第257話 大胆不敵


「ハスク、こっちにおいで」


「なに? もしかして褒めてくれる――うぎゅっ!?」


 ハスクさんを手招きで呼び寄せると、その首に腕を巻き付けるロゼリアさん。

 

「ったく、契約して面倒を見ているんだからそういう真似しちゃ駄目だろ?

まあ、ハスクならやると分かっていたのに止めなかった私も同罪っちゃ同罪なんだけどさ……ってことでハスク、一緒にごめんなさいしようか?」


「ご、ごめんなひゃい……」


「はい、よく出来ました。

私からも謝らせてもらうよ。二人とも悪かったね」


 続けて、謝罪の言葉を口にしたロゼリアさんは、「やれやれ」といった表情を浮かべながら、締めあげたハスクさんの頭をコツンと小さく叩くのだが……


「く、苦しいけど……ふへっ、団長がギュってしてくれてる」


 当のハスクさんは何故かまんざらでもない様子。

 僕は、そんなハスクさんがだらしなく頬を緩ませていく様を見て、今日何度目かになる『ロゼリアさんの仲間ですものね』といった言葉を、胸の内で呟く羽目になってしまった。




 それから僅かばかりの時間が経過した。

 この間、


「ねぇねぇ、今度手合わせしようよ。

アルとミエルだっけ? 二人の実力を確認しておきたいからさ」

  

 ハスクさんから手合わせのお誘いを頂いたり、


「とりあえず長旅お疲れさんって言っておくわ。

ところで団長との旅はどうだった? 苦労を掛けられたりしなかったか?

ああ、団長ってそういう男心を弄ぶような部分があるからな……てか、は? 一緒の部屋で寝たってマ? で、まさか狼になったりしてねぇよな? へ? 一緒に寝るのを断ったってマ? もしかして……そういうことなら、今度良い漢方の店紹介してやるから安心しろな?」


 クジャルさんとの会話であらぬ誤解が生まれたりしていたのだが、そのようなやり取りを交わしている間にも、カウウさんは話し合いに用いるための書類をまとめ終わったようで、


「団長、こちらをどうぞ」


「ああ、ありがとう……って、こいつは最悪な報告だね。

ともあれ、この報告を踏まえたうえでの話し合いをそろそろ始めるとしようか」


 受け取った書類に目を走らせたロゼリアさんは、何時になく真剣な表情で話を切り出した。


「さて、この報告を踏まえたうえで、これから【暴食】がどのように動いていくべきか? に、ついて話し合いをしていく訳なんだが――まずは、報告内容を共有する必要があるな。と、いうことでカウウ、任せても良いか?」


「ええ喜んで。では、改めて自己紹介を。

私は【暴食】における諜報部隊【臼歯】の統括を任されているカウウ=ワグワラよ。

アル君にミエルちゃん、分からないことがあったらお姉さんに聞いてね?」


「わ、分かりました」


「その際には、お声を掛けさせて頂きます」


「ふふっ、じゃあ自己紹介も済んだことだし話を戻すわね。

それで、報告内容の共有についてなんだけど……まず共有すべき情報は、この都市を中心にして【幸せを運ぶ肉屋】の施設が五つも――【養豚場】と呼ばれているクソッタレな施設の情報が五つも舞い込んできてしまった、っていうことね」


「『も』ということは、多過ぎるということですよね?」


「ええ、ハッキリ言って異常よ。

私の経験からすれば施設はばらけて置かれるのが基本だし、都市や大都市を中心とした場合、一つか二つ、多くても三つまでで、別々の施設の情報が五つも舞い込んでくるなんて経験は今まで一度だってなかったんだから」


「それなりに長い間【肉屋】を追ってきたけど、こんだけ多いのは初めてだね」


「団長からも賛同を頂けたように、初めてだし、本当に異常なことなのよ」


 そう言うと、カウウさんは手元の資料を渋い表情で睨みつけ、ペラペラと数枚の書類をめくったところで説明を再開させる。


「それで、今話したのが共有しておく必要がある報告内容の一つなんだけど……はぁ」


 しかし、再開させた説明を、呆れるような溜息で途切れさせてしまうカウウさん。

 大きく溜息を吐いたこともあり眼鏡が曇ってしまったようで、カウウさんは眼鏡を外すとハンカチで拭い始めるのだが……


「いやぁ、舐めてんのかなぁ……?」


 眼鏡にひびが入るような音が鳴ると同時に、ピリピリとした空気が室内に漂い始める。


「いやいや、カウウ。

舐めてるとかじゃなく、奴らはある意味で自殺志願者なんだと思うぞ?

そうじゃなきゃ、この都市を中心に五つとか――【暴食】に喧嘩を売るような馬鹿な真似はしないだろ? なぁハスク?」


「クジャルの言うとおり。

要するに、奴らは『どうか殺して下さい』って懇願してるの。

まあ、懇願したところで叶えてあげないし、そいつが望んでいない最悪の結末を用意してあげるんだけどね」


 ピリピリどころか、ビリビリと張り詰めていく場の空気。

 その殺気とも呼べる空気に充てられた結果、僕は僅かに【感応結界】を発動させてしまい、思わず剣の握りに手を置いてしまう。


 瞬間――


「……ねぇ、何で剣に手を置いたのかな?」


「なにそれ? それって敵対行動だよな?」


「それ抜くの? 今度は手加減をしてあげないよ?」


 先程とは比べ物にならないほどの殺気を充てられた僕は、握りに置いた手に、より一層の力を込め掛ける。


「……ねぇ? 契約して面倒見てるってさっき言ったよね?」


「――ッ!?」


 が、僕は握りから手を離すと、床、左側の壁、そして中空に展開した力場の順に蹴り、気が付けばロゼリアさんが居る場所からから大きく距離を取った場所で剣を構えていた。


「……なに今の動き?」


「猫みてぇな動きしてたな……」


「それは兎も角、剣、抜いちゃったよね?」


「ア、アル君?」


 そんな僕に対し、眉を顰める三人と、心配そうな表情を向けるミエルさん。

 そんななか、僕に距離を取らせた――三人の殺気を上書きするほどの威圧感で僕に距離を取らせた本人はと言うと……


「くっくっくっ、何でアルがビビってるのさ!

てか何? 殺気に反応――いや、正確には向けられた魔力の種類によって身体が動くように教育されてる感じかな? いやぁ、そんなもん身に付けさせようと思う方も異常だし、ちゃんと身に付けている方も大概異常だよ! 本当、アルとアルの家族は非常識で面白いねぇ~」


 何故かお腹を抱えて笑っている。


「はー、ほんと面白っ。それは兎も角として、悪かったねアル。

こいつらも【肉屋】の被害者であり犠牲者だから、こういう話をしていると熱くなるっていうか神経質になるっていうか、周りが見えなくなっちゃう時があるんだよね。

でも、悪い奴らじゃないからさ、そうなっちゃう気持ちを汲んでやってくれると、私としては嬉しいかな?」


「あ……は、はい……」 


「で、お前ら。

何度も言うように契約で面倒を見てるんだから、変な絡み方をするのはやめような?

付き合いは短いけど、アルが悪い奴じゃないことは私が保証するし、その実力についても――正直、計りかねている部分はあるけど保証はするから、些細なことで疑うような真似はしないように。分かったか?」


 加えて、そう言ったロゼリアさんが三人の肩を順に叩いていくと、三人は納得してくれたのだろうか?


「団長が楽しそうな理由は分からねぇけど……

まあ、元はといえば警戒させるほどの殺気を放っちまったのが原因だしな……」


「団長が言うように周りが見えなくなってたわね……アル君、変に突っかかってごめんなさい」


「ふん、あの程度で怖気づく方が悪い」


 若干、納得していなそうな人も居るようなのだが……


「あっ、そういう態度取る? 団長はそういうの好きじゃないなぁ~」


「アル、どうやら私が悪かったようだ。

お詫びといっては何だが、何か困ったことがあったら何でも相談してくれていいぞ。

勿論、ミエルの相談にも乗ってあげるから、二人ともどんどん私を頼るといい」


 一応は事なきを得たようで、僕は剣を鞘に納めると、面倒事を起こしてしまったことに対して、深々と頭を下げることで謝罪の意思を伝えた。




 その後、一息入れるために紅茶が振舞われ、場の空気が落ち着いたところで説明は再開される。


「えっと、施設の情報が五つも舞い込んできたこと、それが異常であるこては共有できた思うけど、共有しなければならない情報はもう一つあるわ」


「もう一つ? 察するに良い情報じゃないよな?」


「ええ、残念ながら悪い方の情報ね。

その情報っていうのは、近々オークションが――それも大規模なオークションが開かれるという情報よ」


「オークション……ねぇ」


 オークションという言葉が発せられるのと同時に、目を細めるロゼリアさん。

 【暴食】の三人は、露骨な表情で不快感をあらわにする。


「ああ、なるほどな。何となく見えてきたぜ。

要するに、大規模なオークションを俺たちに邪魔されたくない訳だ」


「クジャルが言うように、そう考えるのが妥当でしょうね。

まだ確信を持つことはできないけど、恐らくは【暴食】の足止めが目的。

【暴食】の拠点があるこの都市を中心に施設を点在させることで、私たちを足止めし、オークションを無事に成功させるというのが目論見なんじゃないかな?」


「じゃあ、私たちはどう動くべきなの?」


「正直に言うのであれば……今までと大差ないっていうのが正直なところね。

もどかしい気がするけど、施設が存在するって情報を手に入れた以上――そこで酷い目にあっているいる人が居る可能性がある以上は見過ごすことなんてできないでしょ?」


「まあ、それはそうだ」


「だから私たち【臼歯】は変わらずに諜報活動を続けるし、クジャルたち【切歯】は切り込み隊として、ハスクたち【犬歯】は掃討部隊として――って、この先は私が言うより団長に任せた方が良いわね。と、いうことで団長、今後の方針を団長の口から伝えてもらってもいいかしら?」


「了解」


 そう言ったロゼリアさんは、座り疲れていた身体をほぐすようにして「んー」と言いながら背筋を伸ばす。


「まあ、情報に躍らされている感はあるけど……要するに、いつもどおりだ。

例え嘘の情報であろうとも、そこに助けられる命がある可能性があるなら見逃せないし、見過ごすことはできないからな」 


 そしてロゼリアさんは、

 

「足止め? オークション?

なんか色々と策を講じているみたいだけど、向こうが躍らせる気なら華麗なステップを踏んで躍ってやるさ。で、躍ったうえで、理不尽な悪意には理不尽な暴力で応えてやるだけだ」


 挑発的な言葉を口にすると――


「肥えた豚共は残らず喰らいつくす――それが私たち【暴食】の流儀だからな」


 大胆にして不敵な笑みを浮かべた。

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