9話 枢要罪

 ノクタムの町を少し離れたところにある森にはランクのさほど高くない魔物が生息する。そんな中を1人の青年が歩いている。


 「…ここまで来れば良いかな。…おいで、ヴァニタス。」


 そう言うと青年…龍忌の服の間から黒い靄が溢れ目の前に集まっていく。その靄は次第に女性の形をとり徐々に色づいていく。靄に完全に色が付くとそこには和服を着た銀髪の女性が立っていた。


 「お久しぶりですね?」


 「そうだね、僕としてはもう少し早く呼びだしたかったのだけど。」


 「それについては何も言いませんよ。私と貴方は文字通りの一心同体でしょう?それに私は一緒に居られれば良いのですよ。」


 「…ありがたいね、じゃあこれからも宜しく。」


 「はい。マスター。」


 「マスター?呼び方かえるのか?」


 「新しい世界ですからね。新しい呼び方をしても良いでしょう?」


 「…そうだね、任せるよ。」


 「えぇ、変えさせていただきますねマスター。」


 と、龍忌とヴァニタスは森の中で会話を続け森の中を襲ってきた魔物を食い散らかしながら一直線に進んでいく。


 それから1時間ほど歩くと簡素な建物の集まる集落とそこを出入りするオークとゴブリンを発見した。

 

 「どうやら捕まっている人も何人か居るようですね。どうしますか?」


 「害があるなら殺すし無ければそのままかなー。兎に角今は腹を満たす。」


 龍忌とヴァニタスは茂みの中に潜みそんな会話をする。すると数体のオークが現れその手には人間の少女を抱えていた。


 「また増えたな。とっとと喰って帰るか。翔も待ってるだろうし。」


 「そうしましょう私も観光したいです。」


 そう言うと2人は茂みから飛び出し周囲に居た魔物を刈り始めた。


 そして10分ほど経った後集落にいたオークとゴブリンは消え、残っているのは鎧を着たオークジェネラルが数体と通常のオークより二回り大きく黒いオークキング一体だった。

 

 「…ブヒブヒ言ってるけどなんて言ってるか分からんな。」


 「えぇ、肉は美味しそうですけどね。」


 「じゃあさくっと終わらせて捕まってる奴のとこに行きますか。」


 龍忌がそう言うと続けて


 「原典『枢要罪』:虚飾ヴァナグローリア暴食グラ強欲アワリティア。」


 と言うと龍忌の腕に黒い靄が集まり覆っていく。そして靄の輪郭がはっきりしてくると靄は黒い蛇となっていた。そしてその蛇は一匹ではなく龍忌の服の袖から無数に首を出し一匹一匹が個々で意思を持っているかのように別々の動きをしている。


 「喰らえ、欠片も残さず。喰らえ、魂すら。喰らえ、己が犠牲になろうと。喰らえ、地の果てまで追い求め。食欲を刺激し強欲に暴食の限りを尽くし全てを覆い喰らえ。『ヴリトラ』」


 龍忌がそう言うと腕から出ていた蛇は勢いよく飛び出し残っていたオークキングたちに群がる。蛇はオークの全身を包み徐々に小さくなっていく。その光景は死体に無数の蝿が集ったような悍ましさを感じさせる。


 数秒間その光景は続く。実際この光景を並の人が見たら気を失う程に恐ろしく感じるだろう。それほどの悍ましさだ。


 「さて、充分かな。」


 龍忌が手から出す蛇の勢いを止め出ている蛇を全て靄に戻すとそこには何も残っていなかった。

 

 「次は人の居るところを捜さなきゃな。ヴァニタスわかる?」


 「ここから北東に行ったところにある家にいくつかの反応がありますね。他に反応のあるところはありません。」


 「じゃあそこに行こうか。そこは僕一人で喰って回るからヴァニタスは人を助けといて。」


 「了解しましたマスター。」


 2人は再び場所を移動する。そこは周りの建物より一回り大きな小屋だった。中からはオークとゴブリンの鳴き声と人の悲鳴が聞こえる。


 「原典『枢要罪』:虚飾ヴァナグローリア暴食グラ強欲アワリティア傲慢スペルビア色欲ルクスリア憤怒イラ怠惰アケディア憂鬱トリスティティア


 龍忌が綴った後黒い靄が全身から吹き出し当たりを覆っていく。


 「…このような場所でそれを使うのですか?」


 龍忌の綴ったスキルに対し動揺するヴァニタス。


 「試したいんだよね制御できるかどうかをさ。だから早めに中の人助けてきてよ。」


 「分かりましたけど無理しないで理性飛ぶ前に止めて下さいね。」


 「分かってるよ。」


 「それではいってきます。」


 ヴァニタスはそう言うとその場から消える。龍忌は続けて詠唱する。


 「総てを惑わす幻惑を、総てを喰らう食欲を、総てを欲する本能を、総てを統べる暴慢を、総てを生かす生命を、総てを制する暴力を、総てを停める停滞を、総てを染める暗雲を、我は全であり全は我である。我が名は真理『知られざるモノ《アザトース》』


 龍忌が最後に名を読んだ瞬間周囲に広がっていた黒い靄は再び龍忌の元に集い全身を覆っていく。収まると龍忌は全身が黒くなり輪郭がぼやけ全身から触手のような黒い靄を生やし、赤い眼玉が全身から周囲を覗いていた。形も人のそれではなくどの種族にも合致しない翼を肩や腰から生やし足は消え代わりに触手がうねり宙に浮いている状態だった。



 そして、そのまま龍忌は異形の姿で小屋の中へ入ってゆく。


 

 

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