第265話 紛れ込んだ頭部
その日の朝、僕を目覚めさせたのは怒声入り混じる慌ただしさだった。
「私とハスクは噴水広場に向かう! カウウは待機! 寄せられた情報を整理しておいてくれ!」
「団長、俺はどうすれば良い?」
「クジャルは拠点周辺の安全確認を頼む! 怪しい奴が居るようであれば、身柄を確保、拘束しておくように!」
いったい何があったのだろう?
ただ事ではない雰囲気を感じ取った僕は、手早く着替えを終わらせると、廊下へと顔を覗かせて周囲の様子を覗い始める。
「あ、おはようございますミエルさん」
「おはようございますアル君」
すると、同様に顔を覗かせていたミエルさんと目が合い、僕たちは小さく会釈を交わし合う。
「随分と慌ただしい様子ですけど、何があったのか分かりますか?」
「いえ、今しがた起きたばかりなので……」
「そうでしたか。
そうしますと……とりあえずはロゼリアさんのところに行ってみましょうか?」
「ええ、そうしましょう。
声から察するに……食堂にいらっしゃるようですね」
二、三会話を交わすと、状況を把握するために食堂へと向かい始めた僕たち。
「アル、ミエルン……」
が、食堂へと辿り着く直前、食堂の出入口でロゼリアさんと鉢合わせることになった。
「おはようございますロゼリアさん」
「アルか……」
僕は咄嗟に挨拶をするのだが、ロゼリアさんから挨拶は返ってこない。
その代わり、と、言ってはなんだが、迷いが含まれているような渋い表情を向けられてしまう。
「――へぇ」
とはいえ、向けられていた時間はそう長くはない。
「その表情から察するに――うん、いい具合に気分転換ができたみたいだね。
だとしたらアルは問題ないし、ミエルンは言わずもがなだから……よし、二人とも私に付いておいで!」
そう言ったロゼリアさんは表情に安堵を。
続けて、重々しい雰囲気を含ませて行き――
「ちなみに、朝食は抜きだから」
「は、はい! 分かりました!」
「おっ、いい返事」
言葉の意味を理解してしまった僕は、恐れや戸惑いを追い出すために、普段よりも大きな返事を返すことにした。
その後、僕たちは身支度もそこそこに拠点を後にした。
焼きたてのパンの香りがほんのりと漂い始めた商店街、瑞々しい青果が運び込まれて行く朝市の屋台、そういったものを横目にしながら石畳の上を駆けて行く。
そうして駆けること数分。
「はいはい、ちょっと通してもらえる?」
「す、すみません……通して頂けないでしょうか?」
辿り着いた先は人だかりのできた噴水広場で、僕たちは人々をかき分けながら先へ先へと進んで行ったのだが……
「ちっ……やってくれるねぇ……」
「ご、強引すぎますよロゼリアさ――……ひ、酷い……」
その先で目撃したのは信じがたい光景。
噴水の淵に、五つの頭部が並べられているという凄惨な光景だった。
「だ、誰がこんなことを……」
そう言った僕は、凄惨な光景から目を背けそうになってしまう。
が、実際には目を背けてはいない。
口では『誰が』と、口にしたものの【肉屋】の犯行であることを容易に想像できたことに加え、目を背けてしまった場合、確信に至るナニカを見落としてしまうと考えたからだ。
「あ、あの顔……それにあの顔にも見覚えがある……僕たちが捕まえた人だ……」
並べられた顔を見た僕は、【肉屋】の犯行であるという確信を深める。
「口封じ……なのか? だとしても何で晒すような真似を……」
加えて逡巡する。
このような真似をした理由や意図を――口封じには必要のない『晒す』という、罰とも警告とも取れる要素が足された意図を。
「……いやいや、これはどういうことかな?」
しかし、そうして頭を働かせていると、ロゼリアさんが眉間に皴を寄せながら呟き、同行していたハスクさんが、驚きの含まれた『あっ』と、いう音を発声する。
「どうしたんだハスク?」
「えっと……」
そのことにより思考を中断させた僕は、二人の会話に耳を傾け始めたのだが……
「右から二番目の頭部……私が行った施設に居た人だ……」
「はぁ? ハスクが?」
ハスクさんがそう伝え、
「ああ、なるほど……なるほどねぇ……」
ロゼリアさんが顔から表情を消して呟いた瞬間、僕の背中に冷たい感覚がベタリと張り付いて落ちて行った。
「みんな、一旦帰るよ」
ロゼリアさんは、帰る理由を説明することなく人だかりの中から抜けて行く。
ただ、ロゼリアさんに説明を求める人は誰一人居なかった。
恐らくは、二人の背中にも、身震いするほどの冷たい感覚が残っているのだろう。
僕たちは陽光が差し始めるなか二の腕をさすり、前を歩くロゼリアさんに声すら掛けられぬまま、一言も交わすことなく、その背中に付いて行くことしか出来なかった。
「クソがッ! クソがッ! 本当に死んでくれよ! クソ以下の害悪共がッ!」
「どうしたんだ団長? 随分とご機嫌じゃねぇか?」
「うるせぇクジャル! 何処がご機嫌に見えるんだよ!? 言ってみろ? あ?」
「ちょ、ちょっとした冗談だって」
「ちょっとした冗談? 気取って下手くそな冗談を言うから、酒場の姉ちゃんたちに『下手に知能を身に付けてしまった悲しきトロル』って言われるんだろうが!」
「……え? それまじ?」
拠点へ帰ると、ロゼリアさんは暴言を巻き散らしながら食堂へと向かう。
まあ、その所為で犠牲者が出てしまったことに関しては複雑な感情を覚えてしまうが、分かりやすく怒りを露わにしてくれた方が、先程よりも心臓に負担が掛からなかったりする。
「紅茶にミルクと砂糖を三個! それと、適当に焼き菓子を見繕って持ってきて!」
ともあれ、食堂へと辿り着き、ご要望の紅茶と焼き菓子を勢いよく口に運び終えると、それで少しは落ち着くことが出来たのだろう。
「さて、何から話すべきか……」
ロゼリアさんは、溜息交じりに話を切り出した。
「そうだな……ちゃんと情報が共有できるように、順序を追って話すことにしようか。ってことで、今朝の話から始めるんだけど……時間は何時だっけ?」
「こちらが情報を察知したのが明け方の五時頃ですね」
「そう、その時間帯に噴水広場の情報が入って来たんだわ。
それとほぼ同時に入って来たのは、自警団が管理する檻のなかで、首の無い会員と店員が発見されたという情報だったんだよね」
「当然、そのような情報が入れば関連を疑います。
二つの情報を結び付け【肉屋】が関与していると判断した私たちは、噴水広場へと向かうことを決めた訳ですね」
「で、噴水広場に着いてからはアルも知ってのとおりだ。
案の定、並べられていたのは牢屋に居るはずの奴らで、私としては『悪い予想が当たった』程度に受け止めていたんだけどさ……」
そう言うと、カップを傾けるロゼリアさん。
「実際さ、捕縛した奴らの顔と名前は全員分覚えてたんだよね。
私とアルが捕縛した奴らは勿論のこと、クジャルが捕縛した奴らの顔と名前もね。
それに加えて、移送された奴が何人いて何人が牢屋に残っているとか、そういう情報も把握していたから、頭部が五つであることに疑問を抱かなかったし、その顔を見て全員の名前を言える筈だったんだよ……」
カップの底に溜まっていた砂糖を、ジャリっと噛んでから話を再開させる。
「けど、一人だけ名前が出てこなかったんだよね。
正直『なんで?』って思ったし、自分の記憶力を疑っちゃったよ」
「……でも、そうじゃなかった」
「そう、ハスクが言うようにそうじゃなかった。
だって、実際に見たことのない人だったんだもん」
呆気らかんと答えるロゼリアさん。
「アルとミエルンも覚えてるでしょ?
あの時、ハスクが『私が行った施設に居た人だ』って言ったことを。
【肉屋】が施設として使用した形跡すらない場所に――そんな場所に居た人だって言ったことを」
が、その呆気らかんとした声は、表情が抜け落ちて行くと共に段々と冷たいものへと変わっていく。
「で、分かっちゃったんだよ。
『らしさ』とか『言伝』とか、そうゆう意味合いも少なからずあるんだろうけど、答えはもっと単純で、施設とは関係ない場所に、私たちが足を運んだっていう事実が欲しかっただけなんだろうね」
「団長……」
「はあ、本当に嫌になるよ……要するに奴らはやり方を変えた、私たち【暴食】を潰すという方針に切り替えたんだ。
いや、あいつらのことだから収穫時とか考えているのかも知れないねぇ……
だから、その始まりとして五つの頭部のなかに――私たちが敵対する相手の中に善良な一般市民の頭部を紛れ込ませたんだ」
「だ、団長……」
「クジャル、そうすることでどうなると思う?
ポカンとしているから答えちゃうけど、『【肉屋】と勘違いした私たちが、善良な一般市民を殺した』って、ことになっちゃうんだよ。
生憎なことにここは【吟遊都市マディア】で、情報が集まり錯綜する場所だ。
点と点があるなら無理やりにでも結び付けるし、点の色を黒から白に変えることだって平然とやってのける」
「だんちょ……」
「ここの連中はやってのけるぞ?
利権、人権、色んなものを絡めて、燃やして、大火にしようとする。
悪人たちにとって目障りな【暴食】を――自分たちを脅かす暴力をこの機会に排除しようとするんだよ」
そう言うと、申し訳なさそうな表情を浮かべるロゼリアさん。
「恐らくは、それに乗じて【暴食】を潰すのが【肉屋】の計画で……」
そして、その視線をミエルさんへと送ると……
「悪いなミエルン……待ち受けているのは、ナナニア運動の再来だ」
そんな言葉を口にした。
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