第258話 一貫性と矛盾
「準備を整えたらすぐに出発だ――と、言いたいところだけど、流石に時間帯が悪いか……」
ロゼリアさんの言葉を受け、僕は窓の外へと視線を送る。
すると、外の景色は夕陽によって長く影を伸ばしており、灯り始めたカンテラが、もうすぐ夜の帳が降りることを僕に教えてくれた。
「夜だと都合が悪いのでしょうか?」
とはいえ、夜の帳が降りることと『時間帯が悪い』という言葉を結びつけることができなかった僕は、その理由を知るために疑問を口にする。
「むしろ、夜の方が都合が良いように思えるのですが?」
正直、闇夜に紛れた方が人目を忍べると思うし、何となくだけど、こういった作戦は『夜に行うのが定石』と、いった思い込みがあったので、意見を付け加えてみることにしたのだが……
「そう思えるかも知れないけど、ソレって相当な悪手なんだよね」
どうやら僕の意見は間違っていたようで、バッサリと切り捨てられてしまう。
「まあ、潜入とかが目的なら夜に行動を起こすのもありだと思うんだけど、私たちの目的は、そこに居るであろう『被害者の救出』と『肉屋に関連する者たちの捕縛』が主になる訳でしょ?」
「は、はい、そのように伺いました」
「と、なると、その両方を一度に成功させるのが最良であることは分かるよね?
でも、夜に行動を起こした場合その片方である『被害者の救出』が難しくなっちゃうから『悪手』と断言した訳なんだけど――なんで夜に行動すると難しくなるか分かる? 助言は『施設は郊外にある』です」
「郊外……夜……」
僕は、ロゼリアさんの助言を受けて頭を悩ませる。
とはいえ、そうして悩んでいたのも時間にしたら一、二分ほどで、夜の郊外を想像し、施設に突入する自分を思い描いた瞬間、とりあえずの答へと辿り着く。
「音……でしょうか?」
「正解、市街地なら兎も角、夜の郊外っていうのは極端に音が少ないんだよね。
そして、施設の見張りを任されるような奴らは音に対して敏感――いや、敏感というよりも、音を聞いてからの対応が驚くほど迅速であることが問題なんだ」
「問題、と、いいますと?」
「例えばの話、夜中に不審な音を聞いた場合アルならどうする?」
「僕なら……音の原因を確認しに行きますかね?」
「だよね? それが普通なんだけど、あいつらは確認すらしないんだよ。
僅かな不審音がしただけで最悪な状況を想定するし、想定する最悪を避けるためにも施設内に居る被害者たちを躊躇なく殺していっちゃうんだよね」
「殺していっちゃう……」
「そう。会員や組織の情報が漏洩するのを防ぐためにね」
「こ、こういう言い方はあまりしたくないのですが……一応は商売として人を売り、会員の嗜虐心を満たす場所として【養豚場】という施設が提供されているんですよね? ですからあの……」
「言いにくそうだから私が代わりに言ってあげるよ。
要するに、不審音ひとつしたくらいで『購入した商品』を取り上げるような真似をしても許されるのか? ってことをアルは聞きたいんだろ?」
僕の肩がビクリと跳ねる。
言い当てられてしまった僕は無言のまま頷いてしまい、ロゼリアさんは、そんな僕に対して苦笑いを向けてから話を再開させた。
「それが許されるし、それでも商売が成立しちゃうのが【幸せを運ぶ肉屋】だ。
まあ、多少の補填があるといえ、安くない金額を払っているから文句を言う奴もいるって聞くけど、そういう奴は嗜虐的な自分に酔っているだけの偽物だしね。
対して、本物たちは『縁』が無かったとか『運命』では無かったとか、夢見がちな言葉で簡単に執着を断ち切っちゃうし、そういう奴らが会員の大半を占めてるんだから、屋台骨が揺らぐことなんてないんだよ」
話を聞いていた僕は僅かに頭痛を覚えてしまう。
が、そんな僕を他所に、ロゼリアさんの話は続けられる。
「で、話を戻すけど、夜に行動を起こした場合、不審な物音ひとつで『被害者の救出』が困難になる可能性があるのは分かっただろうし、私が『悪手』と言った意味も理解できたでしょ?
じゃあ、どうするのが正解なのか――まあ、完璧な正解なんて無いんだけど、人々が街道を往来して、動物たちが元気に鳴き声を上げている昼間に行動を起こすのが正解に近いかな。
これには幾つかの理由があるんだけど、アルは分かる?」
「えっと……昼間であれば音が紛れる。
それと、人々が往来しているので施設に近づきやすい。とかですかね?」
「ほぼほぼ正解かな?
丸はあげられないけど三角をプレゼントしちゃおう」
そう言うと、僕の胸元に指を置いたロゼリアさん。
僕の胸元で三角形をなぞるようにして指先を走らせ、それを終えたところで話の続きを再開させた。
「まず、音が紛れるのっていうのは正解だね。
見張りには耳が良かったり、それなりの実力者が就いていることが多いんだけど、人々が往来し、動物たちが元気に鳴き声を上げている中から不審音だけを拾いあげようとしたら流石に無理が生じるし、他が疎かになるだろ?
そういった理由があって、見張りの音に対する意識がガクンと下がる訳だ」
「他が疎かに……確かにそうですね」
「で、施設に近づきやすいって答えもほぼ正解かな。
基本、【養豚場】と呼ばれる施設は別の経営形態を取っていることが殆どで、文字どおり養豚場である場合もあれば、木工場であったり、酒造であったりと様々なんだよね。
要は、少なからず人の出入りがあるということで、うまいやり方をすれば、施設に近付くどころかその内部まで侵入することが可能って訳さ。
ちなみに、【肉屋】の連中は既存の牧場を買い取ったり、もしくは、施設として利用する目的の為だけに、果樹園の経営を一から立ち上げたりするんだから本当にイカれてると思わない?」
「一から……果樹園を?
というか、そこまでする意味が理解できないんですけど……」
「どうしてだと思う?
これを完璧に答えられたらロゼリアお姉さんが丸をつけてあげよう」
「普通に考えるのであれば……隠れ蓑?
だとしても、人の出入りがある分、危険性が増すような気が……じゃあ何のために? 会員が訪れるための理由付け? いや、それとも会員に対する配慮か?」
僕はブツブツと呟きながら思考を巡らせる。
しかし、そうして思考を巡らせていると、
「いやぁ意地悪な問題だったね。そこから先は幾ら考えても分からないと思うよ?
と、いうことで、限りなく丸に近い三角をつけてあげよう」
先程と同じように胸元に指を置かれ、先程とは違う丸みのある三角形を書かれてしまう。
「とどのつまり、別の経営形態を取るのは【肉屋】側の配慮なんだよね。
健全な経営によって会員が足を運びやすくなる状況を整え、表向きな商売によって会員が安心して通える環境を提供する……そんな碌でもない配慮さ。
呟きから察するに、アルもこの答えまでは辿りつくことが出来たんでしょ?」
「そ、そうですね」
「でも、その先の理由が分からなかったんだよね?
どうして【肉屋】はそこまでの配慮をするのか? どうしてそれほどの配慮が必要なのか? それに対する答えを出せなかったから、アルは三角をつけられちゃった訳なんだけど……」
正直、頭のなかは混乱し始めていたが、話を理解しようと懸命に働かせる。
「まあ、分かる筈ないよね?
だって、危険や安全、損とか得があるからそうするんじゃなくて、『そうした方が楽しくなる』という矜持や理念を元にして行動しているんだから、分かっちゃう方が異常だよ」
「……楽しくなる? へ? そんなものが配慮する理由なんですか?」
が、聞かされるのは混乱を深くするような情報で、
「意味がわからないでしょ?
じゃあ、なんで会員に配慮した方が楽しくなるのか? って話になる訳なんだけど――」
それでも理解しようと努力するのだが……
「【肉屋】の会員にも生活や守るべき物があり、家族や友人、愛する人たち存在しているからだろうね」
続けられたロゼリアさんの言葉によって、僕は思考を途絶えさせてしまった。
「不思議だよね?
人の命を弄ぶような奴らでも『いってきます』や『ただいま』を言う相手がいて、そんな当たり前で平穏な生活を大切にしているっていうんだからさ。
まあ、その平穏と呼べる日常と、非日常を天秤にかけることによって生まれる均整――その均整を保つことを楽しみに変える変態がいたり、崩れる瞬間を快楽に変える変態も多いけど、そんな奴らでもそれなりに平穏を愛しているっていうんだから本当に不思議だよ」
「ちょっと……意味が分からないです……」
「理解しなくていいことは初めに伝えただろ?
染まらないように、侵されないように、上澄みだけを掬って上手に理解した気になるってことをさ。
でだ。【肉屋】の偉い人たちは、そんな生活を送る会員たちのことを一つの楽しみとして扱っている。
会員たちが均整を保とうとする姿や、崩れる瞬間の姿――それを【肉屋】の偉い人たちは、見たり聞いたりすることで反芻し、物語に没入するような形で会員たちの喜劇や悲劇を楽しもうとする訳さ」
そう言ったロゼリアさんは僕の肩をポンポンと叩く。
「まあ、そんな感じで会員にも生活があって、【肉屋】はその様を楽しみたいから最大限の配慮をする訳なんだけど……随分と話が逸れちやったね。
要するに『被害者の救出』と『肉屋に関連する者たちの捕縛』を同時に成功させようとした場合、比較的侵入が容易で、尚且つ、会員たちが足を運ぶ可能性が高い、昼間に行動を起こすのが正解ってことを伝えたかった訳さ」
そして、そのようなロゼリアさんの言葉を聞いた僕は――
「一貫性があるようで矛盾してて……
矛盾しているようで一貫性があって……【肉屋】って何なんだろう……」
そう呟くと同時に、拒絶に近い気持ち悪さを覚えるのだった。
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