第264話 嫌われちゃうから


「こ、これで勘弁して下さい!」


 そう言い残すと、一枚の銀貨を置いて商店街の雑踏へ紛れて行く男たち。

 ユウリは僕と目を合わせると苦笑いを浮かべ、「これじゃあ、俺が悪者みたいじゃん」と、呟いてから地面の銀貨へと手を伸ばした。


「まあ、遠慮せずに貰うんだけど――」


 伸ばしたのだが、ユウリは手を止めるのと同時に、言葉までピタリと止めてしまう。


「どうしたの?」


「いやぁ~、まあ、カツアゲみたいで格好悪いからやめておこうと思ってさ」


 僕の質問に対して、どこか言い訳くさい言葉回しを返すと、銀貨に背を向けるユウリ。


「てか、こんな場所で話すのもなんだし場所変えね? 飯は食ったばかりだし……喫茶店とかで良いよな?」


「そうだね、喫茶店に行こうか」


「それじゃあ、早速行くとするか、ほら、行った行った」


 続けてそう提案したユウリは、路地裏から追い出すようにして僕の背中を押し始めるのだが……路地裏から追い出される間際。


「そんなに急かさなくてもいいのに……あ」


 振り返った僕の目に映ったのはユウリの姿――それと、建物の陰から顔を覗かせている襤褸を着た子供たちの姿で、


「な、なんだよ」


「――いや、なんでもないよ」


「……なら良いんだけどさ」


 銀貨をそのままにした理由や、追い出そうとした理由を理解してしまった僕は、


『子供には優しいんだね』


 そう伝えたらどんな反応をするんだろう?

 と、いった疑問を抱きながらも、押されるがままに路地裏を後にすることにした。



 その後、喫茶店へと移動した僕たちは、記憶を手繰り寄せて花を咲かせることに。


 話題は、当時見ていたアニメやテレビ番組の話から始まり、聴いていた音楽の話や読んでいた漫画の話。

 よく通っていたジャンクフードの店や、好きだったコンビニ菓子の話など、次から次へと移っていき、喉を潤すための紅茶も三回は注文したというのに、それでも尽きることはなかった。


 だからだろう。

 気が付けば、時計の針は随分と進んでおり、商店街には夜ならではの活気が訪れていた。


「てか、もうこんな時間か……名残惜しいけどそろそろ解散しなきゃだな」


 話の合間にできた僅かな空白、その空白で時間を確認したユウリがボソッと呟く。


「随分と話し込んじゃったみたいだね。

ユウリが言うように、そろそろ解散しないと心配させちゃうかも」


「心配って家族をか? いや、もしかして恋人とかか?」


「ち、違うってば」


 僕が否定を返すと、ユウリは疑いの眼差しを向け、ニヤニヤとからかうような表情を浮かべる。


「おっと、詮索しないって約束だったよな」


 が、すぐさま『約束』に反していることに気付いたようで、口元で両指を重ね合わせると、バツ印を作ってバツの悪そうな表情を浮かべた。


「確かに約束はしたけど、答えられそうなことなら答えるよ?」


「そう言われちまうと聞きたくなっちまうじゃん……」


 僕が提案をすると、声に僅かな迷いを含ませるユウリ。

 その声を聞いた僕は、『迷うくらいなら約束を取り消してしまえば良いのにな』などと、考えてしまう。

 しかし、ユウリの意思は随分と固いようで、


「……いや、やっぱりやめておくよ」


 溜息を吐き、残念さを顔に滲ませながらもそのように答えた。


「ユウリがそう言うなら……仕方ないね」


 僕は、紅茶を口へと運ぶユウリを眺めながら、胸の内で『僕もだけど、ユウリも不器用な子だな』と、呟いてしまう。


「おい、心の声が漏れてるぞ?」


「あ……」


 いや、声に出していたようで、僕はユウリに睨まれてしまう。


「ったく、自分が不器用だからって俺まで無器用扱いするなよ」


 斜めに切られた前髪をクリクリと弄り、唇を尖らせながら否定するユウリなのだが、その言葉は僕を納得させるに至っていない。

 

 それもそうだろう。

 先程から僕たちが口にしている『約束』というものは、ユウリが自らに――と、いった意味合いが強く、公平性を保つために自発した、無器用が故の制約であるからに他ならないからだ。


「で、何処が不器用なんだよ?」


「えっと、境遇に関して『約束』を持ち込むところとかかな?」


「まあ、否定はできねぇけど……」


 正直、僕たちの境遇は随分と特殊だ。

 なので当然、この世界に来てから今に至るまでの過程や、置かれている現状など、そういった部分に関心を持つのが自然の流れで、喫茶店に着いてからというもの、実際に尋ねる機会が何度かあった。


『境遇か……まあ、俺はこの世界のことも、置かれている境遇も好きじゃないから話したくないっていうのが本音だな』 


 が、ユウリはソレを嫌がってみせた。

 加えて、変に真面目で律儀だったのだ。


『そんな訳で、俺が話さないのに、話してもらうのもずるい感じがするだろ?

だからさ、俺は境遇について詮索しないって『約束』するから、アルも詮索しないでもらえると助かるわ』


 そんな約束を、自ら口にするくらいには。

 とはいえ、そのような口約束を交わした割には――


『俺が転移に巻き込まれたのは十二歳の頃だな。

まあ、魔法の影響かなんかで見た目は十五、六歳だけど……こっちの世界に来てから十年くらい経つんじゃねぇかな?』


『ちなみにだけど、俺の本名を知ってるのは一部の人間だけで、こっちの世界では別の名前を使ってるんだわ。ん? そっちの名前は内緒だ』


 幾つかの境遇については話してくれたのだから、本当、変に真面目というか律儀というか……

 などと考え、温くなった紅茶を飲み干そうとしていると、

 

「まあ、否定したいところではあるけど、このままだと話が脱線して、もう一杯注文する羽目になりそうだから、渋々だけど無器用って評価を受け入れてやるよ」


 ユウリは言葉どおりに渋い表情を浮かべ、腰に提げていた布袋へと手を伸ばすと、カウンターの向こうにいる白髭の店主に声を掛ける。


「なぁ店主、会計は幾らだ?」


「お会計はもう頂いていますよ」


 だが、店主から返ってきたのはそのような言葉で、ユウリの視線が僕の方へと向く。


「さっき、ユウリがお手洗いに行った時に、ね」


 僕は向けられた視線に対して、笑顔を返すと、少しだけできる男を気取って「じゃあ、行こうか」と、口にしてみることにしたのだが……


「す、すげぇウゼェじゃん……てか、何そのドヤ顔?

いや、まぁ……スマートはスマートなんだろうけど、アルってそういうの壊滅的に下手くそだな? ある意味才能だよ……あ、ほら、見ろよ? 鳥肌立っちゃってるじゃん」


 ボロクソである。


「そ、そんなに?」


「ああ、『ありがとう』って言うべきなんだろうけど、それを躊躇するレベルだな」


「そ、そんなにかぁ~……そっかぁ~……」


「え? ちょっ、ガチへこみ? な、なにいじけ出してんだよ!

もしかしてだけどアルって面倒臭い奴!? ああ、分かった! ありがとう! マジありがとうだから元気出せって!」


 僕の肩をバンバンと叩き、どうにか元気づけようとするユウリ。


「それと! さ、さっきのは冗談で、実は照れ隠しだったんだよ!

本当はそんなこと思ってないから気にするなって!」


「ほんとに? ほんとに冗談なの?」


「おっふっ……う、うぜ――じゃなくて本当だ!」


 頬を引き攣らせながらも、笑顔を作って僕へと向ける。

 が、そうして笑顔を向けてくれていたのも、そこまでだったようで、


「今、『うぜぇ』って言い掛けなかった?」


「と、兎に角だ! そろそろ帰らないと心配する奴がいるんだろ!?

訳の分からない問答なんかしてないでさっさと帰るぞ! 店主! 騒がしくして悪かったな!」


 僕は無理やり席から立たされると、引きずられる形で喫茶店を後にすることになってしまった。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「ふんふんふ~ん ふふふんふ~ん ふんふんふ~ん ふんふんふ~ん」


 ユウリは上機嫌だった。

 懐かしい思い出の曲を、鼻歌にのせて廊下に響かせるくらいには。


「本当、面白い奴だったなぁ~。

それに、読んでいた漫画とか音楽の趣味も合ってたから、マジで話が弾んだよなぁ」


「おい、そこのお前、こんな場所で何やってるんだ?」


「きひひ、また会う約束も取り付けることができたし……てか、本当にこの世界は不便だよなぁ~。スマホとかがあれば、会う度に次の予定を組む必要なんてないのによ……ほんとダルッ」


 自警団員が問い掛けるものの、その声を無視してユウリは独り言を続ける。


「はぁ~、次は何の話をしようかな~?

漫画のセリフクイズとか、イントロクイズとかやったら盛り上がりそうだし――ぷふっ、また似てない物真似を披露してもらえるかもしれねぇなぁ~」


「おい、お前……そこで止まれ」


 自警団員は声に緊張感を、その手を剣の握りへと伸ばす。


「ブツブツ言っているお前のことだ……がはっ!?」


「あ、日本料理を再現するっていうのも楽しそうだよなぁ。

でも、その場合は店に協力してもらうとか、どちらかの家に行くことになるだろうから、詮索しないって約束に反しちまうし、難しいかもな」


 が、ユウリは一瞥もくれることはない。

 指先をクルリと回すことで魔法を展開し、一瞬の内に自警団員の意識を奪ってみせた。


「俺の境遇が、もう少しまともだったら違ったのかもな……」


 ユウリは階段を降りると、薄暗く、カビの臭いが漂う陰気な通路を進む。


「だ、誰だ?」


「ご丁寧に顔まで隠していることから察すると……

もしかしてだが……私たちを救助しに来た? あなたは【肉屋】の関係者なのか?」


「だとしたら……俺たちは助かるのか?」


 通路を進むこと、十数秒。

 等間隔に設置された鉄製の棒が左手に現れ、その向こう側から、疑念や希望、様々な感情の込められた視線がユウリへと向けられる。


「消えっ――なっ!? どうやって檻の中に!?」


「な、何の魔法だ!?」


「そ、そんなことよりも鍵だ! き、君、鍵は持っているんだろ?

申し訳ないんだが、このままでは檻から出ることができないから、鍵を開けてくれると助かるんだが……」


「か、鍵を開けてくれたら、個人的なお礼も出すぞ?」


 更には、媚びまで含ませ始める男たち。

 ただ、それらの感情はユウリに欠片ほども届いていなかった。


「あれ? はれ?」


「え? お前、首に何か……あで?」


「へ? なんで? にゃんで?」


 それどころか、男たちがユウリへと向けていた視線は、ずるり、ずるりと、自分の意思とは関係なくずり落ちて行き――


 ゴロン、ベチャリ。


 そんな音と共に、冷たい石畳の上に転がることとなった。

 そして……



 

「本当……俺の境遇がもう少しまともだったらな……」


 完全に眠りについた吟遊都市マディアの――その噴水広場で、ユウリは相変わらず独り言を続けていた。


「本当は聞きたいことだっていっぱいあるし、話したいことだっていっぱいあるんだ」


 そう続けたユウリは、噴水の淵へと視線を送る。


「けどさ……そうしたら俺は、きっとアルに嫌われちゃうから……」


 すると、そこに在ったのは、温もりが残っている五つの頭部で……


「嫌われちゃうから……」


 ユウリは星空を見上げて呟いた。

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