二月十四話 異世界でのバレンタイン
これは学園都市での一幕である。
「ほうほう、それがクリスマスの由来という訳か。
で、他にもアルが居た世界では様々な行事があったのだろう? もう少し教えてもらえると嬉しいのだが」
「他にか……」
すぐに思いつかなかった僕は、なんとなく部屋に視線をさまよわせる。
すると、テーブルの上に置かれていたチョコが目に映り、「母親と妹にしか貰ったことがなかったな」と、思いながらそのイベント名を伝えることにした。
「そういえば、バレンタインって行事があったね」
「ヴァレンタイン?」
「は、発音が良いね……」
「して、そのヴァレンタインとは如何なる行事なのだ?」
「えっと、簡単な説明でもいいかな?」
「否、難しい方の説明を頼む」
「む、難しい方か……えっと、さっきの説明でクリスマスが生誕祭であることを教えたでしょ? その人は神の子であり、伝道者である訳なんだけど、その人の教えを伝える人たちが多くいる訳なんだよね」
「うむ、教わったな」
「そのなかにヴァレンティヌスさんって人がいて……いつの時代だったかな?
兎も角、戦争が理由で結婚を禁じられた人たちがいて、それを可哀そうに思ったヴァレンティヌスさんは内緒で結婚式を執り行っていたんだよ」
「ほう、まさに聖人君子といった人物だな」
「そうだね。そのことを罪にとわれて尚、処刑されるまで結婚式を執り行っていたっていう話なんだから、本当にそう思うよ」
「聖人君子であり、愛の伝道者であったという訳か。
して、名前から察するに、ヴァレンタインという行事はヴァレン某とやらに縁がある行事であると推測できるのだが、どのようなことをするのだ?」
「僕が育った場所では、女の子が好意のある相手にチョコを送ったり、友人同士でチョコを贈り合ったりするのが主流かな?」
「なるほど。ヴァレン某という人物と成してきた功績にあやかろうと考えた――その結果、相手に好意を伝えるための行事として定着したといったところか? して、何故チョコを送るのだ?」
「……企業戦略の賜物です」
「ふ、ふむ、あまり突っ込まない方がよさそうだな……」
そう言うと、何かを察して僅かに目を逸らしたメーテ。
とはいえ、それは一瞬のことで、すぐさま視線を元の位置に戻すと明るい声で一つの提案をした。
「では、アルはチョコを私に贈るべきだな」
いや、命令だった。
「チョコを?」
「だって、アルは私のことが好きだろ?」
「ま、まあ」
「なら何の躊躇いがある! 四の五の言わずに贈るのが正解だろうが!?」
「え、ええ~……」
「あら、何の話をしているの?」
「聞いてくれウルフ! アルが居た世界にはヴァレンタインという行事があるらしいんだが、その行事は好意のある相手にチョコを送るらしいんだ!」
「あら、だとしたら私たちにチョコを贈らないのはおかしな話だし、贈るのが然るべき義務よね?」
「だろ? そうだろ? そうなのだよ!」
「と、いうことでアル、私はチョコを所望する!」
「アル、私にもチョコくれるわよね?」
いや、ウルフにとってチョコは毒でしょ?
そんな突っ込みは兎も角として、こうなってしまった二人を止める術など、僕は欠片ほども持ち合わせていない。
その結果――
「んみゃい! 流石はアルの手作りだな! 頬が蕩けて落ちてしまいそうだ!
というかウルフ、ウルフはそれで良いのか?」
「いいに決まってるじゃない。
私にとってチョコは毒らしいから、特別にハート形のハンバーグを焼いてくれたのよ? ふふっ、甘いものも美味しいけどやっぱりお肉よね~」
「まあ、色だけは似ているが……ゴクリ。
なぁウルフ、ちょっと一口だけもらえないか? 一口だけで良いから」
「あげないわよ。
って、言いたいところだけど、仕方ないから一口だけあげるわ」
「昔は独り占めしてたのに……大人になったなウルフ……」
「あ、何か腹立つからやっぱりあげない」
「わ、悪かった! 悪かったウルフ! だから一口だけ!」
「い や だ ~」
広くない室内でドタバタと暴れる二人。
僕は、そんな二人を呆れ顔で眺めながら、それでも笑顔を浮かべてしまう。
そして、後日――
「え……なにこれ? ハートの形って、もしかしてそういう意味? ……うへへぇ」
ソフィア、
「いや、アル……悪いけど、俺にはそういう趣味ないんだわ」
ダンテ、
「……ああ、なるほど。恐らくは何かの余りものだな。ふぅ、理解するまで時間がかかってしまったよ……」
ベルト、
「にゃ!? もしかしてラトラちゃんに狙いを変えたにょか!?
悪いけど、ウチのタイプじゃないから期待には応えられにゃいにゃ! あっ、でも、チョコはありがたくいただくにゃ~」
ラトラの五人に余ったチョコを渡したのだが、どうやら変な勘違いを生んでしまったようで、ベルト以外の四人からは妙によそよそしい態度を取られる羽目になってしまった……
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