第――話 シャナウ=アウララ

 【楽しい商店街】及び、関連組織である【肉屋】を壊滅させた功績。

 加えて、【迷宮神隠し】の主犯であったS級探索者【舌打ち】の捕縛や、城塞都市近郊で発生した迷宮の【偶成決壊】――千の魔物が迷宮から溢れ出る状況の中、【黒白】、【灰纏い】等の冒険者たちを率いて前線に立ち続けた功績。などが認められ、アルディノは二十代半ばで名誉貴族の称号を与えられることになる。


 その事を切っ掛けとし、名をアルディノ=メーヴェと改名。

 同時に、以前から交際のあったソフィア=フェルマー、ミエルの両者と入籍を果たすと、その年の暮れに両者が子宝を授かり、翌年には【シルワ】と【ルボワ】と名付けられた、可愛らしい女児たちが産声を上げることとなった。


 そして、それから更に一年後。

 一通の手紙が届いたことにより、運命は大きく転がり始める。

 

 手紙の差出人はシャリファ=サイオン。

 グルセン領の領主であり、アルディノの実父でもある人物からの手紙で、内容は『家族で王都に行く用事が出来たから、都合が合うようなら会えないかな?』と、いった他愛もない、ごく普通のものだった。


 だが、それを了承して王都に向かったアルディノを待ち受けていたのは、王位継承権を巡る争い。

 シャリファが幼少の頃から身に着けていた首飾りが王家の秘紋章であること――シャリファさえ知らなかった、王と妾の間に産まれた子であるという事実を、ヴェルニクス教皇であるシャナウ=アウララに暴かれたことによって、歪んだ争いのなかに放り込まれてしまう。


 シャリファが継承権を手にしたことによって激化する継承権争い。

 その最中、シャナウ=アウララは大望を成就させようとしていた。



◆ ◆ ◆



 シャナウ=アウララ。

 現、ヴェルニクス教の教皇であるシャナウは読書や物語を書くのが大好きな少年であった。

 

 理由は勿論存在している。

 彼のルーツを辿ると一人の作家に――幾つものおとぎ話を世に送り出したドゥロン=アウララという偉大な作家に突き当たるからだ。


 故に、シャナウはそれが誇りだった。

 なにせ、『この国の大人は、ドゥロンの物語を子守歌にして育ったんだよ』と、言われるほどに愛された偉大な作家で、自分にもその血が流れていると自覚していたからだ。


 そんなシャナウなのだ。

 当然、ドゥロンが執筆した物語には全て目を通している。

 明るく楽しい物語や、幸せで満ちている物語、様々な物語があったが、そのなかでもシャナウが特段興味を示したのは、ドゥロンの本来の作風とは少し異なっている【禍事を歌う魔女】という物語であった。


「綺麗な絵だな……」 


 本来の作風とは違う暗い雰囲気に加え、恐ろしく描かれた魔女の挿絵。

 普通の子供なら、手放して別の本を手にとる場面ではあったが、シャナウはその雰囲気と恐ろしさに惹かれるものを感じていた。


 だからだろう。

 シャナウは【禍事を歌う魔女】という物語と、その登場人物である名も知らない魔女をもっと知りたい、もっと理解したいと考えるようになるのだが……


「金? 名声? はははっ……それ目的に作家としての魂を売ったのか? ふざけるな? ふざけるなよ? ふざけるんじゃないッ!!」


 十数年の後、ドゥロンの隠れ書斎で真実を知ることになる。

 【禍事を歌う魔女】というひとつの物語が、『王家の管理下にある土地で、魔素溜まりの暴発を起こしてしまった』と、いう不祥事を隠蔽するための汚れた物語であったことを。


 故にシャナウは嫌悪した。

 嘘つきの血がこの身に流れていることを。


 故に愛を知った。

 本当の【禍事を歌う魔女】は、悪役を演じてまで人々を救おうとしたした善人であると理解していたから。

 

 故に、故に。

 許せなかった。


「壊してしまおう……そして書き換えるんだ……

嘘吐きたちにとって都合の良い物語を、私の悪意と愛で……」


 だからそう考えた。

 王家と、王家の戯言を鵜呑みにし、【禍事を歌う魔女】を貶め、蔑む、愚鈍で無垢な人々を、魔素溜まりの暴発という物語の始まりと終わりを用いて――



◆ ◆ ◆




「暴発までの時間は残り僅か。どう足掻こうと破滅への筋書きは変わらない」


「……そんなやり方じゃ誰も救われない。だから――その筋書きを書き変えてみせますよ」

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