと叫びたい気分は大事な取引先の前だから抑えて……ともかく、俺は旧人類だ。長居すれば健康を損なう。
『大事な部下の機材を壊したって? そいつは旧人類だぞ。なるべく早く帰してもらわなきゃ、そいつが死んじまう。使ってないアースの一機くらいあるだろう、それを貸してやれ』
「あるにはありますが……しかし、残りは発掘品です。数少ないマトモに動く代物を、貸せとは」
『ほう、骨董品一つを惜しんで人の部下の命を奪うか。本気なら、いい度胸だ』
「何をするつもりです?」
『さあな、どうなることか……俺の口からはとてもとても……』
「棍棒を振りかざして脅しですか……全く。優雅ではありません。仕方がないので貸して差し上げますが、必ず、無傷で返してくださいよ」
『人のモノを壊しておいて、自分のは絶対壊すなって?』
「仕方がないでしょう。そちらの大量生産品とは違った、貴重品なのですから」
『聞いたかクロード? 壊すなってさ』
「善処はする」
聞いたからには壊さないように努力するとも。努力したからといって、壊さずに返せる保証はどこにもないが……まあ、機体が壊れるときは大体自分の命も一緒に散っている。俺が責任を考える必要はない。死んだ後に頭がどうにかするだろう。
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