第261話 らしくない
【幸せを運ぶ肉屋】の一施設である【養豚場】を無事に制圧した僕たちは、少し離れた場所で待機していた御者さん――もとい、元劇団員の団員さんと合流してから事後処理へと取り掛かり始めた。
「アルの兄貴、三名の被害者に衣服と飲み物を渡し終えました。
馬車にも乗車してもらったんで、こっちは何時でも出発できますよ」
「こっちも準備完了です。
一般従業員に対する状況説明も終わりましたし、事情聴取のために同行してもらう件に関しても快く承諾して頂きました。馬車への乗車もすでに済んでいますので、こちらもすぐに出発できそうです。ロゼリアさんの方はどうでしょうか?」
「店員と会員――合計八名を拝借した馬車に放り込んだし、暴れないように手足を拘束したうえ、詠唱対策として口に猿轡を噛ませておいたから……うん、大丈夫そうだね。私の方も問題なく出発できるかな」
取り掛かり始めたものの、ロゼリアさんたちの手際が非常に良かったことに加え、一般従業員の方が実に協力的であったため、時計の長針が半周もしないうちに全ての事後処理が完了するこになる。
そうして、事後処理を終えると施設を後にした僕たち。
一度拠点へと戻るため、三台に増えた馬車で来た道を辿って行く。
「一般の従業員たちは、牛舎の地下で行われていたことを本当に知らなかったのでしょうか?」
その道中、疑問に思っていたことを尋ねてたのだが、ロゼリアさん曰く――
「本当に知らなかったと思うよ?
一般の従業員たちは『あっち側』の顔つきをしていなかったしね」
「顔つきですか?」
「顔っていう場所は情報の宝庫だからねぇ。
瞳や目つきは勿論のこと、筋肉や皴の付き方ひとつでおおよその性格を読み取れちゃうし、悪事に手を染めているような奴らは隠しきれない『ナニカ』が顔に滲み出ちゃってるから、注視すれば『こっち側』か『あっち側』かくらいは判断できちゃうって訳さ」
と、のことらしい。
正直、聞かされた根拠は『勘』に近いもので、経験に裏打ちされていることを考慮しても、半信半疑にならざるをえなかったのだが、
「ね? ちゃんと判断できてたでしょ?」
「なんというか……すみませんでした」
「? なんで謝ってるの?」
何事もなくマディアへと到着し、揉めることもなく憲兵に引き渡される従業員たちの姿を見て、半分疑ってしまったことを反省させられることになった。
その後、憲兵に――正確には憲兵ではなく自警団だったようで、自警団の方に定員と会員、被害者と従業員を引き渡した僕たちは、準備を整え直すために【暴食】の拠点へと立ち寄る。
「ねぇ、自警団の方に人を預けてるから、何人かで自警団の拠点に向かってもらえる? 被害者の身元確認や保護先、被害者に関する諸々の対応について話をまとめてきて欲しいんだけど」
「了解です団長! ちなみに【肉屋】の処遇については?」
「後回しでいいよ、被害者優先で話をまとめてきて。
それでアル、アルはどうする? 本当ならハスクの補佐に回る予定だったけど、嫌な光景を見せられたから精神的にしんどいだろうし、アルが拠点に残るって言うなら止めないよ?」
「い、いえ! 大丈夫です! す、少し不安ですが……僕も同行します!」
「了解、分かったよ」
準備。それに情報の共有を終えると、数分の滞在で拠点を後にした僕たち。
「ハスクの補佐に回るには北門から向かった方が早いか。
アル、少し走ることになるけど、ちゃんと靴紐は結べてる?」
「こ、子供扱いしないで下さいよ……」
そのような会話を交わすと、北門の方角へと視線を向けるのだが、
「あれ? あれってハスクじゃない?」
「……確かに、ハスクさんのように見えますね」
向けた視線の先、人物を特定できるかできないかギリギリの距離に、見覚えのある背格好をした人物が居ることに気付く。
「あ! だんちょー!」
どうやら、それは僕たちだけではなく、向こうも同様だったようで――
「あぶなっ」
「ふぎぃ!? な、なんで避けた?」
「いや、受け止めたらちょっと痛そうだし」
「ひどい! でも嫌いじゃない!」
勢いよく駆け寄って来たハスクさんは、地面へと豪快に飛び込むことになった。
「お、おう……というか、何でハスクが居るのさ?」
ともあれ、二つの施設を任されていた筈のハスクさんが『僕たちと同時刻』に、この場所に居ることを疑問に感じたのだろう。
ロゼリアさんは、僅かに苛立ったような口調で尋ねる。
「そ、それは……えっと……」
その苛立ちを感じ取ったのか、口ごもってしまうハスクさん。
対してロゼリアさんは、そんなハスクさんの反応から、口調に苛立ちが含まれていたことに気付いたようで、
「ごめんごめん、ハスクを責めてる訳じゃないんだよ。
まあ、責めてる訳じゃないんだけど……ハスクがこの場所に居る理由を何となく察することができちゃったから、ついね」
ロゼリアさんは謝罪を口にすると、バツが悪そうに頬を緩めた。
「はあ……要するに虚偽情報を掴まされた訳か」
「そう、二つともごくごく普通の農場だった……はあ」
肩透かしをくらった、と、いった様子で溜息交じりに呟くロゼリアさん。
ハスクさんも釣られるようにして溜息を吐く。
「本当に普通の農場で、施設として使用した形跡すらなかったし……」
続けて、そう溢したハスクさん。
「ハスク? 今、形跡すらなかったって言った?」
が、その瞬間、ロゼリアさんの眉根に皴が寄り目が細まる。
「う、うん、形跡すらないって言った……」
「確認なんだけど、『最近使用した形跡がない』じゃなくて『施設として使用した形跡がない』で、合ってるんだよね?」
「それで合ってる。施設に繋がる出入口もなかったし、私の鼻でも施設特有の悪臭を感じ取れなかったから――あっ」
「ハスクも気付いたみたいだね?」
「うん、こういうのは【肉屋】らしくない」
「ああ、らしくないんだよ」
そのような会話を交わすと、眉根の皴を深くするロゼリアさん。
会話の内容も、二人が言う『らしさ』も、まったく理解できていない僕は、ロゼリアさんと同じように眉根に皴を寄せてしまう。
そして、そのようにして皴を寄せていると、
「ただいま戻りました団長」
「おかえり、カウウとミエルンも無事だったみたいだね?」
別の施設を任されていたカウウさんとミエルさんが合流し――
「ええ、それにクジャルも無事ですよ。
先程、正門付近で会ったのですが、自警団との手続きが済み次第、拠点に向かうとのことなので安心してください。それよりも、報告しておきたいことがあるのですが」
「ああ~……汚れ一つない二人の姿から察するに……
まあ、全員の無事も確認できたことだし、とりあえず拠点に移動してから話そっか?」
僕たちは、踵を返して拠点へと向かうことになった。
「じゃあ、報告を聞くとしましょうかね」
拠点へと戻った僕たちは、先日もお世話になった会議室のソファに腰を下ろし、視線を黒板らしき物へと向けていた。
「じゃあ、俺から報告するか。
えー、俺が向かった施設の表向きな経営形態は、主に根菜を扱っている農園だ。
収穫した野菜を蓄えておく倉庫が施設への出入口になってて、規模は小。
店員三、会員一を捕縛、被害者二人を保護だから、結果的に会員の一人を逃したことになっちまうな……面目ねぇ」
「私が向かった場所は二つ、一つ目は小麦を扱っている農場で――」
「私とミエルが向かったのは東にある牧場で――」
「えっと、僕とロゼリアさんが向かったのは――」
報告の度にカツカツという音が響き、白で書かれた文字が黒板を埋めていく。
それが端から端まで、全ての報告が終わり、黒板が白く染まったところで、ロゼリアさんはゆっくりと口を開いた。
「私とアル、クジャル以外のところは施設として使用された形跡すらなかった……と、なると、やっぱり『らしく』ないよねぇ」
「ですね。掴まされた情報としては質が悪すぎます」
「そうする理由は何だ? やっぱり俺たちの足止めが目的か?」
「足止めが目的ならもっと上手な嘘を吐くべき。
でも、私たちを混乱させるって意味でなら成功してるかも?」
【暴食】の四人は怪訝な表情を浮かべながら持論を展開する。
「ミエルさん、何の話だが分かりますか?」
「い、いえ、私も何が何だか……」
が、僕は勿論のこと、ミエルさんも話について行けていないようで、僕たちは揃って頭の上に疑問符を浮かべてしまう。
すると、そんな僕たちを見かねたのだろうか?
「ああ、悪い悪い、要するにアレだ。
【肉屋】の上の連中は【暴食】とのやり取りさえ楽しみに変えてるんだよね。
捕まるかも知れない、殺されるかもしれない、そんな危機感さえ楽しみに変えている変態が【肉屋】には居る訳さ。
だから身を守るためには嘘も吐くし、偽りもする。それが当然の対応だろ?」
ロゼリアさんは説明を始める。
「けど、それが【肉屋】の『矜持』なのかは分からないけど、あいつらは質の悪い嘘は吐かないし、そういった嘘は掴ませようとしない。
今回みたいに、施設として利用された形跡すらない場所――言うなれば雑な仕込みで、私たちを釣るような真似はしなかったんだよ。
釣るにしても、使用された形跡がある場所――今は使用されていない施設なんかで釣ろうとする訳なんだけど、何でか分かる?」
続けるのだが……
「嘘にも純度があるからさ。
純度の低い嘘を吐いた場合、私たちが【肉屋】を追うのを諦めるかもしれない、純度の低い嘘が続いたことで、私たちの復讐心が萎えてしまうかも知れない。
そんなことを考えるような変態だから、嘘を吐くにしても純度を求める。
諦めないように、萎えないように、育むかのように純度の高い嘘を吐くんだ。
なのに今回は違う、だから『らしく』ないっていう話をしてる訳だね」
正直に言って、全くもって意味が分からない。
いや、言っている意味は分かるのだが、【肉屋】がそうする意味が分からず混乱していると――
「本当に『らしく』ないよねぇ? 今更趣旨替えできる筈もな――……いや、変えた方が『より』ってこと? ……だとしたら何に対して?」
ロゼリアさんの、そんな呟きが耳へと届いた。
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